第45話 一人を燃やす門
地上座標の爆破解体まで、残り三日。
王門は、地下中央域のさらに下にある乾いた空洞で眠っていた。
巨大な円環が岩壁へ埋め込まれ、その内側には何もない。私たちが使ってきた帰還門とは比べものにならない大きさで、荷車が並んだまま通れる幅がある。
円環の周囲には四つの受信盤があった。
水脈核。記憶庫。獣冠の通信環。そして星脈炉。
五王権装置は、順番に攻略して褒美を得る仕掛けではない。互いが互いを監視し、一つの権力だけで巨大な門を動かせないよう、最初から分けて作られていたのだ。
バシュルが水脈核の圧力鍵を差し込み、オルドが記憶庫から来歴認証を送る。獣守は、強制機能を失った獣冠の銀環から、守護獣の通路に異常がないことだけを伝えた。
三つの盤に青い光が灯る。
四つ目の星脈炉盤は、半分だけだった。
地下側の共同鍵は、評議会の承認印を受けて反応している。だが地上側の血統鍵は、王都から固く閉ざされたままだ。
「この状態で、門がどこまで動くか調べます」
私は円環の前へ測定線を置いた。
ラウルは治療師の監視下で、車輪付きの寝台に横たわっている。脇腹を厚い包帯で巻かれ、顔色もまだ悪い。本来なら治療所から出すべきではなかったが、旧調停王家に伝わる王門の起動文を、彼しか正確に読めなかった。
「痛みが増したら、本人が何と言っても戻してください」
私が治療師へ言うと、ラウルが片眉を上げた。
「本人の意思はどこへ行った」
「診療への同意と、無茶を許すことは別でしょう」
彼が小さく息を吐く。笑ったのか、傷が痛んだのかはわからなかった。
古代文を一行ずつ読み解き、通常起動を試す。
四つの装置から送られた信号が円環を巡り、最後に星脈炉の地上鍵を求めた。応答はない。光は一周できず、同じ場所で消える。
「付属図に、緊急起動の記載があったはずです」
記録係が複写を開いた。
通常の起動文の下、石板の汚れに隠れた細い溝がある。私は水を流して凹凸を浮かび上がらせた。
『一方の王鍵が失われ、両域の存続が危ぶまれる時、連続する一個の生命紋を欠損鍵として充当する』
私は何度も読み直した。
一人の魔力を借りる、とは書かれていない。
一個の生命紋を、鍵として充当する。
測定用の小さな魔力石を緊急槽へ置くと、石の魔力は一瞬で吸い尽くされた。次の石も、その次も同じだった。必要量へ達するまで止まる機構がない。
魔力石は生命紋を持たないため、いくら入れても鍵として認識されなかった。
次に、治療所で培養している発光水苔の一株を、根を傷つけない状態で試験槽へ接続した。水苔は弱いが、連続した生命紋を持つ。吸収量を一割へ制限し、葉が変色した時点で遮断する計画だった。
緊急槽は、その上限を無視した。
青かった葉脈が端から白くなり、私は即座に外部の境界を切った。水苔は半分が枯れ、残った部分も光を失っている。
古代装置の故障ではない。緊急起動だけは、提供者側の制限より門の維持を優先するよう作られていた。
記録係が、試験に使った量と損傷を記す。私たちは小さな一株を前に、しばらく誰も口を開けなかった。
「これは、足りない魔力を補うだけじゃない」
私は吸収槽の奥を感知した。
門が開いている間、同じ一人から途切れず力を取り続け、地上鍵の代わりにする。途中で供給が切れれば、通過中の境界が閉じる。最後まで門を支えた者には、生命力が残らない。
帰還門の前と同じだ。
一人を残せば、皆が進める。
違うのは、犠牲を石板の機能として隠していることだけだった。
「俺を使え」
ラウルの声が、静かな空洞に響いた。
私は振り返った。
「旧調停王家の生命紋なら、王鍵との相性がいい。必要な損失も、ほかの者より少ないはずだ」
水面越しに調査を見ていた評議会代表の一人が、すぐに賛意を示した。
『本人が望み、最小の損失で門が開くなら、合理的だ』
別の代表も続く。
『地上座標を失えば、次の機会はない。旧王家の者が責任を負うのは筋が通る』
ラウルを一人の人間ではなく、失敗した旧王家の残りとして数える言葉だった。
私は怒りに任せて通信を切らず、発言者名と賛否を記録させた。彼らの集落が地上軍に襲われ、期限を恐れていることも事実だ。
「ラウル。あなたは自分の申し出を、公開記録に残すことへ同意する?」
「同意する」
「旧交渉団を死なせた責任を、ここで自分の命と交換するつもりではない?」
彼はわずかに黙った。
「それが全くないとは言わない。だが、今の計算で最も適合するのも事実だ」
正直な答えだった。
だからこそ、傷と罪悪感の中にいる彼の志願を、唯一の解としてすぐ採用するべきではない。
「少なくても、死ぬわ」
「わかっている」
ラウルは寝台の上で、私から目を逸らさなかった。
「地上座標が壊されれば、王都に残る証人も、王家に抵抗している者も孤立する。俺が自分で選ぶなら、あんたが強制された時とは違う」
確かに違う。
彼は拘束されていない。危険を説明され、自分の意思で申し出ている。その同意を、私が「死んでほしくない」という感情だけで無視すれば、彼の意思を尊重しない点では同じになりかねない。
同時に、女王であり彼を大切に思う私が「本人は望んだ」と告げれば、地下の誰も異議を差し挟みにくくなる。本人の同意が本物でも、採用する側の手続きが歪めば、後世には都合のよい志願だけが残る。
私は彼の適合率、代替案の検討時間、治療師が判断した現在の身体状態を、それぞれ別の欄へ記録させた。
だから私は、すぐに「絶対に許さない」とは言わなかった。
「あなたの同意は、本物だと思う」
私は円環へ向き直った。
「でも、同意がある犠牲なら、ほかの方法を調べず採用してよいことにはならない。期限と必要量を測り直します。王門の起動は、今は承認しません」
「三日しかない」
「三日あるわ」
私は測定石が吸われた時間と、四装置の信号が重なった一瞬を記録させた。
緊急槽が求めているのは、肉体そのものではない。一定量の魔力と、開門中に切れない一つの連続した生命紋だ。
ならば、問い直すべきは『誰を燃やすか』ではない。
必要量を別の形で満たし、複数の魔力を一つの連続した信号として同期できないか。
私はラウルの申し出も、私の拒否も、議事記録へ残した。後から都合よく「彼が志願し、女王が受け入れた」と書き換えられないために。
その時、地上の独立記録院から、緊急の照合通信が入った。
『王太子府の工兵隊が、王都地下の旧聖堂区を封鎖。三日後の正午、地盤補強を名目に古代円環の地上座標を爆破解体する命令を確認』
残された時間は、漠然とした三日間ではない。
三日目の正午までだ。
その鐘が鳴る前に、誰も燃やさず王門を開く方法を作らなければならない。




