第43話 王太子の命令書
レオナードの執務机には、地下から送られた技術報告書が三部置かれていた。
商人組合が受け取ったもの。地方神殿が写したもの。そして、独立記録院が受領時刻を刻んだもの。
どれか一つを奪っても、残る二つが欠落を証明する。
リディアは、復讐の叫びではなく、検証手順を王都へ送り込んできた。
「技術報告を禁書に指定しますか」
側近の問いに、レオナードは首を振った。
「遅い。禁止すれば、王家が内容を恐れたと認めることになる。偽造の疑いがあるとして、各組織へ原本提出を要求しろ」
「拒否された場合は」
「責任者を交代させる。だが、一度に動かすな。三組織が同時に王家を敵と認識する」
机上の王家専用通信石が白く光った。
国王オズヴァルトからの直通だった。
『技師と従者は、今日中に処理せよ』
挨拶も説明もない。
「承知しました」
『地下への門が開く前に、座標も潰せ。民が一時暗闇を恐れようと、王国の根を残す方が重要だ』
通信は切れた。
父は、命令原本へ承認印を押した時と変わっていない。国家を残すために誰かを選ぶ。その決断を、後継者であるレオナードへ実行させる。
感情を差し挟む余地はない。
一人を切って十三人を帰した時と同じだ。国家のために残すものと捨てるものを、順番に決めればよい。
扉の外で、短い押し問答が起きた。
王太子付き従者クレマンと、宮廷魔導技師ヴァルターが、護衛に挟まれて入ってくる。二人とも通信具を奪われ、外部との接触を禁じられていた。
「殿下。これは、どういう扱いでしょうか」
クレマンが尋ねた。遠征の時と同じ、感情を抑えた声だった。
「記録の整理だ」
レオナードは机の脇に置かれた黒い命令箱を開けた。
中には、遠征前に作成した三通の原本がある。
王家の魔導命令は、対応する設備の認証記録と結びついている。位相環の兵器転用と遠征報奨の監査が完了するまでは、国王印のある原本を宮廷魔導部の監査封印箱から出すことも、処分することもできない。
その監査はまだ閉じていなかった。レオナードは今日、通常の終了手続きを飛ばして封印箱を執務室へ運ばせた。
文面を読まなくても、クレマンとヴァルターには、その三通が自分たちの行為をどこへ繋ぐものか分かっている。
「すべて、灰にする」
レオナードは言った。
「ヴァルター。位相環の撤去記録、加工記録、兵器転用台帳を、この原本と共に第一焼却炉へ運べ」
ヴァルターは命令箱を見たまま動かなかった。
「技術報告にある通り、装置は正常でした」
「だから、記録ごと処分する」
レオナードは箱を閉じた。深層任務を終えた後、そこで何を起こすために装置を使えなくしたのか。その答えを、二人へ改めて説明する必要はなかった。
クレマンの喉が動いた。
「私は、殿下の命令通りにしました」
「知っている」
「ならば、なぜ私まで拘束されるのです」
レオナードは答えなかった。
忠実であることと、生かしておけることは別だ。
クレマンは遠征手続きと装置の回収、その後の共同証言に関わった。ヴァルターは装置の再点検と王家兵器への転用を担当した。二人の証言が揃えば、地下の技術報告と命令原本が一本に繋がる。
「焼却後、二人は北棟の保護室へ移せ」
レオナードは護衛へ命じた。
北棟に保護室などない。閉鎖された処刑待機房があるだけだ。移送中の地下勢力による襲撃として処理する手筈も、すでに整えていた。
クレマンは意味を悟ったのか、初めて顔色を変えた。
「殿下。我々まで捨てれば、誰があなたに従うと?」
「国家は、個人の感情で動かない」
それは、レオナードが父王から教えられた答えだった。
誰を犠牲にするか決めることが、王の責任だ。
二人が護衛に連れ出される。
レオナードは次の命令書を広げた。地下侵攻軍の再編、地方軍の通信遮断、王都の王門座標の破壊。処理すべき問題は残っている。
ほどなくして、廊下の警鐘が鳴った。
「何事だ」
駆け込んだ衛兵が、血の気の引いた顔で膝をつく。
「第一焼却炉前で、ヴァルター技師が護衛の工具を奪いました。負傷しながら保守水路へ逃走。命令箱の原本一式も、持ち去られています」
「クレマンは」
「北棟へ移送済みです」
レオナードは立ち上がった。
保守水路の先には、古代設備用の連絡門がある。
捨てると決めた技師が、王家を地下へ売るための命令書を持って逃げた。




