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第42話 事故ではなかった

ラウルが眠る治療室の隣に、即席の照合机を置いた。


 離れればよいとわかっていても、扉の向こうから治療師の足音が途切れるたび、私は無意識に顔を上げてしまう。


 けれど、今は三日月形の部品が示す事実を確かめなければならない。


 怒りのまま「王家が事故を仕組んだ」と発表すれば、王家は部品を戦場で拾った偽物だと言い、記憶庫の記録を地下の捏造だと言うだろう。一つの証拠に、すべてを背負わせてはいけない。


 地上からは、商人組合が保管していた納入台帳と、独立記録院へ義務納本されていた整備記録の副本が返ってきていた。王立倉庫は装置を再搬出するたび、王太子府の封印品であっても整備記録の写しを記録院へ送る決まりだった。宮廷魔導部が閉鎖されるより先に、その副本だけは王家の外へ残っていたのだ。


 机の上には、由来の異なる資料を三列に分けて置いた。


 一列目は、ラウルの傷から摘出した位相環の欠片と、灰橋口で回収した兵器外殻。採取者、洗浄者、封印者の名をそれぞれ記し、途中で誰の手を通ったかをミハルの副記録員が記録している。


 二列目は、ローデンが保管していた六十年前の遠隔維持装置の補助図と、記憶庫に残る旧型装置の保守映像だ。


 三列目は、その納入台帳と、宮廷魔導技師ヴァルターが署名した今回の整備記録の認証写し。


 まず、製造番号を照合した。


 兵器から出た欠片には『境界遠隔環・第七組・内環三』と読める刻印がある。納入台帳では、その番号は遠征用装置へ組み込まれ、王立倉庫から探索隊へ引き渡されていた。


 私は、装置が王太子府の特別再点検へ返納される前、自分の手でその位相環を点検している。


 環へ魔力を通し、地上側の制御盤と三度往復させた。接続の遅れは規定内で、亀裂もなかった。点検済みの印を押した時の、冷たい金属の感触まで覚えている。


「あなた自身の記憶は、証言としては使えます。ただし部品の同一性を単独で保証はできません」


 記録係が言う。


「ええ。私の証言は別欄にして」


 次に、ヴァルターの整備記録を開いた。


 遠征出発の六日前。装置は『王太子府の特別再点検』を理由に一度返納されている。


 返納時の状態欄には、破損なし。位相遅延なし。交換必要部品なし。


 その翌日、再搬出の欄には、外箱、制御盤、予備線の番号だけが並び、中枢位相環の番号がない。


 空欄ではなかった。


 一度書かれた文字を薬品で削り、その上から王太子府の封印紙が貼られている。記憶庫の光記録で紙の下の凹凸を読むと、『内環三、府内留置』という文字が浮かんだ。


「留置理由がない」


 私は呟いた。


 破損していない部品を外し、装置本体だけを遠征隊へ戻している。


 それでも、記録の書き間違いだと反論される余地はある。


 私は六十年前の補助図を現在の兵器外殻へ重ねた。


 位相環を固定する三つの爪。そのうち二つは、古代の帰還門規格と同じ間隔だ。三つ目だけは王国が後世に追加し、外部制御盤へ繋ぐ構造になっている。


 ラウルを撃った兵器の内部にも、同じ三爪の受け金があった。


 新しい兵器へ似た部品を流用したのではない。帰還門を遠隔維持するための接続機構を、そのまま照準と魔力輸送へ反転させている。


 ただし、独立記録院から立ち会った地上の技師は、そこで異議を出した。


「三爪規格は、宮廷設備の一部にも使われています。同じ形だから同じ個体だとは言えません。戦場の部品番号も、後から刻める」


 反感がないと言えば嘘になる。けれど、報告書を強くするのは、私へ同意する者の頷きではない。


「では、同一個体にしか残らない痕を探します」


 私たちは位相環の欠片をさらに洗浄し、遠征前の点検票に添付された微細傷の写しと比べた。


 点検時、固定爪の一つへ砂粒が噛み、私が研磨布で取り除いた。そのため内側に、二本並んだ浅い弧状傷が残っていた。傷の深さ、間隔、終端の欠けを拡大すると、兵器片の断面に続く線と一致する。


 さらに合金中の魔力焼けを測る。新造部品なら均一なはずだが、欠片には帰還門試験で三度往復させた時の反転履歴と、その後、兵器として一方向へ過負荷をかけた履歴が層になっていた。


 地上技師は自分で数値を取り直し、最後に確認印を置いた。


「同型ではなく、同一部品である可能性が極めて高い。私は、そう証言します」


 彼の最初の反対も、最終的な確認も、両方を報告へ残した。


 最後に、記憶庫から送られた帰還門前室の映像を確認した。


 古代設備に接続されていた記録は、鮮明な人物画ではない。装置から門へ伸びる魔力線と、接触時刻だけが、淡い光として残っている。


 崩落の一刻前、遠隔維持装置の制御盤は起動を試みていた。


 だが、制御盤から伸びた線は、位相環があるべき場所で途切れている。落石による断線なら、衝撃の後に途切れるはずだ。記録では、最初に電力を入れた時点から、環は存在していなかった。


 しかも、同じ夜、帰還門から離れていく荷物の中に、内環三の応答波形が記録されている。


 クレマンの荷袋で私が見たものと一致する。


 私は三列の資料を見渡した。


 部品の物理的な同一性。王太子府へ返納された時の整備履歴。事故前から中枢が欠けていたことを示す古代設備の記録。


 互いに別の管理者が残した三種の証拠が、同じ結論を指している。


「遠隔維持装置は、崩落で壊れたのではありません」


 声に出すと、胸の奥に押し込めていた怒りが、ようやく形を持った。


「正常だった装置から、事故の前に位相環が外された。中枢を欠いた状態で深層へ持ち込まれ、使えない装置として扱われた。その部品は地上へ戻され、王家の兵器へ転用された」


 あの場で、私は実物を見せてくれと叫んだ。


 直せる可能性があると訴えた。


 レオナードは、確認する時間はないと言った。


 確認されれば困るからだったのだ。


 拳を握ると、爪が掌へ食い込んだ。


「今すぐ、地上へ送りますか」


 記録係の問いに、私は一度目を閉じた。


 送りたい。王都中へ叩きつけ、王太子の名を叫びたい。


 机の端には、すでに王都向けの短い声明文を書きかけていた。


『王太子は私を殺すため装置を奪った』


 今の証拠から、装置が意図的に外されたことは言える。王太子府が関与したことも強く示せる。けれど、撤去命令者と、私を残す目的まではまだ原本がない。


 私は声明文を破棄せず、『未公表草案・根拠不足』と書いて封じた。怒りで飛び越えそうになった線そのものを、後の検証へ残すためだ。


 だが、整備記録にあるのはヴァルターの署名であり、王太子府の封印だ。誰が撤去を命じたかを示す原本はまだない。私たちが確定できるのは、事故前に意図的な撤去が行われたことまでだ。


「技術報告書にします。確定事項、証言、推定を分けて。原資料の保管先は三か所にし、照合番号だけを共通にする」


 題名には、王太子の名を入れなかった。


『帰還門遠隔維持装置の事前機能喪失と、位相環転用に関する照合報告』


 地味で、長く、怒りの見えない題名だ。


 だからこそ、読む者が私を嫌っていても検証できる。


 商人組合には部品番号と納入履歴を、独立記録院には整備記録と来歴を、地方神殿には記憶庫映像の認証写しを送る。地下側の原資料も、一つの保管庫へ集めなかった。


 最初の送信を終えた時、治療室の扉が開いた。


「熱はあるが、呼吸は安定してきた」


 治療師の報告に、私は机へ手をついたまま息を吐いた。


 その直後、地上の協力者から緊急通信が届いた。


『王太子府が宮廷魔導部の閉鎖を開始。整備担当者を一人ずつ拘束し、記録庫から原本を搬出している。ヴァルター技師と従者クレマンも、外部との接触を禁じられた』


 事故ではなかったと証明した瞬間、王太子府で証拠を知る者たちの粛清が始まった。

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