第34話 王都の灯を消せ
偽造票に残った制御痕は、追手より先に私たちを避難所の外へ導いた。
星脈炉へ通じる細い経路を見つけた以上、同じ場所で調べ続ける理由はない。捕虜は地方神殿の協力者へ預け、証拠を三つに分ける。エドガーも別の監視下へ移し、私とラウル、ミハル、ネラは旧祈念所のさらに下にある廃水槽へ移った。
移動は、落ち着いて行えるものではなかった。
武装解除した兵士を神殿側へ渡している途中、祈念所の正面扉が再び叩かれた。外から王太子府の命令符を示し、負傷者の引き渡しを求める声がする。
ネラは救護人の白布を捕虜の腕へ巻き、二人一組で裏の診療路へ出した。誰が捕虜で誰が介助人か、遠目には分からない。ラウルは壊れた荷台を階段へ立て、追手が飛び越えれば崩れるよう車輪止めだけを外した。
私は境界術を使わなかった。避難所の防火設備を動かした反動で、扉一枚をつなぎ替えるだけでも手が震えていたからだ。
「歩けます」
ミハルが私の腕を取ろうとして、途中で手を止める。
「肩だけ貸してください」
自分から頼み、石段を下りた。
最後の捕虜が診療路へ消えた直後、正面の閂が割れる。私たちは星脈炉の制御痕が示す微かな振動を追い、古い排水管の中を四つ這って、ようやく廃水槽へ滑り込んだ。
追手を倒したわけではない。稼いだ時間は、長くても半刻だった。
乾いた槽の中央へ、認証写しから分離した制御痕を浮かべる。
王都の地下へ伸びた線は、途中で無数に枝分かれしていた。接続先の構造は分からない。だが、同じ規格を使う偽造票の痕を鍵穴へ当てると、向こう側の制御環がわずかに開いた。
人が通れる門ではない。
命令だけを送り込める、一時的な接続だ。
輪の奥へ、王都の供給図が浮かんだ。王宮。城壁の砲台。近衛兵舎。貴族街の街灯。星脈炉から奪われた魔力が、太い線になって流れ込んでいる。
流量の大きい設備ほど中心近くに表示されている。王宮の宴会棟一つへ、地下の小集落二つ分に相当する魔力が流れていた。夜間演習を行う近衛兵舎は、その倍だ。
私は中央配水所で見た空の器を思い出した。フィアが安全を示すため先に飲んだ一口の水。治療所の寝台で、濡らした布を口へ当てられていた子ども。
その一滴の向こうで、王都は床の装飾まで光らせている。
その一つ一つが、地下で乾いた井戸や、光を失った角や、苦痛に暴れた守護獣の命から作られたものだ。
「止められますか」
ミハルが尋ねた。
「この補助制御室が受け持つ範囲なら、一時的に」
私は王宮と軍事区画へ向かう枝を選んだ。
遮断命令を流す。
王宮の輪郭を形作っていた幾筋もの光が消えた。続いて城壁の砲台が沈黙し、兵舎へ魔力を送る線も暗くなる。
王都の遠くで、鐘が乱れたように鳴った。
初めて、こちらが奪い返した。
だが、貴族街の供給線は残っている。地上の制御室がすぐさま迂回路を作り、消した軍事線へ別系統から魔力を戻そうとしていた。
「迂回元を断てば、戻せなくなる」
私は主供給環へ手を伸ばした。
環には三段階の遮断があった。個別枝の停止、区画停止、そして王都主供給の緊急停止。最後の一つだけが、王家の血統鍵による承認を要求する。
偽造票の制御痕は、その承認の外縁を一度だけ通れる。使えば痕跡は焼け、同じ方法は二度と使えない。
「この機会を逃せば、王家が鍵の規格を変えるかもしれません」
ミハルの言葉は、実行を勧めるものではなかった。時間制限を記録しただけだ。
ラウルがその環を見た。
「そこから先を、全部落とすのか」
「王都は地下の命で夜を照らしている。軍事線だけ切っても、別の枝から戻されるなら、根を止めるしかないわ」
「その根の先に何があるか、全部見えているのか」
供給図には番号と流量しかない。用途名のない細い枝も数え切れないほどあった。
「王家が一つの網へ混ぜたのよ。区別できないなら、いったん全て止めて、必要なものだけ再開させる」
「俺は、その環を押さえない」
ラウルは私の手を止めなかった。ただ、共同で固定するために差し出していた魔力を引いた。
「反対だ。だが、決めるのはあんただ」
怒りが熱を持って胸の内側へ広がった。
私の名を偽造した力。笑って死んだ女へ作り替えた王家。地下の子どもから吸い上げた光で、何も知らず輝く王都。
これほど証拠があっても、まだ私が一つずつ相手を選び、傷つけないよう気を遣わなければならないのか。
「私は止めます」
ミハルが筆を止めた。
「主供給を?」
「王都全域を。再開の条件は、地下への吸収停止と王家の記録開示です」
私はラウルの助けを借りず、自分の魔力だけで主供給環と星脈炉の境界を切った。
反動が腕を駆け上がる。補助制御室の環が激しく軋み、王都へ伸びていた光が、中心から外縁へ向かって次々と消えていく。
廃水槽の天井近くに、雨水を逃がす細い格子がある。そこから見える王都の尖塔が、一つ、また一つと闇へ沈んだ。
夜空を照らしていた王宮の紋章が消えると、地上から大勢の声が上がった。驚き、怒号、何が起きたかを問う叫び。王国兵が手探りで信号灯を探し、止まった魔導車が坂道を少し後退した。
城壁の大型砲台も、照準環を半分回したところで停止する。
私はその光景を見ていた。
これが、彼らが地下へしてきたことだ。
そう思った。
王宮の尖塔。貴族街の照明。城壁の兵器。
地上の夜が、黒く沈んだ。
一瞬だけ、胸がすいた。
すぐに、別の鐘が鳴り始めた。
祝祭でも軍の警報でもない。短い音を三度、間を置いて二度。
ネラの顔色が変わった。
「施療院の非常鐘です」
供給図の細い枝が、何本も同時に赤く明滅していた。
「なぜ、病院が……」
「王立施療院の治療器は公共魔力網から供給を受けています。水道の揚水機も、冬の共同暖房も」
ネラは救護網で使う小さな通信石を取り出した。石から、途切れ途切れの声が漏れる。
『第三病棟、呼吸補助器停止! 手動送気へ切り替えて!』
『乳児室の保温板が――誰か、湯を!』
私は供給図を見直した。
番号だけだった細い線が、今は停止警報を通じて用途を返してくる。病院。上水槽。防火井戸。庶民区の共同暖房。
さらに、民家の警報が続いた。地下の生活力を奪う装置を直接使っていたわけではない人々が、暗い階段で転び、止まった昇降台へ閉じ込められている。火を使う工房では排煙機が止まり、作業員たちが窓を割っていた。
王家に迫るためなら、その混乱も必要な圧力だと、ほんの少し前の私は考えていた。
けれど、通信の向こうにいる一人一人は、王家へ突きつける数字ではない。
王家の軍事施設と同じ主供給環へ、罪のない者の命が縫いつけられている。
区別できないと知りながら、私は切った。
通信石の向こうで、子どもの苦しげな咳が聞こえた。
王家が作った仕組みでも、その灯を消したのは私だった。




