第25話 地上へ送る記憶
オルドから託された問いを胸に、私は石卓へ並んだ記録を見つめた。
最初に目へ入ったのは、私たち十四人の魔力接触痕だった。
一つだけ、刃物で断ったように途切れた波形。
これを地上へ突きつけたい。十三人の共同証言と私の墓碑も並べ、彼らが私の拒絶を消したと訴えたい。
けれど、接触痕が示すのは人為干渉の疑いまでだ。誰の痕なのか。何をしたのか。票が入れ替えられたのか。そのどれも、まだ証明できない。
これだけを先に出せば、王家は私一人の復讐として切り捨てる。
「私の事件は、確認できた範囲だけを最後に添えます」
私は二十七人の目録と、吸収杭の調査記録を手前へ移した。
「先に送るのは、この二つです。本人の拒絶と地上の英雄報告が食い違う記録。それから、地下の低水圧を測りながら吸収量を増やした設備の記録です」
「自分の記録を隠すのか」
オルドが確かめる。
「いいえ。後から都合よく足せないよう、現在わかっていることと、わからないことを同じ目録に残します。ただ、未確定の推測を最初の告発には使いません」
オルドは頷き、三枚の薄い石板を卓上へ置いた。
記憶庫には、古代設備と地上側施設との接続先を記した古い登録簿がある。その中から、今も使える可能性のある三系統を選んだ。
複数都市の商人組合。中央教会から離れた地方神殿。そして、法によって受領記録の独立保全を認められた記録院。
「商人組合は、王国軍や公共魔力網へ納めた合金、杭、防湿木材、油の台帳を持っています」
私は吸収杭の刻印を複写した板を示した。
「正義を訴えるより、自分たちの取引へ不正な発注が混じったと知らせた方が、帳簿を守ろうとするはずです」
「地方神殿には、過去の献身者を祀った記録がある」
ミハルが続けた。
「送った言葉が公式の追悼記録と食い違えば、少なくとも確認せずにはいられない」
「記録院には、内容だけでなく、記憶石の来歴と複写手順を渡します」
同じ全文を三か所へ丸ごと送るのではない。
ミハルが三つの作業台へ資料を分けた。地方神殿には、二十七人の目録と地上の追悼記録との食い違い。商人組合には、吸収杭の製造刻印、低水圧を知らせながら出力を上げた制御記録。記録院には、その両方の来歴、欠損番号、複写日時を送る。
長い悲鳴を見世物のようには並べない。代表となる短い記録断片と全員の目録に留める。地下で生きる者の現在地や都市の避難路は伏せるが、削除したこと自体と原本側の対応番号は残した。
三つの束には同じ短い断片と照合紋を入れ、オルド、ミハル、私が別々に確認する。一つだけを書き換えても、残る二つと地下の原本が食い違いを示す仕組みだ。
「これなら、一つを偽物とされても、別の受取先が照合できます」
「一つが王家へ渡っても、残る二つの所在までは分からん」
オルドが三つの封印を確認した。
送信準備に入った。
商人組合へは、旧水路の細い物資孔を使う。バシュルが地上側終端の圧を確認し、記録守が防水筒へ第二束の複写板を収めた。
私は途切れた水路を一か所だけ繋ぎ、筒が流れへ乗ったのを確かめて閉じた。
地方神殿へは、古い祈念設備の登録経路を使った。オルドが地上側の祈念台に人や火がないことを確認し、私は封印資料が通る幅だけを短く開く。
送り終えるたび、経路を閉じた。
原本の記憶石は動かしていない。送れたのは目録と複写板、短い記録断片だけだ。
残る記録院には、受領手続きで照合する物理札が必要だった。
「俺が運びます」
声を上げたのは、外郭で拘束したユアン・レスクだった。
両手を前で拘束され、二人の防衛要員に挟まれている。彼は証拠隠滅部隊へ加わり、起爆具を握っていた。上官に置き去りにされたことも、私に助けられたことも、その事実を消しはしない。
「軍の検問で使う合図を知っています。記録院へ軍務資料を預ける手順も、一度だけ担当しました」
「運べば罪が軽くなるとは約束できません」
「わかっています」
「断っても、それを理由に刑を重くしません。途中で王家に捕まるかもしれない。地下の住民に敵兵として殺される危険もあります。それでも行くのですか」
ユアンは、すぐには答えなかった。
自分の手首を見下ろし、やがて顔を上げる。
「俺は、何を消すのか知らされていなかった。だから命令どおり火をつけた。知らなかったことを、もう言い訳にはしたくありません」
「帰ってきた後も、あなた自身の審理は続きます」
「それでも、自分が消そうとした記録を残す側に回りたい」
私はミハルと監視役にも、強制がないことを確認させた。
彼へ渡すのは全証拠ではない。記録院用の照合札と、別経路で送った二束が同じ原本から作られたと示す封印だけだ。
少人数の地下側案内役をつける。地上へ近づくまでは中立の作業服を着せ、王国軍の制服、徽章、身分札は封印袋へ分けた。被害集落を避ける迂回路も地図で確認する。軍の身分が必要になるのは、地上の検問を越える直前だけだ。
契約も、命を奪うものにはしなかった。目的、期限、経路から外れた時に警告を出すこと、双方の宣言で解除できることだけを刻む。
兵士は内容を聞き、自分で魔力を流した。
彼らが上層路へ出発してから、私たちは返答を待ちながら防壁の補強と送信記録の複写を続けた。
数時間後、祈念設備の受信石に淡い光が灯った。
返ってきたのは、地方神殿の受領印と短い一文だけだった。
『資料を仮受領し、原封のまま保管した。照合完了まで外部へ公表しない』
信じるとも、王家へ逆らうとも書かれていない。
それでも、王家の外側へ、消されていない記録が一つ残った。
安堵する間もなく、上層路から戻った案内役が駆け込んできた。額から血を流し、息を切らしている。
「ユアンが、途中の集落で捕まりました!」
予定していた迂回路が、新しい崩落で塞がれていた。案内役たちは、過去に王国軍の襲撃を受けた集落の外縁にある検問所へ回らざるを得なかったという。
ユアンは中立の作業服を着ていた。だが、検問所に先回りしていたガレス派の男が封印袋を奪い、王国軍の制服と身分札を群衆の前へ晒した。彼が証拠隠滅部隊の兵だと叫び、案内役の説明を聞く前に拘束させたのだ。
「ガレス派は、地上への怒りを示すため、今すぐ首を落とせと煽っています」
住民の怒りは、作られたものではない。
ユアンも無実ではない。実際に記録を焼こうとした。
だからこそ、誰がどの罪を犯したのかを、ガレスの演説でも私の都合でもなく、証言と記録で決めなければならない。
ここで殺せば、彼が持つ地上側の証言まで消える。王家にとっても都合のよい沈黙になる。
「現地へ行きます」
私は照合記録の控えを取り、立ち上がった。
「無罪にするためではありません。生きて証言させ、公開の場で責任を問うために」




