第22話 消された二十七人
「王家部隊の年代表が、最初に指定していた区画だ」
オルドが示した棚には、二十七人の名前が刻まれていた。
死者の一覧ではない。
古代の帰還設備を使った遠征で、地上へ戻らなかった者たちの索引だった。だから、その中には今も地下で生きるローデンの名もある。
「記憶庫は、過去を何もかも見せる場所ではない」
オルドは棚の前で念を押した。
保存されるのは、古代の帰還門や水脈、星脈炉といった設備に接続された区画で生じた魔力反応と、その設備へ正式に登録された記録だけだ。一つの事件も、事故前の点検、門への到着、選定、残された者の声、地上側終端で提出された生還報告など、複数の記憶石へ分かれている。
石が欠ければ、その部分は見えない。記録されなかった出来事を、後から呼び出すこともできない。
私はオルドとミハルの立ち会いの下、索引と残存石を照合していった。
二十七人すべての記録を、今ここで詳しく再生する時間はない。代表となるいくつかの断片だけを開く。
『私は志願していない』
ローデン。事件当時十八歳。古代設備の整備補助。
六十年前に残された彼の声は、泉のそばで見つけた金属記録板と同じ言葉を刻んでいた。
彼が生きていると知る私には、この索引を慰霊名簿のように読むことはできなかった。地上へ帰れなかった後にも、ローデンには六十年の生活がある。その長さまで「犠牲」の一語で消してはならない。
『帰して……あの子のところへ帰して!』
エルナ・ヴァイス。三十三歳、治療術師。
地上側の生還報告には、負傷者を救うため笑って残った献身の術師と記されている。けれど、門前に残った声は、会いたい子どもの名を何度も呼んでいた。
『装置は直せる。壊れた場所を確認させてくれ!』
バルド・ケイン。四十六歳、橋梁技師。
遠隔設備の確認を求めた声の後だけ、記録が抜け落ちている。
『誰が誰を選んだのか、手続きを公開してください!』
セシル・ノーラ。二十三歳、補給記録員。
返答は残っていなかった。
『離せ! 私は残らんぞ!』
オーウェン・グラート。五十一歳、荷運び人。
門から離れようとする彼の胴へ、誰かの腕が回る。映像はそこで途切れていた。一方、地上の報告では、彼も自ら残った英雄になっている。
事故の形も、選定の方法も、残された者の立場も違う。十四人の遠征ばかりでもなければ、全員が同じ言葉を叫んだわけでもない。
それでも、共通するものはあった。
本人が残留へ同意していない記録があること。そして地上へ戻った報告では、その拒絶が自発的な犠牲へ書き換えられていること。
私も、同じように笑う聖女へ作り替えられた。
「リディア、これを」
ミハルが、棚番号を写した石板を差し出した。
いくつもの事件で、同じ段階に当たる記憶石が抜けている。
事故直前の装置点検。誰を残すか決めた手続き。残留を求められた者の拒絶。その三種に欠損が集中していた。
何年ごとという規則ではない。事件ごとの記録列で、同じ役割を持つ石が選ばれているのだ。
境界感知で空いた保管枠を読む。自然に崩れた石なら残るはずの破断片がなく、枠には管理権限で封印を開いた痕があった。ところが、閲覧者の認証名と時刻だけが削られている。
「偶然の劣化では説明できません」
「ああ」
オルドの声は硬かった。
「誰かが、何を抜くべきか知った上で持ち出した疑いが強い。だが、痕跡だけで持ち出した者を決めるな」
「わかっています」
王家部隊がこの区画を狙った事実はある。けれど、それだけで過去の欠損すべてを王家の命令と断定することはできない。
怒りは消えなかった。むしろ、名前を読むたびに重くなった。
だからこそ、この二十七人を私の復讐を飾る数字にはしたくなかった。
「一人ずつ、目録を作りましょう」
私はオルドとミハルへ提案した。
氏名、当時の年齢と職業。事件の日付と帰還門。地上の公式報告。残された本人の言葉。映像、音声、魔力痕、文書という証拠の種別。欠損した棚番号。閲覧と複写の履歴。そして、生存、死亡、不明の区別。
「わからないことは、不明のまま残します。死んだと決めつけない。地上の報告と食い違っていても、どちらかを黙って消さない」
オルドが項目を確認し、ミハルが一人につき一葉の目録を起こしていく。
複写は二部。同じ内容を記録守と地下評議会が別々に封印する。原本も、唯一の複写も、私の手元には置かない。
最初の目録が形になった頃、オルドは別の棚を開いた。
「押収した年代表には、現行年の帰還門記録も指定されていた」
私たちが置き去りを行った、あの門の記録。
ここに投票札の文字は映っていない。残っているのは、帰還門の制御域で起きた魔力接触と、その時刻の並びだ。
投票札が一枚ずつ箱へ触れた時、投票者の手から裏面の個人認証紋を経て箱へ流れた魔力が、門の記録へ薄く残っている。
十四の接触痕。
私は時刻順に追い、一つの波形の前で指を止めた。
「ここだけ……切れている」
一人分の魔力痕が、自然に弱まるのではなく、刃物で断ったように途中で途切れていた。その直後、別の接触が重なるように記録され、列は再び続いている。
石の劣化なら、前後の時刻まで同じように乱れるはずだ。ここだけが鋭すぎる。
「人為的な干渉の疑いはあります。でも、これだけでは誰の痕かも、何が行われたかもわかりません」
票が入れ替えられたとさえ、まだ断定できない。
「その言葉のまま記せ」
オルドに促され、ミハルは『一接触痕に人為干渉の疑い。対象、目的ともに未確定』と書き留めた。
王家部隊は、この曖昧な一本を含む棚まで消そうとしていた。
何を恐れたのかを知るには、足りないものがまだ多すぎる。
私たちは欠損の集中した棚の裏へ回った。
壁際には、通常の閲覧通路とは別に、石を運ぶための低い保守搬送口が隠されていた。
床へ手を触れ、残った境界を拾う。
古い記憶石の粉。石を包んでいた布の繊維。重い箱を引きずった擦過痕。
搬送口の先は、ガレス派が封鎖していた横道へ続いている。
その縁には、もっと新しい痕もあった。王家製武器箱に使われる防湿木材の欠片と、先ほど回収した弾頭と同じ匂いの油だ。油滴は搬送口から地下の奥へ向かって点々と続いていた。
消えた記憶石が外へ運ばれた道。
王家製の武器が地下奥へ運び込まれた道。
二つの経路が同じ横道で交わっている。
それだけで、王家とガレスの取引を証明することはできない。
けれど、偶然として見過ごすには、あまりにも不自然だった。
私は油の染みた木片を証拠袋へ収め、ミハルに採取位置を封印させた。
そして、光の届かない横道の奥を見据えた。




