第21話 記憶庫への道
捕虜四人と負傷者を外郭の防衛班へ引き渡し、証拠袋の封印を確認してから、私たちは記憶庫本体へ向かった。
同行するのはラウル、ミハル、防衛要員二人だけだ。
フィアは中央配水所に残っている。細い導水管を伝って届く一定の打音が、別働隊と都市に異常がないことを知らせていた。
王家製の弾頭が落ちていた横道には、ミハルが位置札を立てた。搬送痕も写し取ったが、今はガレス派の拠点へ踏み込まない。
先に守るべきものが、この奥にある。
「こっちだ」
ラウルが、剥がされた案内石の跡を指した。
「旧調停王家が使っていた本体路は、年代札が三枚並ぶごとに左へ曲がる」
王家部隊は橋板と支柱を壊し、道順を示す年代札まで外していた。瓦礫の間には、鈍い光を帯びた記憶石の破片が混じっている。
一方、横へ分かれる道はガレス派の石材と封鎖印で塞がれていた。その内側にも、王家製武器を引きずった新しい跡が続いている。
王家の破壊と、地下側の封鎖。
どちらも、記憶庫へ近づく者を選別するためのものだった。
ミハルが壁に残った年代札の輪郭を読み、ラウルが古い道順と照合する。私は二人が示した経路のうち、橋板が完全に落ちた一か所だけ、残存する橋脚と対岸の足場を短時間繋いだ。
全員が渡り終えると、すぐに接続を切る。
これ以上、大きな術を使う余裕はない。
途中、導水管から打音が変わった。
守護獣はまだ地上へ出ていない。住民避難と通路閉鎖は進行中。
短い報告をミハルが書き留め、私たちは先へ進んだ。
やがて、岩壁そのものを削り出した巨大な門が見えた。
記憶庫本体の入口だ。
門前の床には、爆破の衝撃で外壁の一時棚から落ちた記憶石が砕け、いくつもの破片になって散っていた。
「踏まないでください」
私は全員を止めた。
破片を素手で混ぜないよう、ミハルから布と小箱を受け取る。落ちている位置を図へ写し、一片ずつ番号を振ってから拾い上げた。
断面から、保存情報の残滓が漏れている。
『……帰還門……』
白い光。途切れた日付記号。誰のものとも分からない呼吸音。
今ここで無理に繋ぎ、都合のよい意味を読み取るべきではない。
「そこまでだ、地上人」
門の中央にある小さな応答窓が開いた。
覗いたのは、深い皺と白髪を持つ老人だった。鋭い目だけが、声と同じく少しも衰えていない。
「私は記録守オルド。この記憶庫を預かっている」
「リディア・フェルゼンです。王家の部隊は外郭から退けました。中の記録を確認させてください」
「断る」
迷いのない返答だった。
「水脈核を救ったことも、外郭を守ったことも聞いている。だが、功績は記録へ自由に触れる免状ではない」
オルドの視線が、私の腰にある古い記録板へ移る。
「お前は王家と十三人へ復讐する意思を隠していない。地上では奈落の女王を名乗った。記録を自分に都合よく切り取り、王家へ向ける武器にする可能性がある」
「王家は、私が自分から残ったと記録を作り替えました」
声が強くなる。
「私はその嘘で、死んだことにされたんです。真実を示す証拠が必要です」
「被害を受けたことと、記録を扱う資格は別だ」
オルドは私の怒りを否定しなかった。ただ、それを特権にもしてくれなかった。
「記録は裁判の証拠にも、政治を動かす材料にもなる。だからこそ、使う者に不利な部分まで同じ形で残さねばならん。地上の罪だけを抜き、地下の罪を隠せば、それは記録ではなく宣伝だ」
ガレス派にも、この記憶庫から消したいものがある。
オルドが警戒しているのは地上人だけではなかった。
「……私には復讐心があります」
否定して信じてもらおうとは思わなかった。
「でも、私が怒っていることと、存在しない事実を作ってよいことは同じではありません。私に不利な記録でも消さない。地下側の加害が残っていても、同じ手順で保全します」
「言葉なら、王家もガレスも同じことを言う」
「では、何をすれば確認できますか」
オルドは門前に並べた破片を見た。
「それを、どう扱う」
門の下部から細い石板が押し出された。表面に複数の窪みと棚番号が刻まれた、破損記録を照合するための検証枠だった。
私は破片の前へ膝をつく。
境界感知で読むのは、映像の内容ではない。
元の石との接続痕。保管されていた棚番号。隣接していた切断面。爆破で生じた新しい亀裂と、それより前から失われていた古い欠損。
「破片三。保管枠、四の二」
ミハルが私の読み上げた番号と、床で記録した位置を照合する。
確実に対応する二片だけを検証枠へ置き、境界を細く繋いだ。
青い光が一度灯る。
隣に、見た目だけならぴたりとはまりそうな破片があった。
だが、残る接続痕は別の棚を示している。
「これは繋ぎません。切断面は似ていますが、同じ記憶石ではない」
別番号の箱へ入れる。
端が大きく欠けた破片にも、勝手な形を足さなかった。
「ここは爆破前から欠損しています。欠けた時期は不明。残った部分だけを保全します」
ミハルが「旧欠損・時期不明」と書き加えた。
私の境界術で、失われた映像や言葉を作ることはできない。本来繋がっていた関係を確かめ、残った情報を読める状態へ戻すだけだ。
対応が確実な破片をすべて検証枠へ並べる。
オルドは、最初から最後まで黙って見ていた。
「欠けた部分を、自分の望む答えで埋めなかったな」
「作った答えでは、王家の嘘と同じになります」
長い沈黙の後、門の内側で閂の一つが外れた。
「全面的に信用したわけではない。撤回可能な限定入庫を認める」
条件は、記録守の立ち会い、原本の持ち出し禁止、閲覧・複写履歴の保存、地上と地下へ同じ保全基準を適用すること。複写は記録守と評議会が一部ずつ持ち、片方だけでは公開できない。違反時の資格撤回と、原本が襲われた場合の緊急開封条件も記した。
命を担保にする契約ではなく、扱える範囲と撤回手続きを定める合意だ。
「同意します」
残る閂が順番に外れる。
巨大な門が、ゆっくりと内側へ開いた。
奥には無数の棚が並んでいた。光る記憶石、石板の索引、封印された区画。けれど、オルドは入口に近い一つの棚だけを示した。
「王家部隊が、最初に指定していた年代だ」
棚の索引板には、二十七の欄があった。
番号ではない。
一つ一つに、人の名前が刻まれている。
ローデンと私だけではなかった。
帰る場所を奪われ、地上の歴史から消された者が、二十七人もいた。




