表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/41

第21話 記憶庫への道

捕虜四人と負傷者を外郭の防衛班へ引き渡し、証拠袋の封印を確認してから、私たちは記憶庫本体へ向かった。


 同行するのはラウル、ミハル、防衛要員二人だけだ。


 フィアは中央配水所に残っている。細い導水管を伝って届く一定の打音が、別働隊と都市に異常がないことを知らせていた。


 王家製の弾頭が落ちていた横道には、ミハルが位置札を立てた。搬送痕も写し取ったが、今はガレス派の拠点へ踏み込まない。


 先に守るべきものが、この奥にある。


「こっちだ」


 ラウルが、剥がされた案内石の跡を指した。


「旧調停王家が使っていた本体路は、年代札が三枚並ぶごとに左へ曲がる」


 王家部隊は橋板と支柱を壊し、道順を示す年代札まで外していた。瓦礫の間には、鈍い光を帯びた記憶石の破片が混じっている。


 一方、横へ分かれる道はガレス派の石材と封鎖印で塞がれていた。その内側にも、王家製武器を引きずった新しい跡が続いている。


 王家の破壊と、地下側の封鎖。


 どちらも、記憶庫へ近づく者を選別するためのものだった。


 ミハルが壁に残った年代札の輪郭を読み、ラウルが古い道順と照合する。私は二人が示した経路のうち、橋板が完全に落ちた一か所だけ、残存する橋脚と対岸の足場を短時間繋いだ。


 全員が渡り終えると、すぐに接続を切る。


 これ以上、大きな術を使う余裕はない。


 途中、導水管から打音が変わった。


 守護獣はまだ地上へ出ていない。住民避難と通路閉鎖は進行中。


 短い報告をミハルが書き留め、私たちは先へ進んだ。


 やがて、岩壁そのものを削り出した巨大な門が見えた。


 記憶庫本体の入口だ。


 門前の床には、爆破の衝撃で外壁の一時棚から落ちた記憶石が砕け、いくつもの破片になって散っていた。


「踏まないでください」


 私は全員を止めた。


 破片を素手で混ぜないよう、ミハルから布と小箱を受け取る。落ちている位置を図へ写し、一片ずつ番号を振ってから拾い上げた。


 断面から、保存情報の残滓が漏れている。


『……帰還門……』


 白い光。途切れた日付記号。誰のものとも分からない呼吸音。


 今ここで無理に繋ぎ、都合のよい意味を読み取るべきではない。


「そこまでだ、地上人」


 門の中央にある小さな応答窓が開いた。


 覗いたのは、深い皺と白髪を持つ老人だった。鋭い目だけが、声と同じく少しも衰えていない。


「私は記録守オルド。この記憶庫を預かっている」


「リディア・フェルゼンです。王家の部隊は外郭から退けました。中の記録を確認させてください」


「断る」


 迷いのない返答だった。


「水脈核を救ったことも、外郭を守ったことも聞いている。だが、功績は記録へ自由に触れる免状ではない」


 オルドの視線が、私の腰にある古い記録板へ移る。


「お前は王家と十三人へ復讐する意思を隠していない。地上では奈落の女王を名乗った。記録を自分に都合よく切り取り、王家へ向ける武器にする可能性がある」


「王家は、私が自分から残ったと記録を作り替えました」


 声が強くなる。


「私はその嘘で、死んだことにされたんです。真実を示す証拠が必要です」


「被害を受けたことと、記録を扱う資格は別だ」


 オルドは私の怒りを否定しなかった。ただ、それを特権にもしてくれなかった。


「記録は裁判の証拠にも、政治を動かす材料にもなる。だからこそ、使う者に不利な部分まで同じ形で残さねばならん。地上の罪だけを抜き、地下の罪を隠せば、それは記録ではなく宣伝だ」


 ガレス派にも、この記憶庫から消したいものがある。


 オルドが警戒しているのは地上人だけではなかった。


「……私には復讐心があります」


 否定して信じてもらおうとは思わなかった。


「でも、私が怒っていることと、存在しない事実を作ってよいことは同じではありません。私に不利な記録でも消さない。地下側の加害が残っていても、同じ手順で保全します」


「言葉なら、王家もガレスも同じことを言う」


「では、何をすれば確認できますか」


 オルドは門前に並べた破片を見た。


「それを、どう扱う」


 門の下部から細い石板が押し出された。表面に複数の窪みと棚番号が刻まれた、破損記録を照合するための検証枠だった。


 私は破片の前へ膝をつく。


 境界感知で読むのは、映像の内容ではない。


 元の石との接続痕。保管されていた棚番号。隣接していた切断面。爆破で生じた新しい亀裂と、それより前から失われていた古い欠損。


「破片三。保管枠、四の二」


 ミハルが私の読み上げた番号と、床で記録した位置を照合する。


 確実に対応する二片だけを検証枠へ置き、境界を細く繋いだ。


 青い光が一度灯る。


 隣に、見た目だけならぴたりとはまりそうな破片があった。


 だが、残る接続痕は別の棚を示している。


「これは繋ぎません。切断面は似ていますが、同じ記憶石ではない」


 別番号の箱へ入れる。


 端が大きく欠けた破片にも、勝手な形を足さなかった。


「ここは爆破前から欠損しています。欠けた時期は不明。残った部分だけを保全します」


 ミハルが「旧欠損・時期不明」と書き加えた。


 私の境界術で、失われた映像や言葉を作ることはできない。本来繋がっていた関係を確かめ、残った情報を読める状態へ戻すだけだ。


 対応が確実な破片をすべて検証枠へ並べる。


 オルドは、最初から最後まで黙って見ていた。


「欠けた部分を、自分の望む答えで埋めなかったな」


「作った答えでは、王家の嘘と同じになります」


 長い沈黙の後、門の内側で閂の一つが外れた。


「全面的に信用したわけではない。撤回可能な限定入庫を認める」


 条件は、記録守の立ち会い、原本の持ち出し禁止、閲覧・複写履歴の保存、地上と地下へ同じ保全基準を適用すること。複写は記録守と評議会が一部ずつ持ち、片方だけでは公開できない。違反時の資格撤回と、原本が襲われた場合の緊急開封条件も記した。


 命を担保にする契約ではなく、扱える範囲と撤回手続きを定める合意だ。


「同意します」


 残る閂が順番に外れる。


 巨大な門が、ゆっくりと内側へ開いた。


 奥には無数の棚が並んでいた。光る記憶石、石板の索引、封印された区画。けれど、オルドは入口に近い一つの棚だけを示した。


「王家部隊が、最初に指定していた年代だ」


 棚の索引板には、二十七の欄があった。


 番号ではない。


 一つ一つに、人の名前が刻まれている。


 ローデンと私だけではなかった。


 帰る場所を奪われ、地上の歴史から消された者が、二十七人もいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ