第19話 王国から来た証拠隠滅部隊
記憶庫の方角で、四つ目の転移座標が固定された。
私は中央配水所から走り出した。ラウルとミハル、評議会の防衛要員四人が続く。
フィアは連れていかない。バシュルと共に配水所へ残し、新しい転移反応を拾った場合だけ、枝水路を通じて短い打音を送ってもらう。
「奴らは都市を探していない」
走りながら、私は記憶庫へ集中する地上式座標を数えた。
「最初から、記憶庫へ入る準備をしていたんです」
ラウルが手首の枷を鳴らし、速度を落とさず答えた。
「なら、狙いを確かめる。目の前の兵を追うだけでは終わらんぞ」
湿った保守路に、最初の打音が届いた。
カン、カン、カン。
新しい転移反応が三つ。すでに相当数が侵入している。
記憶庫本体へ続く外郭入口が見えた時、焦げた火薬の臭いが鼻を刺した。
古代石で組まれた入口は一部を爆破され、保守前室まで大きな亀裂が走っている。その内側には、王国軍の紋章を付けた十人ほどの兵士がいた。
王国規格の転移杭。宮廷監察局の封印が入った運搬箱。火薬。外郭の構造が細かく記された古い見取図。
逆探知を受けてから、急ごしらえで揃えられる装備ではない。
兵士たちは手近な棚を無差別に壊しているのではなかった。石製の年代表と索引を照らし合わせ、指定された年代の記憶石だけを封印箱へ移している。持ち出さない棚の前には、火薬箱から分かれた導火線が伸びていた。
隊長らしい男が私たちに気づく。
「幻影に出た女だ! 交戦は最低限にしろ! 記録の搬出と起爆を優先!」
兵士二人がこちらへ武器を向けたが、残りは封印箱を抱えたまま転移陣へ走った。
私を捕らえるより先に、記録を運び出す。
王家は、この年代に何が記録されているかを知っている。
「行くぞ!」
ラウルと防衛要員が前室へ飛び込んだ。
ラウルは足枷の鎖で歩幅を制限されている。兵を圧倒するのではなく、石柱を盾にして剣を受け、退路から引き離す。防衛要員が左右から槍を突き出し、封印箱を運ぶ兵の進路を狭めた。
ミハルが私の横へ年代表の位置を示す。
「あの白い箱が本体へ送る前の記憶石です。黒い箱は索引石。どちらも失えば、奥の棚を年代から探せなくなる!」
私は境界感知を広げた。
ひび割れた外郭入口。地上へ戻るための転移退路。複数の棚へ伸びる導火線。その根元にまとめられた四つの火薬箱。そして、転移陣へ入ろうとしている二つの封印箱。
すべてを取り戻す余力はない。
封印箱を抱えた隊長が、転移の光へ片足を入れる。
追えば地上へ出られるかもしれない。
けれど、到着先は分からない。私が飛び込めば、ここに残る火薬と記録を守る者もいなくなる。
私は封印箱へ指先を向けた。
帰還門で脱出石を奪われた時と同じ、位置だけを追う小さな目印を編む。転移の光が箱を包む直前、その継ぎ目へ境界印を滑り込ませた。
中身を見ることも、今ここへ取り戻すこともできない。
それでも、運ばれた先は追える。
隊長と三人の兵士、白と黒の封印箱が光の中へ消えた。
「起爆して退け!」
残った兵の一人が導火線へ火をつける。
「ミハル、爆発を閉じ込められる場所は?」
「右壁の奥です! 昔の崩落で閉じた無人の保守区画。岩壁は三重に残っています!」
まず、兵士たちの退路を止める。
私は転移杭が作る地上への出口と、爆破で裂けた外郭入口の接続先を読み取った。
転移陣へ逃げ込もうとする三人の兵士。その足が光へ入った瞬間、二つの行き先を入れ替える。
「そこは地上ではありません!」
空間が歪み、三人は崩れていない隣の封鎖前室へ転がり込んだ。石壁の内側ではない。武器を捨てれば、防衛要員が扉を開いて拘束できる場所だ。
接続を切る。
視界が二重にぶれた。
まだ、火薬が残っている。
導火線の火が四つの箱へ迫る。各棚へ伸びる線は、箱の手前にある一つの起爆具へ集められていた。
兵士や棚を送る必要はない。
私は火薬箱の置かれた床と、ミハルが示した無人区画の床だけを繋いだ。
火花が箱へ触れる寸前、ラウルが拘束具の鎖を四つの取っ手へ引っかけ、防衛要員が一斉に押す。
「今だ!」
四つの箱が、歪んだ床の境界を滑って封鎖区画へ落ちた。
私は接続を閉じた。
直後、三重の岩壁の向こうで爆発が起きた。
ズンッ――!
床が大きく跳ね、天井から砂と小石が降る。爆風も炎も前室へは届かない。それでも古い外郭は衝撃に耐えきれず、傷んでいた梁の一本が折れた。
防衛要員の一人が飛んできた石片で肩を切り、ラウルも足枷に引かれて片膝をついた。全員を無傷で守れたわけではない。それでも、火薬が棚の前で爆発していれば、この程度では済まなかった。
「危ない!」
梁の下に、若い王国兵が倒れていた。
火薬の起爆具を握っていた兵だ。記録を壊そうとした事実は消えない。
それでも、ここで押し潰させる理由にはならない。
今の私に、彼一人を転送するだけの力は残っていなかった。
私は兵士の脇にある床と、ラウルの足元を一瞬だけ繋いだ。
「引いて!」
ラウルが境界越しに腕を伸ばし、若い兵士の胸当てを掴む。防衛要員二人も加わり、身体を安全な床へ引きずり出した。
梁が落ち、直前まで兵士がいた場所を砕いた。
救われた兵士が咳き込みながら剣へ手を伸ばす。防衛要員がその手を踏み止め、武器を取り上げて背後で拘束した。
「勘違いしないで」
私は荒い呼吸を整えながら、彼を見下ろした。
「助けたから、あなたのしたことが消えるわけではありません。誰の命令で、どの記録を消しに来たのか。生きて証言してもらいます」
兵士は答えず、恐怖と敵意の入り混じった目で私を睨んだ。
ミハルたちは、残った記憶石と索引石を確認し始めた。防衛要員は封鎖前室の三人へ武器を捨てるよう呼びかけている。
床には、王家の印が入った年代表と見取図が落ちていた。
見取図の端に刻まれた調査番号は、今回の逆探知後につけられたものではない。何年も前の王立探索記録と同じ形式だった。
王家は今日、初めて記憶庫を知ったのではない。
どの年代を持ち出し、どの棚を焼くかまで、あらかじめ決めていた。
私は年代表と見取図を証拠袋へ入れるよう、ミハルへ頼んだ。
その時、拘束された若い兵士が息を呑んだ。
彼の視線は、私ではなくラウルへ向いている。
黒髪。折れた片角。手足に残る黒い拘束具。
「なぜ……」
若い兵士の顔から血の気が引いていく。
「なぜ、『地上に捨てられた王子』が、ここにいる?」
ラウルの表情が、冷たく固まった。




