表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/25

第14話 負傷者を置いていくか

「支柱を入れろ! 二度目が来るぞ!」


 ラウルの声で、ガレスの部下と水路作業員が動いた。


 崩れかけた天井へ支柱を打ち込み、落ちた岩板の周囲を補強する。土煙の中では、一人の作業員が脚を挟まれたまま呻いていた。


 意識はある。


 だが岩板を無理に上げれば、支えを失った天井が再び落ちる。助け出すには補強を増やし、複数人で慎重に持ち上げなければならない。


 ミハルともう一人の作業員は、額や腕を傷つけているものの歩けた。


 バシュルが携帯圧力計を確認し、険しい顔になる。


「圧力波で循環がさらに乱れた。全員で救出し、担架で運んでいれば、水脈核の停止に間に合わん可能性が高い」


 しかし、ここへ残せば再崩落から守れる保証がない。


 一つの案が浮かんだ。


 歩ける軽傷者二人を、重傷者の介助役として残す。私たちと必要な作業員は水脈核へ急ぎ、再起動後に救助隊を戻す。


 水脈核を救えば都市全体の水が戻り、この区画の圧力も安定する。今いる全員で重傷者を運ぶより速い。


 合理性はある。だが再崩落か再起動の失敗が起きれば、残した三人は助からない。門守候補の私が示した後で得る「志願」を、自由な同意と呼べるのか。


 全体を救うため、一部を危険な場所へ残す。帰還門の前で聞かされた言葉と、あまりに近かった。


「……歩ける二人をここへ残して、私たちが先行する方法があります」


 軽傷を負ったミハルが、すぐに地下語で何かを申し出た。


「自分が残ると言っている」


 ラウルが訳す。


 本人の口から出た言葉でも、時間切れを告げた私の前で選べる答えだったとは限らない。


「まだ決めていません。今は残る約束をしないで」


 私はミハルを止めた。


 口にした途端、ラウルが答えた。


「俺は反対だ」


 感情だけの否定ではなかった。


「この天井はもう一度落ちる。介助役を増やしても、救助計画にはならない。核をいつ動かせるかも、成功するかも分からない。戻る時刻を約束できない以上、ここで取る同意を自由な選択とは言い切れない」


「それでも、全員で運べば都市が――」

「分かっている」


 ラウルは私から目を逸らさなかった。


「だが、俺が勝手に残れば、判断の責任をあんた一人へ押しつけることになる」


 自分だけ命令に逆らい、救助する英雄になるつもりはないのだ。


「決めるのはあんただ。別の方法を探すなら、俺も従う」


 全員で水脈核へ行くか、誰かを残すか。その二つしかないと思い込んでいた。


 私はローデンの補助図を開き、崩落区画の周囲を見直した。


 壁際には、資材運搬用の低い荷台と軌道が残っている。その下を、治療所方面へ戻る乾いた保守導水路が並行していた。


 バシュルが図と壁の傾きを照合する。下の導水路は治療所側へ下っているが、荷台の軌道とは厚い岩床で隔てられていた。人が通る点検穴はあっても、重傷者を載せた荷台は通れない。


 人を直接転送する魔力はない。


 だが、負傷者を載せる荷台の経路だけなら短くできる。


「役割を分けます」


 私はバシュルへ図を示した。


「核の操作に必要な人は、先行の準備をしてください。救出と搬送は別の班にする」


 次にガレスを見る。


「あなたたちの力を借りたい。支柱を増やし、岩板を上げてほしい」


 ラウルが地下語へ直す。


 ガレスは私の指図だからではなく、挟まれた同胞を見て頷いた。自分の部下へ短く指示し、支柱を持たせる。


 軽傷者にはその場で役目を押しつけず、応急処置を受けた後、救助か搬送を手伝えるか本人とバシュルが確認することにした。


「荷台を扱える人を一人、細い点検路から下の導水路へ先行させてください。接続地点の軌道を叩いて、位置を知らせて」


 人一人が這えるだけの横穴なら、荷台より先に抜けられる。


 作業員が点検路へ入った。


「フィアは安全な場所で、その打音を聞き分けて。荷台が接続部を通る時も、車輪の間隔を石音で教えて。終わったら私たちへ合流して」


 フィアが強く頷いた。


 救助班が天井を補強する。


 支柱を一本打つたび、天井から細かな砂が落ちた。バシュルの圧力計が警告音を鳴らし、都市側の循環がまた一段落ちたことを知らせる。


 急がなければならない。だからこそ、補強を飛ばして三人まとめて瓦礫へ埋めるわけにはいかなかった。


「持ち上げるぞ!」


 ガレスと部下たちが岩板へ肩を入れた。支柱が軋む中、水路作業員が挟まれた脚を引き抜く。


 搬送班は重傷者を補強した荷台へ固定した。歩行が難しくなった軽傷者も、その後ろへ乗せる。


 やがて下の導水路から、金属を叩く音が返ってきた。


 いくつもの反響が重なる中、フィアが一つの方向を指す。


 接続先だ。


 私は荷台軌道と、乾いた導水路の床を境界感知で確かめた。


 どちらも既存の道で、位置と構造が分かっている。つなぐのは荷台が通る一度だけ。


「押して!」


 二つの経路を短時間だけ隣り合わせる。


 荷台の前輪が歪んだ境界へ入った。


 一瞬、片側の車輪が軌道の縁へ乗り上げた。搬送班が傾きを押さえ、重傷者の身体を固定した帯が外れていないことを確かめる。


 カン、カン、カン。


 フィアの石音に合わせ、搬送班が一定の速さで押す。


 後輪まで導水路側へ乗ったことを確認し、私は接続を切った。


 視界が一瞬暗くなる。


 一台、一度だけ。もう同じ術をやり直す余力はない。


 下の導水路では、先行した作業員が荷台を受け止めていた。搬送班が合流し、治療所方面へ押し始める。


 負傷者を危険な現場へ残さずに済んだ。


 だが、救出と接続に使った時間は戻らない。


 圧力計の針は停止域へ近づき、都市の青い灯りがさらに減っていた。先ほどまで遠かった咆哮も、岩壁を震わせるほど近い。


 全員を救出できたから、無条件に正しかったことにはならない。


 時間を使った分、次に待つ危険が増えた。その結果も私が引き受ける。


「水脈核へ行きます」


 フィアが戻ったことを確認し、任務班は保守路を駆けた。


 円形の巨大区画へ着いた時、圧力計は停止寸前まで落ちていた。


 中央には、黒曜石のような鱗板に覆われた四足の守護獣がいた。


 頭から伸びる二本角のうち一本は途中でひび割れ、鱗の隙間から青い魔力が不規則に漏れている。


 その魔力も、細い糸となって上方へ引かれていた。


 星脈炉に生命力を奪われ、痛みから暴れている。


 守護獣は水脈核の最後の弁を背にして立ち、近づくものすべてを拒むように前脚を振り下ろした。


 石床が割れる。


 予定より遅れて着いた私たちへ、苦痛に満ちた咆哮が叩きつけられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ