第14話 負傷者を置いていくか
「支柱を入れろ! 二度目が来るぞ!」
ラウルの声で、ガレスの部下と水路作業員が動いた。
崩れかけた天井へ支柱を打ち込み、落ちた岩板の周囲を補強する。土煙の中では、一人の作業員が脚を挟まれたまま呻いていた。
意識はある。
だが岩板を無理に上げれば、支えを失った天井が再び落ちる。助け出すには補強を増やし、複数人で慎重に持ち上げなければならない。
ミハルともう一人の作業員は、額や腕を傷つけているものの歩けた。
バシュルが携帯圧力計を確認し、険しい顔になる。
「圧力波で循環がさらに乱れた。全員で救出し、担架で運んでいれば、水脈核の停止に間に合わん可能性が高い」
しかし、ここへ残せば再崩落から守れる保証がない。
一つの案が浮かんだ。
歩ける軽傷者二人を、重傷者の介助役として残す。私たちと必要な作業員は水脈核へ急ぎ、再起動後に救助隊を戻す。
水脈核を救えば都市全体の水が戻り、この区画の圧力も安定する。今いる全員で重傷者を運ぶより速い。
合理性はある。だが再崩落か再起動の失敗が起きれば、残した三人は助からない。門守候補の私が示した後で得る「志願」を、自由な同意と呼べるのか。
全体を救うため、一部を危険な場所へ残す。帰還門の前で聞かされた言葉と、あまりに近かった。
「……歩ける二人をここへ残して、私たちが先行する方法があります」
軽傷を負ったミハルが、すぐに地下語で何かを申し出た。
「自分が残ると言っている」
ラウルが訳す。
本人の口から出た言葉でも、時間切れを告げた私の前で選べる答えだったとは限らない。
「まだ決めていません。今は残る約束をしないで」
私はミハルを止めた。
口にした途端、ラウルが答えた。
「俺は反対だ」
感情だけの否定ではなかった。
「この天井はもう一度落ちる。介助役を増やしても、救助計画にはならない。核をいつ動かせるかも、成功するかも分からない。戻る時刻を約束できない以上、ここで取る同意を自由な選択とは言い切れない」
「それでも、全員で運べば都市が――」
「分かっている」
ラウルは私から目を逸らさなかった。
「だが、俺が勝手に残れば、判断の責任をあんた一人へ押しつけることになる」
自分だけ命令に逆らい、救助する英雄になるつもりはないのだ。
「決めるのはあんただ。別の方法を探すなら、俺も従う」
全員で水脈核へ行くか、誰かを残すか。その二つしかないと思い込んでいた。
私はローデンの補助図を開き、崩落区画の周囲を見直した。
壁際には、資材運搬用の低い荷台と軌道が残っている。その下を、治療所方面へ戻る乾いた保守導水路が並行していた。
バシュルが図と壁の傾きを照合する。下の導水路は治療所側へ下っているが、荷台の軌道とは厚い岩床で隔てられていた。人が通る点検穴はあっても、重傷者を載せた荷台は通れない。
人を直接転送する魔力はない。
だが、負傷者を載せる荷台の経路だけなら短くできる。
「役割を分けます」
私はバシュルへ図を示した。
「核の操作に必要な人は、先行の準備をしてください。救出と搬送は別の班にする」
次にガレスを見る。
「あなたたちの力を借りたい。支柱を増やし、岩板を上げてほしい」
ラウルが地下語へ直す。
ガレスは私の指図だからではなく、挟まれた同胞を見て頷いた。自分の部下へ短く指示し、支柱を持たせる。
軽傷者にはその場で役目を押しつけず、応急処置を受けた後、救助か搬送を手伝えるか本人とバシュルが確認することにした。
「荷台を扱える人を一人、細い点検路から下の導水路へ先行させてください。接続地点の軌道を叩いて、位置を知らせて」
人一人が這えるだけの横穴なら、荷台より先に抜けられる。
作業員が点検路へ入った。
「フィアは安全な場所で、その打音を聞き分けて。荷台が接続部を通る時も、車輪の間隔を石音で教えて。終わったら私たちへ合流して」
フィアが強く頷いた。
救助班が天井を補強する。
支柱を一本打つたび、天井から細かな砂が落ちた。バシュルの圧力計が警告音を鳴らし、都市側の循環がまた一段落ちたことを知らせる。
急がなければならない。だからこそ、補強を飛ばして三人まとめて瓦礫へ埋めるわけにはいかなかった。
「持ち上げるぞ!」
ガレスと部下たちが岩板へ肩を入れた。支柱が軋む中、水路作業員が挟まれた脚を引き抜く。
搬送班は重傷者を補強した荷台へ固定した。歩行が難しくなった軽傷者も、その後ろへ乗せる。
やがて下の導水路から、金属を叩く音が返ってきた。
いくつもの反響が重なる中、フィアが一つの方向を指す。
接続先だ。
私は荷台軌道と、乾いた導水路の床を境界感知で確かめた。
どちらも既存の道で、位置と構造が分かっている。つなぐのは荷台が通る一度だけ。
「押して!」
二つの経路を短時間だけ隣り合わせる。
荷台の前輪が歪んだ境界へ入った。
一瞬、片側の車輪が軌道の縁へ乗り上げた。搬送班が傾きを押さえ、重傷者の身体を固定した帯が外れていないことを確かめる。
カン、カン、カン。
フィアの石音に合わせ、搬送班が一定の速さで押す。
後輪まで導水路側へ乗ったことを確認し、私は接続を切った。
視界が一瞬暗くなる。
一台、一度だけ。もう同じ術をやり直す余力はない。
下の導水路では、先行した作業員が荷台を受け止めていた。搬送班が合流し、治療所方面へ押し始める。
負傷者を危険な現場へ残さずに済んだ。
だが、救出と接続に使った時間は戻らない。
圧力計の針は停止域へ近づき、都市の青い灯りがさらに減っていた。先ほどまで遠かった咆哮も、岩壁を震わせるほど近い。
全員を救出できたから、無条件に正しかったことにはならない。
時間を使った分、次に待つ危険が増えた。その結果も私が引き受ける。
「水脈核へ行きます」
フィアが戻ったことを確認し、任務班は保守路を駆けた。
円形の巨大区画へ着いた時、圧力計は停止寸前まで落ちていた。
中央には、黒曜石のような鱗板に覆われた四足の守護獣がいた。
頭から伸びる二本角のうち一本は途中でひび割れ、鱗の隙間から青い魔力が不規則に漏れている。
その魔力も、細い糸となって上方へ引かれていた。
星脈炉に生命力を奪われ、痛みから暴れている。
守護獣は水脈核の最後の弁を背にして立ち、近づくものすべてを拒むように前脚を振り下ろした。
石床が割れる。
予定より遅れて着いた私たちへ、苦痛に満ちた咆哮が叩きつけられた。




