第13話 水脈を盗む者
「右の分岐よ。供給紋の残り方が強い」
中央配水所で見つけた新しい流出線を追い、私たちは旧保守路を進んでいた。
門守候補としての最初の現場調査には、評議会の監視役兼記録係のミハル、水路管理者バシュル、二人の作業員が同行している。ラウルとフィアも一緒だ。
分岐へ着くたび、フィアが安全な足場から岩壁へ耳を当てた。規則的な掘削音の方向を指で示し、バシュルが主水脈壁との位置関係を図で確かめる。
ラウルは崩れた足場と暗がりを警戒し、ミハルは通った経路と私の判断を書き留めていた。
私は壁面に残る王国の供給紋だけを拾う。
一人では、この入り組んだ水路を正しく進めなかった。
やがて保守路は、分厚い主水脈壁の前で途切れた。
黒銀色の巨大な杭が、上層から岩壁へ斜めに打ち込まれている。
「昨日はなかった」
バシュルが呟いた。
杭の周囲には、削られたばかりの明るい岩粉が積もっている。摩擦熱を抑える冷却剤も乾ききっていない。
私は杭へ近づき、表面の刻印を調べた。
宮廷魔導設備と同系統の黒銀合金。精密な継ぎ目。王国公共魔力網の規格番号と供給紋。
「王国製よ」
杭の内部では、制御信号が心臓のように脈打っている。
側面には二つの魔力環があった。
一つは、都市へ送れる流量と下流側の循環圧を測る環。表示は危険域まで落ち、その値を上方へ送り続けている。
もう一つは吸収量を調整する環だ。
そこには、直近の制御信号によって出力を引き上げた痕跡が残っていた。
「設備を動かしている者は、地下の流量が危険なほど減っていると知っている」
私はミハルにも刻印を確認させた。
「その測定結果を受け取った後で、吸収を増やしているわ」
一般市民が知っている証拠ではない。王家上層部の署名もない。
だが、この杭を監視する地上の設備管理者は、低下を測った上で吸収量を上げた。
「だから言ったはずだ」
背後から低い声がした。
ガレスが数人の強硬派を連れ、保守路へ入ってきた。男たちは爆薬と起爆具を運んでいる。
ガレスの地下語を、ラウルが短く訳す。
「交渉を待つ理由はない。地上へつながる杭ごと破壊する、と」
強硬派の男たちが、杭の根元へ爆薬を置き始める。
「待って。ここで爆破すれば、地下都市まで水に沈む」
ラウルが私の言葉を伝えると、ガレスの褐色の瞳が険しくなった。
「吸収を止めなければ、先に俺たちが死ぬ。地下が枯れていると知りながら増量した奴らへ、杭を返してやる義理があるのか」
杭を壊せば、この供給路はすぐに止まる。
時間を失わないという意味では、現実的な方法だった。
「杭を守りたいわけじゃない。杭が刺さっている壁を守る必要があるの」
私は水路図と携帯用の圧力計を、ミハルにも見える位置へ置いた。
都市へ届く流量と循環圧は低い。だが、閉ざされた主水脈壁の内側には、局所的に高い静水圧が残っている。
杭の外殻と細い穿孔は、その圧力を塞ぐ栓にもなっていた。
壁の水滴と粉塵へ魔力を通し、圧力の向きを青い線に変える。
杭を中心に爆発を起こした場合、亀裂が主水脈壁から都市側導水路へ走った。光の線が低層居住区へ向かい、分配槽の位置で一気に広がる。
「杭だけを壊すことはできない。周囲の壁と穿孔が割れ、高圧の水が損傷した導水路へ流れ込む。止まった弁では受けきれないわ」
ガレスは光の流れと爆薬を見比べた。
「なら、別の方法を今すぐ示せ。危険だから待て、では何も救えん」
爆薬を撤去する命令は出さなかったが、起爆具を持つ部下へ手を上げ、作業を止めさせた。
私にガレスを指揮する権限はない。
猶予を使って、結果を示すしかなかった。
「吸収機能と、栓としての杭を切り分ける」
ただし、吸収を切れば杭へ逃げていた圧力が主水脈側へ戻る。
「先に、圧力逃がし路を開けられるところまで開いてください」
バシュルと作業員が、ローデンの補助図にあった保守路へ入った。
固着した小弁へ梃子をかける。完全には動かなかったが、指一本ほどの隙間が開き、壁の奥から水の抜ける音がした。
「これ以上は弁軸が折れる!」
十分ではない。
それでも、何もしないよりは圧力波を弱められる。
「記録してください。逃がし路は一部だけ開放。吸収停止後、別の損傷区画へ圧が回る危険が残っています」
私は監視役へ告げ、三つの境界を確認した。
主水脈と都市側導水路。杭の外殻と穿孔周辺の岩壁。そして、杭の吸収回路と主水脈。
「フィア。制御信号が弱くなる間隔を教えて」
フィアは杭から離れた分岐へ下がり、石を打ち鳴らした。
カン……カン……カン……。
「バシュルは圧力を読み上げて。ラウルは作業員と足場を守って」
ラウルが壁へ残る鎖を回し、崩れかけた支柱を固定した。
最初に、主水脈と都市側導水路の境界を薄く分ける。逆流が都市へ直撃しないための遮断だ。
次に、杭の外殻と岩壁の接触を確かめる。ここは切らない。栓として残す。
最後に、石音の切れ目へ合わせ、吸収回路と主水脈のつながりだけを断った。
キィン、と金属が悲鳴を上げる。
杭内部の脈動が止まった。
新しい吸収路を示す圧力計の針も、それ以上下がらない。
杭は刺さったまま、壁の穴を塞いでいる。
止められたのは吸収だけだ。
「再起動信号を送られれば、また接続を作られる可能性があります。完全撤去には、水脈核を動かして主水脈の圧を制御する必要があります」
ミハルが私の言葉を書き留めた。
ガレスは機能を止めた杭を見つめ、それから部下へ地下語で命じた。男たちが爆薬へ火が入らないよう覆いをかける。
方法を認めただけで、私を認めたわけではない。
それで十分だった。
次の瞬間、主水脈壁の奥から重い音が響いた。
吸収杭へ流れていた水圧が主水脈側へ戻る。
一部だけ開いた逃がし路が激しく震え、水を吐き出した。それでも圧力波のすべては受けきれない。
ゴゴゴゴゴ――!
遮断した都市側とは別の、古い損傷導水路へ震動が走った。
「伏せろ!」
ラウルの声と同時に、保守路の天井が崩れた。
土煙の中で、誰かの呻き声がする。
ミハルと一人の作業員は、自分で起き上がった。額や腕から血を流しているが、歩くことはできる。
もう一人の作業員は、落ちた岩板の下に脚を挟まれ、動けない。
バシュルが圧力計を見て、青ざめた。
「水脈核へ急がなければ、都市全体の循環が止まる」
負傷者を全員連れて進めば、間に合わない可能性が高い。
ここへ残せば、二度目の崩落から守れる保証はない。
門守候補になって最初に止めた吸収路は、次の選択を私へ突きつけていた。




