第12話 門守候補
審査の場は、都市の中央配水所だった。
部屋の中央には空の分配槽があり、そこから八方へ太い水管が伸びている。壁際では作業員が残量計を読み、閉じた弁の前を行き来していた。
扉の外から、空の器を抱える住民たちの声が聞こえる。
ここで決まるのは肩書ではない。
誰へ、どれだけの水を送るかだ。
各集落の代表は、自分たちにつながる水管の前へ立っていた。
地上との対話を捨てない者。戦争にも和平にも関わらず、自分の集落を守りたい者。そして、地上への報復を求める者。
バシュルが公式な発言を地上語へ訳し、ラウルが周囲の短い声を補う形で審査が始まった。
強硬派の水管の前から、大柄な男が進み出る。
赤銅色の短髪。濃い褐色の瞳。頭には太い二本角が伸びている。
ガレス。
バシュルは、彼が強硬派を率いる男だと教えた。
ガレスが地下語で話し始める。バシュルは、その厳しい口調を和らげずに訳した。
「地上人が地下を苦しめてきた。それは否定できん事実だ」
ガレスは私を指した。
「こいつは地上の王国に属していた術師だ。設備を知りすぎている。治療所を一度救っただけで、間者ではない証明になるものか」
さらに、治療所へ振り替えた貯留水の管を示す。
「あの水は中央区と工房区へ送られるはずだった。病人を救ったと言えば聞こえはいいが、別の場所の生存時間を削っただけだ」
反論できない部分があった。
あの判断には、確かに代償がある。
「俺の故郷は、星脈炉に水源を吸い尽くされた」
ガレスの声が低くなる。
「家族も失った。地下の装置をまた地上人へ触らせるくらいなら、俺たちの手で星脈炉を壊す」
彼の怒りは、作られたものではなかった。
だが、ガレスは地上の王家と、何も知らず魔法灯を使っている市民を区別していない。
星脈炉を壊した先で誰が死ぬかも、報復の一部として受け入れている。
代表たちから質問が飛んだ。
「なぜ地下へ残る」
「水脈核を直せば、地上へ帰るのか」
「十三人への復讐に、地下の民を使うつもりではないのか」
私は順に答えた。
「地上へ帰るつもりです。私を置き去りにした者たちの責任も問います」
復讐心まで隠せば、ここで交わす言葉も地上の英雄譚と同じ嘘になる。
「でも、そのために地下の人たちを兵や盾にはしません。地上の一般市民の多くは、生命力が吸われている事実を知らないはずです。私も知りませんでした」
別の代表が、治療所へ水を回した責任を尋ねる。
「ほかの区画の水を減らしたことは否定しません。救えた人数だけで正しかったことにもしない。減った水量と、起きた被害を記録して検証してください」
「水脈核を、お前のものにする気はないのか」
「ありません。私に必要なのは、修復へ参加する権限です。所有権ではない」
代表の一人が、ラウルへ顔を向けた。
「この地上人を、お前が保証するのか」
ガレスが短く笑った。
「ラウルには、今の評議会を代表する権利も投票権もない。その男の保証に何の意味がある」
ラウルは否定しなかった。
地下で敬意を向けられる一方、正式な決定権は失っているらしい。
彼は代表たちを見回し、地下語で答えた。
「俺の信用で決めるな。彼女がしたことと、これから提示する条件で判断しろ」
ラウルは私を擁護して、審査を終わらせようとはしなかった。
その後、議論は各集落への給水量へ移った。
強硬派は被害の大きい外縁集落へ。中央区の代表は人口の多い都市へ。中立の代表は、戦争へ参加しない自分たちの水を切るなと主張する。
「バシュル。各管の行き先と、今の流量を教えてください」
私は分配槽の前へ進んだ。
管理者が水管を一本ずつ示し、残量計と直近の減少速度を読み上げる。
私はその情報と境界感知を重ねた。
水を動かすのではない。
各管に残る割合と、配分を変えた場合の減り方だけを、代表たちの足元の分配皿へ青い光として映す。
「強硬派の集落を優先した場合です」
外縁へつながる光だけが高くなり、治療所と中立集落の光が次の配給時刻を待たずに消えた。
「中央区を優先すれば」
今度は中央の光が残り、外縁集落の皿が空になる。
「均等に分けても、吸収を止めなければ」
すべての光が同じ速さで下がり、最後には一つも残らなかった。
誰か一つの要求を選べば、犠牲になる場所が移るだけだ。
扉の外のざわめきまで静かになった。
「私は女王の座も、全権も求めません」
私は消えた光の前で告げた。
「水脈核の調査と修復作業の調整。吸収経路を調べるための小規模な地上偵察。水と避難路についての集落間交渉。そして、六十年前と今回の事件を調べる記憶庫の調査。この四つだけを許可してください」
「地上人を信用しろと?」
ガレスが問う。
「信用できないなら、監視してください」
私は条件も自分から示した。
評議会が選ぶ監視役を同行させる。判断、配分、術の使用はすべて記録する。軍の指揮、強制徴発、住民への移動命令は行わない。星脈炉や地上施設への攻撃を単独で決めない。
「水脈核が安定した時点で、もう一度審査を受けます。権限を外れて行動したなら、撤回してください」
すべてを預けてほしいのではない。
疑われたまま、結果を確かめてもらうための権限が要る。
代表たちが、自分の水管の前で意見を交わした。
全員が賛成したわけではない。
ガレス派は反対。和平派の一部と、現実的な中立派が条件付きで賛成した。判断を保留した集落もある。
やがてバシュルが、決定を地上語で復唱した。
「リディア・フェルゼン。お前を『門守候補』とする」
地下と地上の境界設備を扱う適性を審査される、仮の資格。
権限は、私が挙げた四項目だけ。水脈核が安定すれば再審査。重大な違反があれば即時解任。
女王でも、評議員でもない。
それでも水脈核と記憶庫へ進む道は開いた。
管理者が監視と記録の条件を読み上げている途中、足元の青い光が揺れた。
「待って」
消したはずの水量表示に、細い線が一本増えている。
分配槽の奥から上層へ、針のように鋭い流れが伸びていた。
第三水路を通る既存の吸収とは違う。上から何かを水脈へ突き刺し、直接吸い取っているような形だ。
王国の公共魔力網と同じ供給紋も混じっている。
しかも、今も岩を削るような振動が続いていた。
「この流れを知っていますか」
バシュルが残量計へ駆け寄る。
「いや。昨日の点検にはなかった」
誰が、何のために開いたのかはまだ分からない。
ただ、地下の水が尽きかけた今になって、新しい吸収路が増えた。
門守候補として与えられた最初の仕事は、その一本を追うことになった。




