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第11話 六十年前の生存者

記録板を握る指に、力が入った。


「あなたたちも、十四人だったの?」

「そうだ。帰還門を通れるのは十三人。内側から門を維持する者が一人必要だと言われた」


 ローデンは病床の上で、ゆっくりと息を吐いた。


「多数決だった。門の知識があり、最年少だった私を残すのが合理的だとな」

「あなたは同意したの?」

「するものか」


 青灰色の目が、真っすぐ私を見返した。


「帰りたいと叫んだ。残ることには同意していないとも言った。それでも十三人は門を通った」


 あの日、私が叫んだ言葉と同じだった。


「誰も、反対しなかったの?」

「泣いていた者はいた。最後まで私を見られなかった者もいた。心の中で反対していた者がいたかもしれん」


 ローデンはそこで言葉を切った。


「だが、残った者はいなかった。それが私に分かるすべてだ」


 門の崩落後、ローデンは瓦礫の隙間で生き延び、巡回していた地下の民に救われたという。


 地上へ戻る道は見つからなかった。


 数年後、新たに地下へ迷い込んだ地上人から、自分の死がどう語られたかを聞いた。


「私は笑って仲間を送り出したらしい。国のために進んで命を捧げた、十八歳の英雄だそうだ」


 生還した十三人は功績を認められ、何人かは後に王国の要職や名誉職へ就いた。


「全員を同じように憎んでいるわけではない」


 ローデンの声は静かだった。


「迷った者も、命令に逆らえなかった者もいたのだろう。だが、私の拒絶を消してよい理由にはならない」


 人数。壊れた門。多数によって選ばれた一人。そして、非志願者を献身的な英雄へ作り替える地上の物語。


 すべてが同一とは限らない。


 それでも、偶然で片づけるには似すぎていた。


「私の時は、十三枚の札に私の名前があった」


 私は記録板へ目を落とした。


「私も、残ることに同意していないと叫んだ。地上へ戻った人たちは、きっと私も笑って残ったと話している」


「なら、怒っていい」


 ローデンは慰めるようには言わなかった。


「だが、私と同じ目に遭ったからといって、私と同じ生き方をする必要はない。何をするかは、あんたが決めろ」


「……ええ」


 許すか、許さないか。その答えを今すぐ決める必要はない。怒りを誰へ、どんな形で返すのかを、ほかの誰にも選ばせないことの方が大切だった。


 十三人への怒りは消えない。


 だが、私一人の不運だけを晴らせば終わる話でもなくなった。


「遠隔維持装置は?」


 私が尋ねると、ローデンの目つきが変わった。


「六十年前にも、帰還門を外側から安定させる装置があったはずよ」

「あった。私は探索隊で古代設備の整備補助をしていたから、構造も見ている」


 正常に接続できれば、地下側へ一人を残さず門を維持できた可能性が高かったという。


「だが、あの日は損傷して使えないと説明された」

「実物を確認した?」

「崩落が始まる前に一度だけな。中枢部に、不自然な空所があった。部品が壊れたのではなく、初めから抜かれていたように見えた」


 三日月形の金属部品が脳裏に浮かんだ。


 帰還門が閉じる寸前、クレマンの荷袋からのぞいていた位相環。


「私の時も、外された中枢部品を地上へ持ち帰る人を見た」


 声が震えそうになるのを押さえた。


「同じ型の装置よ。でも、六十年前の部品を誰が外したのかも、今回の命令者が誰なのかも、まだ分からない」

「それでいい。分からんことを怒りで埋めれば、証言まで疑われる」


 治療所の配水管が、ゴボッと苦しげな音を立てた。


 流れる水が一瞬細くなり、治療師が慌てて弁を調整する。


 水脈核は待ってくれない。


「ローデン。あなたは長く、水路の保守をしていたのね」

「地下の民に救われてから、働ける間はずっとな」


 ローデンは病床脇の古い箱を示した。フィアが箱を引き寄せると、中から何度も補修された羊皮紙が出てきた。


「昔使っていた補助図だ。今の図から消えた保守路も載っている」


 バシュルが持つ欠損図と、ローデンの旧図を並べる。


 どちらにも破れや書き換えがあり、そのままでは線が合わない。


 私は二枚の図の対応する縁だけを境界術でつなぎ、重ねた。


 欠けた部分のすべてが埋まるわけではない。それでも第一水路の裏側に、今の図にはない細い保守路が浮かんだ。


「圧力逃がし路だ」


 ローデンが指す。


「崩落区画を開く前に、ここから圧を逃がす。でなければ瓦礫を除いた瞬間、作業員ごと水に呑まれる」


 第二水路の固着弁にも、裏側へ回る小さな経路があった。


「正面から力をかければ弁軸が折れる。先に裏の解除爪を外せ」


 水脈核と遠隔維持装置には、同じ古代の境界制御規格が使われている。位相の合わせ方なら、私が知っている。


「順番を変えるわ」


 私は二枚の図へ印を置いた。


「最初に圧力逃がし路を開く。次に解除爪を外して第二の弁を動かす。その後で第一の崩落区画をつなぎ直す」


「一人でやるつもりか?」


 バシュルに問われ、私は首を振った。


「保守路へ入る人、弁を動かす人、天井を支える人が必要よ。私は最後の接続をする。今はそれぞれの役割と場所が分かっただけ」


 ローデンの過去は、地上へ怒りを叫ぶためだけのものではない。


 目の前の水を戻す道にもなった。


「証言を地上へ出すなら、それだけでは足りない」


 ローデンが記録板を見た。


「七十八の老人の作り話だと言われれば終わりだ」

「ほかに記録があるの?」

「残っている可能性はある」


 地下には、古代設備へ接続された区画の出来事を記憶石へ保存する施設があるという。


「記憶庫と呼ばれている。世界中の過去が見られる場所ではない。古代の門や水脈、星脈炉につながっていた場所だけだ」


 六十年前の帰還門は、記録対象になっていた可能性がある。


「私も自由には入れん。記録が無傷で残っている保証もない。地下評議会と記録守の許可が要る」


「なら、許可を取る」


 私が答えた時、治療所の扉が開いた。


 使者が息を切らして入り、地下語で告げる。ラウルがその内容を地上語へ直した。


「地下評議会が招集された。あんたを都市へ入れたことと、貯留水を治療所へ回した判断について説明を求めている」


 水脈核を直すにも、記憶庫を調べるにも、評議会の承認が要る。


 使者がさらに言葉を続けた。


 ラウルの表情が険しくなる。


「ガレス派が議場を囲んでいる。あんたを地上の間者として拘束しろと要求しているそうだ。水は強硬派の集落へ回し、星脈炉への報復を始めろとも言っている」


 使者が最後に、短く言い放った。


「会議ではない。地上人をこの地下に残すかどうか、審査する場だそうだ」


 記憶庫の扉へ進む前に、今度は私自身が、地下の民から選ばれる側に立たされていた。

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