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言えなかった言葉


放課後。


教室には帰る準備をする子どもたちの声が響いていた。


茉白はランドセルを背負いながら、ふと自分の髪に触れる。



(今日……)



昼間のことを思い出す。


「髪、似合ってるよな」


そう言われた。


嬉しかった。


……はずなのに。



(なんで、あんまり嬉しくなかったんだろ)



その時だった。


海人が教室を出ていく。


いつもなら一緒に帰るのに、


今日は少しだけ歩くタイミングがずれた。



「海くん」


呼ぼうとした。


でも。



(……いいや)



小さく息をついて、


少し距離を空けて歩き始める。



一方、その頃。


海人も一人で歩いていた。



(なんで俺)



昼間のことが頭から離れない。



(ちゃんと「似合ってる」って言えばよかった)



結局言えたのは、


「ちゃんと結べてねぇぞ」


それだけ。



(意味分かんねぇだろ)



自分でも苦笑する。



帰り道。


二人は同じ方向へ歩いているのに、


今日は少しだけ距離があった。



「じゃあね」



「……またな」



いつもより短い会話。


それだけで別れる。



夜。


茉白の部屋。



鏡の前で髪をほどく。


長い髪が肩から背中へ流れる。



(海くん)



今日、


何か言いかけてた。



でも、


最後まで言わなかった。



(……わたし)



その時、ようやく気づく。



(海くんに褒めてほしかったんだ)



他の子じゃなくて。


女の子でもなくて。


男子でもなくて。



(海くんが)



その一言だけ聞きたかった。



胸が少しだけ切なくなる。



「なんで言ってくれなかったの……」



誰にも聞こえないくらい小さな声だった。



同じ頃。


海人の部屋。



ベッドに寝転びながら天井を見る。



(あいつ)



昼間、


少し嬉しそうに笑ってた。



でも、


俺が近づいたら、


違う顔になった。



(俺が言えなかったからか?)



そんな考えが浮かぶ。



「はぁ……」



ため息をつく。



(似合ってるなんて)



(一言なのに)



(なんで言えねぇんだよ)



布団を頭までかぶる。



その時、


茉白の笑顔が浮かんだ。



「……似合ってたのにな」



誰にも聞こえない声でつぶやく。



同じ夜。


同じ月。



二人はそれぞれの部屋で、


同じ相手のことを考えていた。



あと一言。


その一言だけが、


まだ二人には少し遠かった。

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