褒めそうで褒めない
昼休み。
教室の中は、少しだけざわざわしてる。
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茉白は席で、髪を軽く結び直していた。
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するり、と長い髪が指の間を滑る。
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その様子を——
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海人が、見てる。
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(……)
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目が離れない。
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(伸びたな)
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前より、ずっと。
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(……似合ってる)
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また思う。
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(言えばいいだけだろ)
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頭の中で、自分に言う。
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でも——
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「……」
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言葉が出ない。
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(なんて言えばいいんだよ)
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考えれば考えるほど、
変になる気がする。
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「海くん?」
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急に声をかけられて、
ビクッとする。
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「……なに」
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「さっきから見てるけど」
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まっすぐ。
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「なに?」
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(やば)
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バレてる。
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一瞬、沈黙。
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(今だろ)
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(言え)
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(似合ってるって)
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「……別に」
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結局それ。
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「……そう」
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茉白、少しだけ不満そう。
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(なんで言わねぇんだよ俺)
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内心で自分にイラつく。
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でも。
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(言ったらなんか変わる気がする)
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それが怖い。
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そのまま、
何も言わない。
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他の男子に褒められる
放課後前。
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教室で雑談。
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「なあ」
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男子が茉白に話しかける。
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「その髪さ」
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「うん?」
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「めっちゃ似合ってるよな」
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一瞬、空気が止まる。
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「……え」
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少しだけ驚く茉白。
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「なんか大人っぽくね?」
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「前よりいい感じ」
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「……そ、そう?」
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少しだけ照れる。
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「ありがと」
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そのやり取りを——
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海人が聞いてる。
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(……は?)
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頭、真っ白。
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(なんであいつが言うんだよ)
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胸の奥、
ざわっとする。
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(それ、俺が思ってたやつだろ)
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イラつく。
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でも理由がはっきりしない。
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(なんであんな普通に言えんだよ)
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ちらっと見る。
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茉白。
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少しだけ嬉しそうにしてる。
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(……あ)
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それ見た瞬間。
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胸、ぎゅっとなる。
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(……やだ)
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はっきりする。
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(それ、俺に言われた方がよかっただろ)
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言葉にならない。
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でも、
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確実に。
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(取られたくねぇ)
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その感情。
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気づいたら、
立ってた。
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「おい」
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近づく。
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「……なに、海くん」
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「……それ」
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視線、髪。
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「……」
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言え。
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(言えよ)
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口が開く。
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「……」
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——でも。
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「……ちゃんと結べてねぇぞ」
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全然違う言葉。
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「え?」
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「ほら、ここ」
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近づく。
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髪に手を伸ばす。
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軽く整える。
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一瞬、距離が近い。
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「……これでいい」
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すぐ離れる。
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沈黙。
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茉白、少し固まる。
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(……なに今)
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さっきの男子の“褒める”とは違う。
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でも——
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(……なんか)
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顔、少し熱い。
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「……ありがと、海くん」
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小さく言う。
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海人、そっぽ向く。
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(……ちげぇだろ)
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本当は、
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(似合ってるって言いたかったのに)
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でも、
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言えない。
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ただ、
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誰にも取られたくないって気持ちだけが、
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どんどん大きくなっていく。




