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短冊の願い事




夏が近づいてきた頃。


保育園では、七夕の飾り付けが始まっていた。


教室の隅には、大きな笹。


子どもたちは先生に手伝ってもらいながら、短冊を書いている。


「ましろちゃん、なに書くの?」


「んー……」


茉白は小さく首を傾げる。


まだ字を書くのに慣れていなくて、一文字ずつゆっくり考える。


その隣では、海人が先生に「ちゃんと座って!」と怒られていた。


「だってもう書けた!」


「でも走らない!」


「はーい!」


全然反省してない返事。


教室のあちこちから笑い声が上がる。


茉白はちらっとそっちを見る。


海人はもう別の子のところへ行って、短冊を見せびらかしていた。


「見て!おれ、でっかく書けた!」


「ほんとだー!」


得意げな顔。


(うるさい……)


そう思うのに。


見てしまう。



少しして。


先生が順番に短冊を笹へ結び始める。


背伸びしても届かない子が多い中、海人はぴょんと飛び跳ねながら結ぼうとしていた。


「あー!届かねぇ!」


「海人くん危ない!」


先生が慌てる。


その時、海人の短冊が手から抜けて、ひらりと落ちた。


「あ」


床を滑るように飛んでいって——


茉白の足元で止まる。


茉白は黙って拾い上げる。


そこには、少し歪んだ文字。


『ヒーローになる』


思わず、少しだけ目を丸くする。


(ヒーロー……?)


海人っぽい、となんとなく思った。


「おーい!それおれの!」


走ってくる海人。


茉白は無言で短冊を差し出す。


海人は受け取って、「さんきゅ」と笑った。


その笑顔は、太陽みたいにまっすぐだった。


「おまえ何書いた?」


急に聞かれて、茉白は少しだけ固まる。


「……教えない」


「なんで?」


「なんでも」


海人は「けち」と口を尖らせる。


でも、しつこく聞いてこない。


「ま、いーや」


そう言って、また先生のところへ走っていく。



茉白はその背中を見る。


元気で、落ち着きなくて、すぐ走って。


でも——


なんだか見てしまう。


気づくと、目で追っている。


(……変なの)


自分でも、まだ理由はわからない。



そして海人もまた。


短冊を結びながら、ちらっと後ろを見る。


窓の近く。


自分の席に戻って座る茉白。


ふわっと揺れる綺麗な髪。


(茉白って、あんま騒がねーよな)


ぼんやり、そんなことを思う。


それだけ。


まだ、それだけ。



同じ教室。


少しずつ増えていく会話。


少しずつ残っていく印象。


でもまだ、


二人とも“特別”とは呼ばない。

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