2月の終わり
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2月下旬。
空気はまだ冷たいけれど、
少しだけ春の匂いが混ざり始めていた。
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その日。
保育園では卒園制作をしていた。
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「みんな、自分の似顔絵を描いてねー」
先生が画用紙を配る。
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「おれ、すぐ終わる!」
海人が元気よく手を挙げる。
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「雑に描かないの」
先生に注意される。
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教室に笑いが広がった。
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茉白も席について、
クレヨンを手に取る。
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自分の顔。
髪。
目。
ゆっくり描いていく。
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しばらくして。
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「できた!」
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海人が真っ先に立ち上がる。
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「早すぎる!」
先生が言う。
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案の定、
絵はかなり大雑把だった。
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「海人くん、ちゃんと描き直し」
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「えー!」
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また笑い声。
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茉白も思わず笑ってしまう。
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その声に気づいた海人が振り返る。
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目が合う。
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「笑っただろ」
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「笑ってない」
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「うそつけ」
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「ほんと」
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でも口元は少し緩んでいる。
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海人はそれを見て、
なんだか嬉しくなる。
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午後。
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完成した絵が教室の後ろに並べられた。
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子どもたちはみんなで見に行く。
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「これ誰?」
「似てる!」
「すごーい!」
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賑やかな声。
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茉白も歩いて見て回る。
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その時。
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一枚の絵の前で足が止まる。
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海人の絵だった。
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思ったよりちゃんと描けている。
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少し驚く。
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「なに見てんの」
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後ろから声。
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振り向くと海人。
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「別に」
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「絶対見てた」
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「見てたけど」
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あっさり認める。
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海人は少し照れる。
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「どうだった」
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珍しく聞いてくる。
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茉白は絵を見る。
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そして。
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「海人っぽい」
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そう言った。
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上手いとか下手とかじゃない。
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ただ、
海人らしいと思った。
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海人は少しだけ目を丸くする。
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それから、
ふっと笑った。
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「なんだそれ」
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でも、
その言葉が妙に嬉しかった。
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帰る前。
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先生が言う。
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「卒園まで、あと少しだね」
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教室が少し静かになる。
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今まであまり意識していなかった言葉。
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でも最近は違う。
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茉白は窓の外を見る。
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海人は友達と話している。
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いつも通り。
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うるさくて、
元気で、
落ち着きがなくて。
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でも。
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(いなくなるわけじゃないのに)
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少しだけ。
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寂しい気がした。
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その気持ちの正体は、
まだ分からない。
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ただ、
海人の笑い声が聞こえると、
なんとなく安心した。
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そんな2月の終わりだった。
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