少女への記憶
一方、その頃。
海人は、いつも通りの日常を過ごしていた。
――放課後。
「海人!」
校庭から、香菜の声が飛んでくる。
「……ん?」
海人が振り返る。
そこには。
少し息を切らした香菜が立っていた。
「もう帰るの?」
「帰るけど」
「一緒に帰ろ」
「……別にいいけど」
海人は。
少しだけ面倒そうに答える。
「なに、その言い方」
香菜が頬を膨らませる。
「嫌なの?」
「いや、別に」
「じゃあ、もっと嬉しそうにしてよ」
「……無理」
「もう!」
香菜が。
海人の肩を軽く叩く。
「痛ぇな」
「嘘」
「本当」
「じゃあ、もう一回叩く」
「やめろ」
二人で。
並んで歩き出す。
「ねえ」
「ん?」
「今日、寒いね」
「……冬だからな」
「そういうことじゃなくて」
「じゃあ何だよ」
「……」
香菜が。
少しだけ海人を見る。
「なんかさ」
「ん?」
「最近、海人って元気ない?」
「……は?」
海人が。
足を止める。
「別に」
「嘘」
「嘘じゃねぇ」
「だって」
香菜は。
海人の顔を見る。
「前より、ぼーっとしてる時ある」
「……」
海人は。
視線を逸らす。
「気のせいだろ」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「……」
香菜は。
少しだけ黙った。
そして。
「海人」
「……何」
「私がいるのに」
「……」
「寂しい?」
「……は?」
「だから」
香菜は。
少し恥ずかしそうに言う。
「私がいるのに、なんか寂しそう」
「……」
海人は。
答えなかった。
香菜が。
海人の横顔を見る。
「……」
海人は。
何かを考えているようだった。
でも。
本人にも。
その理由がわからない。
「……別に」
ようやく。
海人が言った。
「寂しくねぇよ」
「……ほんと?」
「ああ」
「じゃあ」
香菜が。
少しだけ笑う。
「今日、一緒に帰ってくれる?」
「……」
「嫌?」
「……だから」
海人は。
ため息をつく。
「いいって」
「……ほんと?」
「何回聞くんだよ」
「だって」
香菜が。
嬉しそうに笑う。
「海人と帰るの、好きだから」
「……」
海人が。
一瞬。
黙る。
「……そういうの」
「なに?」
「急に言うなよ」
「なんで?」
「……知らねぇ」
香菜は。
くすっと笑う。
「海人、照れてる?」
「照れてねぇ」
「顔赤いよ?」
「寒いだけだ」
「ほんと?」
「ほんと」
二人は。
また歩き出す。
――その途中。
海人が。
ふと。
足を止めた。
「……」
「海人?」
「……なんでもねぇ」
海人は。
何かを見ていた。
雪が。
静かに降っている。
白い雪。
あの日と同じ季節。
「……」
胸の奥が。
少しだけ痛む。
「……海人?」
香菜の声。
海人は。
すぐに振り返った。
「……ああ」
「どうしたの?」
「いや」
海人は。
小さく笑った。
「……雪、降ってきたな」
「うん」
香菜も。
空を見上げる。
「綺麗だね」
「……そうだな」
でも。
海人は。
雪を見ながら。
別の景色を思い出していた。
雪の中。
倒れている少女。
赤く染まった景色。
「……」
海人は。
拳を握る。
もう。
忘れたことにした。
忘れられるわけなんて。
ないのに。
「海人?」
「……何」
「寒いなら、帰ろ」
「……ああ」
香菜が。
海人の隣に並ぶ。
その距離は。
近い。
海人は。
何も言わない。
ただ。
隣にいる香菜と。
一緒に歩いていく。
今の海人には。
香菜がいる。
話せる相手がいる。
笑える日常がある。
それでも。
胸の奥にある。
たった一人の少女の記憶だけは。
どうしても。
消えなかった。




