風邪
小4・冬。
その日は、朝から少しだけおかしかった。
「……寒ぃ」
露真は布団の中で丸まっていた。
窓の外は、冬の朝。
空気が冷たい。
いつもなら。
「学校、だりぃ」
とか言いながら起きる。
でも。
今日は。
「……」
身体が重い。
起き上がろうとして。
「……っ」
ふらついた。
「……なんだこれ」
頭が。
ぼーっとする。
喉も。
少し痛い。
「……風邪?」
露真は。
額に手を当てる。
熱い。
「……」
嫌な予感がする。
時計を見る。
学校へ行く時間が近づいている。
「……やべ」
無理やり立ち上がる。
でも。
一歩歩いた瞬間。
「……っ」
身体がふらつく。
壁に手をつく。
「……」
ダメだ。
今日。
休むしかない。
露真は。
ベッドに戻った。
「……父さん」
小さく呟く。
父親は。
もう起きているはずだった。
しばらくして。
「露真?」
部屋の外から。
父親の声がする。
「……」
返事をする。
でも。
声が出ない。
「露真?」
ドアが開く。
父親が顔を出す。
「どうした?」
「……」
露真は。
布団の中から顔だけ出した。
「……風邪」
「……」
父親が。
露真の顔を見る。
「熱あるのか?」
「……たぶん」
父親が。
露真の額に手を当てる。
「……熱いな」
「……」
「今日は学校休め」
「……でも」
「でもじゃない」
父親は。
少し強い口調で言う。
「寝てろ」
「……」
露真は。
黙る。
「……わかった」
父親が。
部屋を出ようとする。
「……父さん」
「ん?」
「……」
露真は。
何か言おうとした。
でも。
言葉が出てこない。
「……なんでもねぇ」
「そうか」
父親は。
ドアを閉めた。
静かになる。
「……」
露真は。
天井を見る。
母親はいない。
ずっと。
父親と二人。
それが。
露真にとっての「普通」だった。
でも。
熱が出て。
身体が弱ると。
なぜか。
少しだけ。
寂しくなる。
「……」
昔。
自分には。
母親がいたらしい。
でも。
もういない。
急に。
いなくなった。
理由も。
何も。
露真には。
その記憶すらない。
「……」
胸の奥が。
少しだけ。
変な感じがした。
「……母さん」
その言葉を口にした瞬間。
頭の奥で。
何かが。
一瞬だけ。
光った。
雪。
白い景色。
誰かの手。
「……っ」
露真は。
目を閉じる。
「……なんだよ」
熱のせいだ。
きっと。
そうだ。
そう思いたい。
でも。
なぜか。
胸が苦しい。
その時。
コンコン。
ドアがノックされた。
「露真」
父親だった。
「……ん」
「お粥、作った」
「……いらねぇ」
「食べろ」
「……食欲ない」
「少しでいい」
「……」
露真は。
布団の中から出ようとする。
「……っ」
「おい」
父親が。
すぐに支える。
「大丈夫か」
「……平気」
「平気じゃないだろ」
「……」
父親の腕を借りながら。
ゆっくり起き上がる。
「……」
ふらふらする。
父親が。
黙って支える。
「……父さん」
「なんだ」
「……」
露真は。
ぼんやりと父親を見る。
「……私」
「……」
「……昔」
言葉が。
途切れる。
「……何でもねぇ」
父親の表情が。
一瞬だけ変わる。
でも。
何も言わない。
「……そうか」
露真は。
お粥を少しだけ食べる。
「……熱い」
「当たり前だ」
「……」
少しだけ。
笑う。
「……」
父親も。
ほんの少しだけ。
口元を緩めた。
それだけだった。
母親はいない。
父親と二人。
それでも。
今は。
この家に。
父親がいる。
それだけで。
少しだけ安心した。
「……父さん」
「ん?」
「……」
露真は。
眠そうに目を閉じる。
「……今日」
「……」
「学校、行けなくて……」
「別にいい」
「……そう?」
「ああ」
父親は。
露真の布団をかけ直す。
「ちゃんと休め」
「……」
露真は。
目を閉じる。
「……うん」
父親が。
部屋を出ていく。
静かになる。
露真は。
一人。
熱に浮かされながら。
ゆっくり眠りに落ちていく。
その直前。
また。
声が聞こえた。
――海くん。
「……」
露真は。
眠ったまま。
小さく呟く。
「……誰……?」
答えは。
ない。
ただ。
その名前だけが。
夢の中に。
静かに残っていた。




