事故になりかけた回
放課後。
海人と香菜は、いつものように並んで帰っていた。
「ねえ、海人」
「ん?」
「今日、どこか寄ってかない?」
「どこに?」
「コンビニとか」
「……また?」
「いいじゃん」
「お前、昨日も寄っただろ」
「昨日は昨日!」
「……はいはい」
「なに、その言い方」
香菜が頬を膨らませる。
海人は、そんな香菜を見て。
「……わかったよ」
「ほんと?」
「ああ」
「やった!」
香菜が笑う。
海人も。
小さく笑った。
いつもの帰り道。
いつもの会話。
いつもの二人。
――何も変わらない。
そう思っていた。
その時。
「……ん?」
海人が。
ふと顔を上げた。
「……」
遠くから。
何かが聞こえる。
エンジン音。
「……?」
香菜も。
その音に気づく。
「海人?」
「……」
海人が。
道路の方を見る。
その瞬間。
車が。
信号を無視して。
こちらへ向かってきた。
「……!」
海人の目が。
大きく見開かれる。
――あの日。
雪。
赤い信号。
迫ってくる車。
「……っ」
同じだ。
また。
同じことが。
「海人!?」
香菜の声。
でも。
海人は。
考えるより先に。
身体が動いていた。
「香菜!!」
「えっ――」
海人が。
香菜の腕を掴む。
「危ねぇ!!」
強く引き寄せる。
そして。
香菜を。
自分の身体で庇った。
「――っ!!」
ガシャァン!!
大きな音。
何かがぶつかる。
海人の身体が。
地面に倒れ込む。
「……っ」
「海人!!」
香菜の声。
海人は。
ゆっくり目を開ける。
「……」
痛い。
でも。
動ける。
「……香菜」
「海人!!」
香菜が。
必死に駆け寄る。
「大丈夫!?」
「……ああ」
海人は。
ゆっくり起き上がる。
「……」
頬に。
鋭い痛みを感じる。
「……っ」
手で触れる。
指先に。
赤いものがついた。
「……」
切り傷。
頬が。
少し切れている。
「海人……!」
香菜の顔が。
青ざめる。
「血……!」
「……これくらい」
「これくらいじゃないよ!!」
香菜が。
海人の顔を覗き込む。
「痛い?」
「……まあ」
「どうしよう……」
香菜の声が震える。
その時。
車のドアが開いた。
「すみません!!」
運転手が。
慌てて飛び出してくる。
「大丈夫ですか!?」
「怪我は!?」
「お二人とも、怪我してませんか!?」
海人と香菜を見る。
「……」
「……」
「……大丈夫」
海人が答える。
「俺は」
「香菜は?」
「私は大丈夫……」
香菜が答える。
でも。
すぐに。
海人を見る。
「……海人」
「ん?」
「頬……」
「……」
「血、出てる」
「……」
海人は。
もう一度。
自分の頬に触れる。
「……これ?」
「うん……」
香菜の目が。
潤む。
「ごめん……」
「……は?」
「私のせいで……」
「違うだろ」
「でも……!」
香菜の声が。
震える。
「海人が……」
「……」
「私を庇ったから……」
海人は。
その言葉を聞いて。
一瞬。
何も言えなかった。
「……」
そして。
ふと。
頭の中に。
あの日の光景が蘇る。
雪。
赤。
倒れている少女。
――海くん。
「……っ」
海人の顔が。
強張る。
また。
同じことになる。
そう思った。
また。
自分の目の前で。
誰かが傷つく。
また。
守れない。
そんなのは。
絶対に嫌だった。
だから。
「……よかった」
海人が。
小さく呟く。
香菜が。
「……え?」
海人は。
香菜を見る。
「……よかった……!!」
その声は。
少し震えていた。
「香菜が無事で……」
「……」
「ほんとに……」
海人は。
強く息を吐く。
「……よかった……!!」
香菜は。
何も言えなかった。
ただ。
海人を見つめる。
「……海人」
「……」
「そんなに……」
香菜の声が。
少し震える。
「私のこと、心配してくれたの?」
「……当たり前だろ」
「……」
海人は。
照れたように顔を逸らす。
「俺の目の前で……」
言葉が。
止まる。
「……また、同じことになるかと思った」
「……また?」
香菜が。
聞き返す。
海人は。
ハッとする。
「……」
しまった。
「……何でもねぇ」
「海人?」
「……」
海人は。
自分の頬の傷を気にする香菜を見て。
その手を。
そっと握った。
「……大丈夫だから」
「……」
「俺も」
「……うん」
「香菜も」
「……うん」
海人は。
もう一度。
香菜の顔を見る。
「……よかった」
今度は。
小さな声だった。
「二人とも無事で」
香菜は。
その言葉を聞いて。
海人の手を。
ぎゅっと握り返した。
「……海人」
「ん?」
「……ありがとう」
「……」
「私を守ってくれて」
海人は。
少しだけ笑った。
「……別に」
でも。
その表情の奥には。
まだ。
あの日の記憶が残っていた。
雪の日。
自分を庇って。
倒れた少女。
海人は。
無意識に。
香菜の手を強く握った。
「……もう」
同じことは。
絶対に起こさない。
そう。
心の中で。
何度も。
言い聞かせるように。
呟いた。




