悪評
翌日。
昼休み。
奏は廊下を歩いていた。
教室へ戻ろうとしていた、その時。
前方から、男子数人の話し声が聞こえてきた。
「なあ、知ってる?」
「何が?」
「昔、この学校にいた奴」
「……ああ。海人?」
奏の足が。
ほんの少しだけ止まった。
「そうそう」
「なんかさ、結構ヤバかったらしいぞ」
「ヤバいって?」
「問題起こして、学校から追い出されたって話」
「マジ?」
「マジマジ」
男子たちは笑いながら歩いている。
奏は。
何も言わずに。
そのまま通り過ぎようとした。
「なんか、女の子絡みだったって聞いたけど」
「え?」
「ほら。あの事故の……」
「……ああ」
奏の足が。
また止まった。
「事故?」
「知らないの?」
「知らねぇ」
「俺も詳しくは知らないけどさ」
男子の一人が。
声を潜める。
「海人が関わってた事故で、その女の子が――」
「おい」
別の男子が止める。
「それ、やめとけって」
「なんで?」
「知らねぇよ。昔の話だろ」
「でもさ」
「海人って、結局その後転校したんだろ?」
「そうらしい」
「じゃあやっぱ、なんかあったんじゃね?」
「だよな」
「俺、あいつ苦手だったわ」
「わかる」
「なんか調子乗ってたし」
「女子にもチャラかったよな」
「そうそう」
「だから女絡みで事故起こしたんじゃねぇの?」
「……」
奏の足が。
完全に止まった。
「……事故を起こした?」
小さく呟く。
しかし。
男子たちは。
奏の存在に気づかないまま。
話を続けている。
「まあ、結局追い出されたんだろ?」
「そうそう」
「だから海人って、ろくな奴じゃなかったんだよ」
「……」
「学校から追い出されるくらいだしな」
「だよな」
笑い声。
そのまま。
男子たちは歩いていく。
奏は。
一人。
廊下に残った。
「……」
海人。
昨日。
あの男子が口にしていた名前。
そして。
露真が。
あれほど苦しんだ名前。
――海くん。
――海人。
奏は。
昨日のことを思い出す。
露真の顔。
呼吸が乱れて。
苦しそうにしていた。
「……」
あいつらは。
何も知らない。
ただの噂話。
悪口。
勝手な憶測。
そんなものだ。
奏だって。
海人という人物を知らない。
でも。
「……」
一つだけ。
気になることがあった。
――事故。
奏は。
露真の顔を思い出す。
あの時。
「海人」という名前を聞いた瞬間。
露真は。
明らかにおかしくなった。
「……偶然か?」
奏は。
小さく呟く。
もちろん。
まだ。
何もわからない。
海人が。
本当に何をしたのかも。
なぜ転校したのかも。
事故に関わっているのかも。
何も。
でも。
奏は。
昨日の男子が言った言葉を思い出す。
――学校から追い出された。
――事故。
――海人。
「……」
奏は。
少しだけ眉をひそめる。
そして。
そのまま。
教室へ戻っていった。
この時。
奏はまだ知らない。
自分が聞いたその「悪評」が。
露真の過去と。
深く繋がっていることを。




