夢の断片
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雪が、静かに降っていた。
音を吸い込むみたいに、街はやけに静かで。
吐く息は白く、指先はかじかんでいる。
寒い。
すごく寒い。
でも。
なぜか。
この景色を知っている気がした。
「……寒いね、海くん」
誰かの声。
女の子の声だった。
露真は、夢の中でその声を聞いていた。
「……誰?」
声を出したつもりだった。
でも。
自分の声は聞こえない。
ただ。
目の前に広がる景色だけが見えていた。
雪。
白い道。
赤い信号。
そして。
隣にいる誰か。
顔は見えない。
けれど。
その人のことを。
自分は知っている。
そんな気がした。
「ねえ、海くん」
また。
その声。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「……海くんのお嫁さんになりたい」
――え?
露真は目を見開く。
何を言っているのか。
わからない。
でも。
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が。
どうしようもなく苦しくなった。
「……やめろ」
誰に言ったのか。
自分でもわからない。
けれど。
この先に。
何かがある。
何か。
とても嫌なことが。
「……行くぞ」
男の子の声。
その声を聞いた瞬間。
露真の心臓が跳ねた。
知らない声。
知らないはずなのに。
懐かしい。
「……誰」
問いかける。
答えはない。
二人が歩き出す。
信号が青に変わる。
その瞬間。
――キィィィィッ!!
耳をつんざくような音。
「……!」
露真が振り返る。
白い雪。
滑るタイヤ。
迫ってくる何か。
「危ない!!」
女の子が叫んだ。
そして。
誰かを押す。
「――っ!」
身体が吹き飛ぶ。
視界が回る。
雪の上に倒れる。
何が起きたのかわからない。
ただ。
目の前に。
赤い色が広がっていく。
「……え?」
雪の白に。
赤が混ざる。
「……茉白!!」
男の子が叫んだ。
その名前を聞いた瞬間。
露真の頭の中が真っ白になった。
「……ましろ?」
誰。
誰なの。
その名前。
「……!」
わからない。
なのに。
胸が痛い。
苦しい。
息ができない。
「……海くん」
女の子の声。
弱い。
遠い。
「……海くんは……」
その言葉を聞いた瞬間。
露真の目から。
涙が落ちた。
「……え?」
自分でも驚く。
どうして。
なぜ。
泣いている?
「……私、ね……」
女の子が言う。
「……将来……」
声が。
どんどん遠ざかっていく。
「……海くんの……」
――お嫁さんになる。
その言葉が。
聞こえた瞬間。
「――っ!!」
露真は目を覚ました。
「……はっ……!」
息が苦しい。
心臓が激しく鳴っている。
「……っ」
暗い部屋。
自分の部屋。
ベッドの上。
夢だった。
「……夢……?」
露真は胸に手を当てる。
ドクン。
ドクン。
まだ心臓が速い。
「……なんだよ……」
汗が額に滲んでいる。
怖かった。
何が怖かったのか。
わからない。
ただ。
夢の中で見た光景が。
頭から離れない。
雪。
赤。
倒れている誰か。
そして。
――海くん。
「……」
露真は呆然とする。
「……また」
また。
あの名前。
海くん。
一体。
誰なんだ。
「……」
露真はベッドから降りる。
ふらつきながら。
机へ向かう。
引き出しを開ける。
そこに。
白い花の指輪がある。
「……」
指輪を手に取る。
夢の中でも。
この指輪を見た気がした。
「……私」
指輪を握りしめる。
「……何を忘れてるんだ?」
初めて。
怖いと思った。
自分の過去が。
自分自身が。
何かを隠しているみたいで。
「……茉白」
その名前を呟く。
知らない。
知らないはずなのに。
その名前を口にすると。
胸が痛い。
「……海くん」
また。
名前が出てくる。
そして。
夢の中の女の子の声が。
頭の中に蘇る。
――海くんのお嫁さんになりたい。
「……っ」
露真は目を閉じる。
「……なんで」
涙が。
一滴。
頬を伝った。
「……なんで私……」
泣いているのか。
わからない。
何も。
思い出せない。
なのに。
胸だけが。
全部知っているみたいだった。
露真は。
指輪を強く握った。
その瞬間。
また。
一瞬だけ。
誰かの姿が浮かぶ。
笑顔。
小さな手。
絡めた小指。
――約束。
「……!」
露真は目を開けた。
「……約束?」
その言葉だけが。
胸の奥に残った。
何の約束なのか。
誰との約束なのか。
わからない。
でも。
確かに。
自分は。
誰かと約束をした。
そんな気がした。
露真は。
しばらく動けなかった。
そして。
小さく呟く。
「……海くん」
その名前は。
今までよりも。
ずっと近くに感じた。
けれど。
その人の顔だけは。
どうしても思い出せない。
――まだ。
記憶の扉は。
完全には開かない。
ただ。
その扉の向こうから。
少しずつ。
少しずつ。
「過去」が。
露真を呼び始めていた。




