思い出せない苛立ち
■その夜(露真の部屋)
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静か。
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時計の音だけ。
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机に向かってる。
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でも——
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「……はぁ」
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手、止まる。
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(集中できねぇ)
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理由はわかってる。
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(あの指輪)
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引き出しを見る。
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少しだけ迷って、
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開ける。
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白い花。
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シロツメクサの指輪。
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「……」
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手に取る。
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じっと見る。
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(……なんなんだよ)
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昼の会話、思い出す。
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“理由がわからないのに大事なもの”
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「……」
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少しだけ、
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胸がざわつく。
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■違和感の増幅
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指で触る。
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その瞬間。
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——ざわっ
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頭の奥、
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なにかが動く。
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「……っ」
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一瞬だけ、
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景色みたいなものがよぎる。
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白い花。
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笑ってる誰か。
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でも——
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ぼやけてる。
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掴めない。
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「……くそ」
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思わず舌打ち。
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(なんだ今の)
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心臓、少し速い。
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■初めての言葉
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もう一度、
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指輪を見る。
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すると。
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ぽつりと、
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「……海くん」
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口から出る。
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「……は?」
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自分で止まる。
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(誰だよそれ)
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知らない。
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記憶にない。
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なのに——
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自然に出た。
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「……誰だよ」
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少しだけ声が強くなる。
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■思い出せない
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頭の中、探る。
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(海くんって誰だ)
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でも、
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何も出てこない。
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顔も、
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声も、
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全部ない。
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ただ、
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“名前だけ”。
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残ってる。
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「……っ」
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苛立つ。
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(思い出せねぇ)
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なのに、
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(なんでこんな引っかかる)
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■ストレス
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「……くそ」
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机に軽く拳を落とす。
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イライラする。
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理由がないのに、
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消えない。
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「……なんなんだよ」
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小さく呟く。
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■消えない感覚
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ベッドに倒れる。
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天井を見る。
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「……海くん」
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もう一度。
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口に出す。
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その響き。
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どこか、
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あたたかい。
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でも同時に、
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苦しい。
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「……」
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目を閉じる。
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(誰だよ)
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分からないまま。
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でも、
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確実に、
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“何かが戻り始めてる”。




