別離
あの日を境に。
世界は、完全に分かれた。
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― 海人 side
引っ越しの日は、やけに静かだった。
「……兄ちゃ」
隣で、海里が不安そうに袖を掴む。
「……大丈夫だ」
そう言った声は、自分でも驚くほど冷たかった。
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新しい街。
知らない道。知らない人。
知らない学校。
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教室の扉を開けた瞬間。
「……転校生?」
ざわ、と視線が集まる。
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「海人です」
それだけ言って、席につく。
もう、誰かと関わる気なんてなかった。
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「ねえ」
隣から、声がする。
振り向くと、女の子がこちらを見ていた。
「……なに」
「ずっと暗い顔してるけど、大丈夫?」
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「……別に」
目を逸らす。
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「ふーん」
興味なさそうに言いながらも、席から離れない。
「名前、なんだっけ」
「……海人」
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「海人ね」
軽く頷いて、少しだけ笑う。
「私、香菜」
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それが、出会いだった。
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最初は、ただ隣にいるだけの存在だった。
でも。
気づけば、話すようになって。
帰る時間が重なって。
いつの間にか、隣にいるのが当たり前になっていた。
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「ねえ海人」
「ん」
「ちょっとは笑えば?」
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「……うるせぇ」
そう言いながらも。
ほんの少しだけ、口元が緩む。
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それは、少しずつ。
ゆっくりと。
止まっていた時間が、動き出していくみたいだった。
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小学校高学年。
「……ねえ」
香菜が、珍しく真面目な顔をする。
「付き合う?」
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「……は?」
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「嫌ならいいけど」
そっぽを向く。
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少しだけ間があって。
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「……別に、いいけど」
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それが、始まりだった。
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― 茉白(露真) side
白い病室。
あの日から、名前は変わった。
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「……露真」
その名前を呼ぶ。
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それは、もう“茉白”ではなかった。
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「……それが、私の名前。」
小さく、呟く。
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過去は、何も残っていなかった。
記憶も、感情も。
すべて、切り取られたみたいに。
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「……別に、なんでもいい」
興味のないように、視線を逸らす。
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学校。
新しい教室。
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「よろしく、露真」
最初に声をかけてきたのは、数人の同級生だった。
幸花、綺紗羅、結衣。
そして——
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「……お前、静かだな」
壁にもたれていた男が、ふっと笑う。
「名前、露真だっけ」
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「……そうだけど」
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「俺、奏」
短く名乗る。
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「……ふーん」
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「つまんなそうな顔してるな」
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「……別に」
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少しの沈黙。
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「まあいいや」
奏は肩をすくめる。
「そのうち慣れるだろ」
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不思議と、その距離は心地よかった。
踏み込みすぎない。
でも、離れすぎない。
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気づけば。
露真の隣には、いつも誰かがいた。
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奏。
叡智。
蒼。
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新しい“居場所”が、できていた。
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でも。
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「……」
ふとした瞬間。
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胸の奥が、少しだけ痛むことがあった。
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理由は、わからない。
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ただ。
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「……海……」
誰かの名前みたいな音が。
喉の奥で、引っかかることがあった。
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「……なんでもない」
すぐに、消える。
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その名前を、思い出すことはなかった。
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―
同じ時間を、生きていても。
もう、交わることはないはずだった。
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——あの春までは。
春は、また巡ってくる。
だけど。
あの日の約束を覚えているのは、
もう、海人だけだった。
そして数年後。
運命はもう一度、二人を同じ場所へ導いていく。




