09
ふむ…この男がマノリス、昨日も来た黒髪の少女がクセニアという名前だから、この黒髪の少女の父親で近くの村の村長だったな。仕事中の主にちゃんと伝えておかなければ。
使い鳥たちが小屋の陰や屋根上からじっくり彼らを眺めていると、クセニアとやらが父親のマノリスの方を見上げてから意地悪くニヤッと笑いエニに向かって歩いてきた。
「アンタもようやくアタシたちの役に立てるって事よ、アンタが役に立てるように取り計らってくれたとう様に感謝するのね!」
「ははっ厄介者のお前でも私たちの役に立てるのだからな、体面もあって食う物は渡してやっていたが勝手に野たれ死ぬものと思っていたぞ。だが、いい使い道を教えてもらったからな、こうやって生かしておいてやったという訳だ。食うものをあんなに出してやったのだから、その礼はちゃんと頂かないとな!」
「陰気な色の髪と瞳は珍しいから高く売れるってとう様や大商隊の人が言っていたけど、本当に高く売れるなんて。これまで食べさせてやっていた甲斐があるってものよ、ね、とう様。」
「ふむ。どうやら元気も良さそうだし、充分役目を果たせるだろう。エニが両親同様に俺たちの役に立ってくれるとは有難い事だ。神に盛大に感謝しなきゃならんな。」
扉の陰で身をすくめるエニに向かって、値踏みするようにじろじろ眺めつつ尊大に話すマノリスは、後ずさるエニの手首を強引につかむと、その腕に奇妙な細工模様の入った金属製の腕輪を無理やり嵌めさせた。
あれは…!腕輪は主よりも強い神力を放っている。あんなのをはめられてはエニの心が声が主に届かない。早く主に伝えなければ…!
可愛そうにエニは顔を青ざめさせて、身体を震えさせている。当たり前だ!あの腕輪が放つ神力はおぞましい色を垂れ流している。歪み堕ちた力だ。ああ、このままではこの声もエニに届かない…。そもそも普段から余り届いてはいないのは確かだけれど…。
「つっ。ちべたっ」
「どうせすぐの事だ、少しくらい我慢しろ。」
マノリスはニヤついた笑顔で言い放つと、腕輪をはめたエニの腕を片手で強引に掴んで引っ張り上げて、荷馬車の方に引きずりはじめた
ピルッ、ピルッ、ピルルピー
仲間のうちの一羽が焦って叫ぶとマノリスはエニの腕を離し、娘共々こちらに向かってやって来た。このままこの親子をこっちに引き付けておけば、主がやって来るまで時間を稼げるはずだ。
「なんだこいつら。」
「ちっちゃい鳥ねぇ。藁くずまみれで薄汚れているし、でも食べられるのかしら?」
黒髪の娘がその一羽にぐいっと手を伸ばしてきたとき…
「ダメ!小さい鳥に意地悪しないで!」
黒髪の娘…クセニアは叫んだエニを睨みつけ、気にせず一羽を捕まえようとしてきた。これくらいなら充分逃げられる。このまま主の到着まで粘れるだろう。
「まって、わ、私、ちゃんと付いていくからっ、その鳥たちは関係ないでしょう?だからやめて!」
「チッ。クセニア。そんな食べでのない鳥なんてほおっておけ、羽根だってそんなに小さきゃ飾りにもならないだろう。それよりも金になるエニだ。」
「わかったわとう様。その代り羽根飾りのついた髪飾りが欲しいわ。」
「いいぞいいぞ、何でも買ってやる。エニを差し出せば俺たちはここいらで一番の大金持ちだ、そうなりゃ金を積んで執政官…いや貴族へ成り上がる事だって夢じゃねぇからな。クセニア、荷台から紐を持って来い。」
「はぁい。うふふっ、楽しみね!」
気にしないで、俺たちはこれくらいなら簡単に逃げてみせるから!
やはりエニに声は届かなかった。もし、この声が届いていたとしてもエニが選んだ結果は同じだろうけれど。
エニは胸元にある主が渡したお守り袋に手をかけることなく、大人しくマノリスに引きずられるようにして荷馬車へ向かった。
マノリスは紐を受け取るとエニの両腕を縛り、紐が余った部分を切り取ろうと自身の腰ひもにひっかけてある革の小袋から、鞘に丁寧な細工が施されている短剣を取り出した。
「よく聞くがいいエニよ。今日来る大商隊がとんでもなく素晴らしいものを持ってきてくれる事になっていてな。」
エニはマノリスの話よりも短剣の方が気になったようだ。
「それは、お父さんの…!」
「大商隊の頭目が、俺たちがお前の両親から奪った…ああ、いや、快く頂いただ。この短剣がたいそう興味がある様でな、この短剣と引き換えにその“素晴らしいもの”を俺たちに譲ってくれるって事になっていてな。」
「ただのちんけな行商人が持つ短剣にしては、立派過ぎたってこった。だから、ちょぉっとばかり俺たちが有効活用してやろうって訳さ。」
「奪った…の?どうして…どうやって…。」
「おっと、まあ知られちまっても構わねえ、どうせお前もじきに両親の所へ連れて行ってやるからな。俺たちに金をもたらした後でな!」
「マノリスさん!お父さんとお母さんはどこにいるの!?」
「チッ、ずべこべうるせえな。ほらよ、さっさと大人しく荷台に乗るんだ!」
「きゃっ。」
ガタッ!
片腕ごと宙に引き上げられ、袋に入れられた芋よりも乱暴に幌馬車の荷台に投げ込まれ、痛々しい音がした。それに続いてクセニアが飛び乗るように乗り込んで行った。
「案外大人しく乗り込んでくれて助かったわ。でも、もっとちゃんと縛っておかなきゃね」
「うっ、痛っつぅ…。」
「ここにある縄を使って…っと。……よっと。足首を縛って…両腕と胴をグルグル巻きにすればいいかしら。」
「ひっ。」
「まったく、手間を掛けさせないで欲しいわ。」
周囲を飛び回り幌の中の様子を覗くと、クセニアはエニを縛りため息を付きながら自分の髪をかきあげている。まるでエニに見せつけるかのように。
その翡翠の瞳は何か言いたいことがあるのか、意味ありげに何度もエニに向けられている。
何度も髪をかきあげるクセニアを戸惑った様子で見ていたエニは何かに気付いたようで、青ざめた顔をしている。
「その髪留め、私が預けられた時にお母さんが付けていたのと同じ…!」
「ふふっ、やっと気が付いたのね。良いでしょ?とう様がくれたの。」
クセニアはその場で器用にくるりとスカートを翻しながら回った。そして置かれていた荷箱から布を取り出し器用に自分の腰に巻き付けた。
「それも、お母さんが大事にしていた肩掛け布…。」
「まあまあの布だから使ってあげてるの。良いでしょ?」
とスカートに垂れ下がったエニの母の肩掛け布とひらひらとエニの目の前に泳がせながら楽しそうにクセニアは見せびらかして来た。
その時荷台が大きく沈み、何事かと思ったらマノリスが荷台に足をかけて乗り込もうとしている所だった。
「おい、何やってるんだ。クセニア、そいつをちゃんと縛ったか?なら行くぞ」
「はぁい、とう様。」
「お父さん、おかあさん…。」
「ふん、元気なのは良いが、うるさいのは溜らんな。」
どかどかと大雑把な音を立てて乗り込んできたマノリスがクセニアの隣に座ると御者に合図をし、その合図で馬に鞭をたてた。
ヒヒーンッ!
馬がいなないたかと思うと、荷馬車はマノリス親子とエニを乗せて船着き小屋を後にした。
…そういえばこの荷馬車はエニの両親のものだったと言っていた。思い出すことが沢山あるのだろう。うずくまって小さく震えているエニに着けられた腕輪からは、何か不気味な黒いもやが滲みでている。
ピルー、ピルル!ピルー、ピルル!
皆の嘆きのような鳴き声を後ろに進んでいくそれを、体力のある仲間の何羽かで追いかける事にした。
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