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 ピルー、ピルー


 遠くから小鳥さんの声が聞こえる。


 わたしはこんな時だけどほんの少しだけ嬉しくなっちゃった。


 お父さんとお母さんの荷馬車(幌馬車)の荷台に、手足をぐるぐる巻きにされて積み荷よりも大ざっぱに転がされて、目の前には村長さん親娘が楽しそうに話しながら座っている。


 村長さんはお父さんが大事にしていた短剣を、クセニアさんはお母さんが大事にしていた─大きくなったらわたしにあげる─と言ってくれていた髪飾りと肩掛け布(ショール)を身につけている。


 どちらも両親が大事にしていたもので、捨てたり誰かに上げたりは絶対にしない。暗く悲しい気持ちになりそうだったけど、小鳥さんたちの声が聞こえてきたおかげで、悲しい気持ちが少し小さくなった。


 きっとヴィスルが来てくれる。だってお守り袋は取り上げられなかったもの。


 でも、村の人たちがいる所じゃ、現れてくれないかもしれない…。私は一体どこへ連れて行かれるんだろう?


 さっき腕に着けさせられた腕輪が冷たすぎて気持ちが悪い…。頭がぼんやりする。胸元のお守り袋を握ろうとしたけれどお出を動かせなかったし、気付かれてしまって取り上げられたくなかったから、横になったままで村長さんたちが大商隊の人たちから何を買うかと楽しそうにしている話をうっすらと聞いている。


 大商隊の人たちが扱うのは東方の品で、うちでは扱った事の無いような美しい絹の布や色とりどりの焼き物(陶磁器)があるらしい。


 絹や割れ物(陶磁器)って貴重な上に取り扱いが難しいって父さんも母さんも話していたことを思い出してすこし悲しくなってしまったけど、涙を見られたくなくて必死にうずくまる。


 身体が少し痛くなってきたころ、村長さんが御者さんに声をかけた。


「おい、離れの小屋(村はずれの作業場)で止めてくれ。そこにエニ(こいつ)を放り込む。」


 …良かった、村の中(人が沢山いる所)には連れて行かれないみたい。


 ホッとしていると、しばらくして荷馬車が止まった。


 私は乗せられた時同様。引きずられるように下ろされ、村の端にある農作業小屋へと押し込められた。冬への貯蓄の準備途中なのか、小屋の中には作業途中の道具がそのまま置かれている。


「しばらくそこで大人しくしてろ。」


「なんだ、水がめもあるじゃない。あの朽ちた小屋(船着き小屋)より快適じゃない。良かったわね!」


「ああ、転んで水がめを割られても困るな。クセニア、縄をほどいてやれ。今更ここからは逃げられないだろう。」


「はぁーい。…あら、この作業小屋(ここ)ってこんなに干し肉や干し果実(休憩用のおやつ)があるなんて。」


「この籠には見覚えがあるな…。ははーん、船着き小屋に持って行かずに、あいつら良いモンだけここでくすねていやがったな。」


「そういえば、エニに食料を渡すことに反対する村の人たち()がいなかったのってこういう事だったのかしら?」


「まあいい、結果的にエニ(こいつ)は生きてて役に立ってくれるんだからな。」


「こっちの籠の中には沢山あるわ、少し持って帰ろうかしら?」


「今、持って帰るより後でゆっくり持ち帰るほうが良い。クセニア、その布でまとめとけ。」


「あ、もうすぐ大商隊(キャラバン)が来る頃だわ、彼らの迎えに村長(とう様)が居なかったら話にならないものね!」


 クセニアさんが腰に巻いていた(わたしのお母さんの)肩掛け布(ショール)を使って作業台の上にあった大きな籠を包み、髪飾りを使って器用に留めて小屋の出入り口近くの棚に乗せたあと、私に巻いた縄をほどいた。


 そして作業小屋から出て行った二人は、ギギギと外閂で扉を閉めると、荷馬車に乗って村へ帰って行った。


 木で出来ている厚い扉には節穴が開いていてそこからかろうじて村の方向が見えた、ちょうど村に向かって小さくなっていく私のお父さんとお母さんの荷馬車の姿が見えて、胸がとても痛かった。


「お父さん、お母さん…。もう、どこにもいない、会えないんだ…。」


 目から涙があふれてきて、止めたかったけれど、どうしたら止まるのか分からなくって、また泣いてしまった。




              ◇◇◇◇◇◇◇◇




 ようやく涙を止められた頃には随分と時間が経っていたみたいで、木で出来た扉の節穴から外を覗くとお日さまが傾いていた。


 村の方をみると何台もの大きな幌馬車が村の中に入って行く様子が見えて、あれがマノリスさんやクセニアさんが言っていた東方の大商隊(キャラバン)なのかとも思った。


 私のお父さんとお母さんの小さな行商でもたどり着けばその日はどんな村でも歓迎の宴があった。だからきっとあの村ではお祭りのような宴を今夜するんだろう。


 くぅ~きゅるるる…。


 お腹の虫が鳴いてしまった。朝起きてすぐに連れ出されてから何も食べてないや。


「お昼過ぎちゃった。川から離れちゃったからヴィスルや小鳥さんたちも来れないのかな…。」


 胸元のお守り袋を掴もうとしたけれど、腕輪を付けられた方の腕が痛くてうまく手を上げられなかった。


 いつもならヴィスルはお守りを握り締めて祈ると直ぐに来てくれていたのに、来ないのは川から遠いしお守りを握っていないからなのかなあ?


 あの船着き小屋に帰りたい。


この作業小屋(ここ)から逃げて船着き小屋に戻ろうとしても、もうすぐ夕方になっちゃう。ヴィスルが夜は外に出ちゃいけないって言っていたから、夜に歩いていたら怒られちゃうかも…。」


 もし怒って二度とわたしと会わない!なんて言われたらいやだ。


 夜が終わって朝日が出るころに作業小屋(ここ)から逃げて、お昼の間に船着き小屋に戻ろう。


 それまで横になれそうな場所を探して作業小屋を見回した。


 船着き小屋にあったものよりは頑丈そうな作業台や椅子。棚や木箱にはざまざまな道具類。


 束ねた麦わらが積まれてあって、その麦わらで編まれた敷物─編んでいる途中らしきものもあった─が何枚か。小屋のすみっこにはつなぎ合わせた木の板で蓋をされた大きな(かめ)も。木の板の上にはひしゃくと木杯(コップ)が置かれてあるのできっと水瓶だろう。


 扉近くの棚に乗せられているお母さんの肩掛け布(ショール)と髪飾りは意外としっかり留められてあって、触ると崩れてしまいそうで。持ち上げられなくはないけれどこれをもって歩くのは難しそう…。


 作業台の上の小さな皿にも干した果物や炒った種があって、きっと作業中に食べるおやつなんだろう。


「食べていいのかな…?」


 いくら置かれてあったからと言って、村の誰かの食べ物を勝手に食べる事はとても気が引ける事だけれど、とてもお腹が空いてしまってどうしようもなくなったら少しだけ分けてもらおう。


 水瓶の水に向かってお祈りしてみたけれど何の反応も無くて、これはヴィスルの川の水じゃないのかもしれない。そう思うと、この水を飲む気にはなれなくて、どうしても喉が渇いてつらくなるまでは手を付けないでおくつもりだ。


 そして中身を調べた木箱のうち、大きめの木箱のいくつかを並べ、藁を敷いて寝台(ベッド)代わりに横になった。


 寝転びながら胸元の袋を握り締めてようとしたけれど、腕に付けられた腕輪が重く感じるためか、やっぱりお守り袋をうまく握れなくて、どうすればいいんだろうと考えているうちにまたウトウトとしてきていつの間にか瞼を閉じてしまった。




              ◇◇◇◇◇◇◇◇




 コツンッ


 泣きつかれて横になったままひと眠りしてしまったみたいで、軽く扉をつつくような音がして目を覚ますと辺りはかなり暗くなっていて、わたしの背より高い場所にある木の板で出来た窓の隙間から星や月の光が作業小屋の中に差し込んできている。


 もぞもぞと起きて扉の節穴を覗いてみると、村には出入り口だけでなくあちこちに松明が灯されていてとても賑やかに見えた。


「きっと今頃は宴でもしているのかなあ。」


 この村に来るずっと前は、お父さんとお母さんと一緒にそうやってもてなされていたことを思い出して胸がちくりと痛んだ。


 いつものようにお守りを握り締めようとしたけれど、腕輪を着けられた腕がうまく動かせなくて片手で抑えるだけになってしまった。


 そのせいなのかいつものような温かさや心強さは感じなくて、ただ、自分の体が冷えていることが分かっただけだった。


「ヴィスル…。」


 祈ればすぐに来てくれた優しい神様の名前を呟いてみたけれど何も起こらなくて、もしかしたら今までの事は全て夢だったのかもしれない。


 ひとりぼっちだと嫌な想像ばかりしてしまう…。


「早くヴィスルや小鳥さんたち(みんな)と会いたいな…。」


 ぐーーーーーーーーぅっ


 お腹がさらに空腹を訴えてきた。


「こんな時でもお腹って空くんだね。」


 仕方なく先ほど見つけた干した果物を少しだけ分けてもらおうかとした時、小屋の外から何かが動く音がした。


 バサッ、バサッ、バササッ


 鳥が羽ばたく音だ、


 もしかしてと慌てて扉に駆け寄って節穴を覗いてみたけれど空を見上げる事は難しくて、何とかして見上げようとしたら不思議な事に気が付いた。


「あれ?村の松明の炎ってあんなに大きかったかな…。」


 節穴から村の方をじっと眺めてみると炎は少しずつ大きくなってきていて、節穴に耳を当てると荷馬車の音が聞こえてきた。


「え、誰かがこっちに向かってきてる?まさかこの荷物を取りに? そりゃあ、後で取りに来るって言っていたけど…。」


 もう一度良く見ようと節穴をのぞいてみると、真っ暗な中にきらりと光る何かが二つ輝いていて、それはまるで一対の瞳のようだった。


「な…、今の何?」


 とても恐ろしい感じがして、つい後ずさってしまった時に足を滑らせて転んでしまい、そのまま気を失ってしまった。


 バサッ、バササッ、バサッ


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