11
腕輪が熱い…、熱くていやだなあ。
ぼんやりとそう思っていたら、どこかから何かが聞こえるような…。
ズル…ズル…、ペタッ、ペタッ、ペタペタッ、ガタンッ!
何か引きずっているような、何かの足音のような…何の足音だろう?
んん?……ハッ。
「あ、そっか、さっき転んで気を失ってたんだ。」
なんだか奇妙な音が聞こえたような気がして目を覚ましたわたしは、どこかほかに痛めたところは無いか確かめながらゆっくりと体を起こした。
隙間から灯り差し込んできているおかげで小屋の中はそれなりに明るくて、作業台や椅子とかのものにぶつからないように起き上がることが出来てホッとした。
「それにしてもさっきの眼のような光って何だろう…?」
スウゥッ
なんだか妙に寒い。辺りを良く見まわしてみると扉が…外閂で閉められていたはずなのに少しだけ隙間が空いている。
「そっか、だから明るかったのか。」
え?
じゃあ、誰が開けたの?
たしかさっき、村からここに向かってくるような様子が見えたけど…
わたしは恐る恐る扉の方をじっくりと見た。
扉の影が暗くて見えない場所に、小さな二つの…一対の嫌な光が、わたしのことをじっと見つめている。
その瞳がキラリと光ったような気がして…
「ひっ!」
思わず小さな声を上げてしまって、つい足がつまづいてよろけて作業台にぶつかった…そのせいで作業台の上に置かれていた道具がいくつか大きな音を立てて床に落ちていった。
ガタッガタガタドサッ、ガシャーン!
「ひきゃっ!」
思った以上に大きな音に驚いてさらに大きな悲鳴を上げてしまった。
「わ、わわっ、わっ!」
ギ、ギギギッ、ガタッ
きしんだ音を立てながら開いた扉の向こうには─────クセニアさんが立っていた。
「さあて、エニの最後の晴れ舞台が楽しみね、どうせ呑気にすやすや眠っていることでしょう!」
「クセニア…さん?」
「あら、なんだ起きてたの、つまんないわねえ。」
ヒヒーン、ブルブルブルッ
ガタッ、ゴトゴト、ガタッ、ガタンッ!
「よぉし、おまえら、こっちだ。慎重に運んでくれよ?なにせ、尊くも貴重なお力を持つお方だからな。」
そしてクセニアさんの後ろから荷馬車と何頭かの馬の音、松明を持ったマノリスさんが村の人になにか命令している大きな声が聞こえた。
そのマノリスさんの方からは馬たちの息遣いだけでなく、同じく松明を持った大人たちが何人かいるみたいで村長であるマノリスさんの野太い声が、その人たち相手に荷馬車の荷台から何かを下ろすように指示をしている。
「とう様、アイツ起きてるわ。」
「何だ、眠っていりゃあ話は簡単だったんだがな。まあいい、逃げようったって目印にあの高価な腕輪を嵌めさせた、目印を付けられちまったらもうこのお方からは逃げられないって頭目が言っていたからな。だからどこに行こうと直ぐに追いつかれるさ。」
「確かに。子供の足じゃここから飛び出したってたかがしれているもの。」
クセニアさんだって私とそんなに変わらない年の子供なのに。
ガタッ、ゴトッ、ゴトッ、ゴトッ
「おう、そのまま小屋の中へ運び込め。丁寧に、だぞ?」
マノリスさんは松明の炎をわたしに向けて命令すると、マノリスさんの後ろから台車に乗せられた変わった形の壺が小屋の中に運び込まれてきた。
古びていてあちこちに紐が掛けられていて、紐の合わせ目やフタにはボロボロの札のようなものが沢山貼り付けらえている。
松明の灯りで照らされている所には細かな文様がみえる。きっと同じような文様が全体にあるのだろう。なんだか嫌な感じがする。
台車は私の目の前で止まり、マノリスさんは持っていた松明を壁掛けの金具に掛けると腰に付けている皮袋からお父さんの短剣を取り出した。
「よおし、お前らは一旦荷馬車迄戻れ。俺が良いと言うまで覗くんじゃねえぞ?」
村人たちが小屋を出てしまってからマノリスさんは鞘から短剣を抜き、抜かれた刃は松明の灯りに照らされて真っ赤に燃えている様に見えた。
「さあて、さっさと儀式とやらを済ませて飲みに帰らねえと。無事に終わりゃ大商隊の頭目が用意したって言う珍しい酒もさぞかしうまいだろうからな!」
「うふふっ。絹のリボンも角布も沢山買ってもらうの。こんな安物の布は雑巾にでもしてしまおうかしら?」
クセニアさんが、わたしのお母さんの肩掛け布で包んだ籠を手に持って笑っている。
「…そんな、やめて、返して。」
わたしがクセニアさんに…扉の方にむかって歩き出したときに、マノリスさんが叫んだ。
「さあ、祈り願えば金を与えて下さるという東方の神様よ、あんたへの捧げものはこの少女だ、たっぷり食べて俺たちに山程の金を財貨を恵んでくださいよ。東方の街ではあんたを祀った一家のお屋敷を金貨であふれさせたというじゃないか、俺たちにも同じように頼みますよ!」
ザシュッ、ザシュッ、ビリッ、ビリッ、ガコッ
「そうら!いでませ!」
松明の灯りがマノリスさんを恐ろしい表情に見せる。
大きく振り上げられたナイフで、壺に結わえられている紐のあちこちを勢いよく切りつけ、札を乱暴に剥がすと、蓋は慎重に外して開けた。
ズル…ズル…、ペタッ、ペタッ、ペタペタッ、ガタンッ!
!
さっき聞いた音だ!
蓋をあけられた壺からは、黒く濃いもやのようなものがぼんやりと見え、それはなんだか生き物のようにずるりとはい出てきた。
松明の灯りに照らされたもやは、四本足の細長い何かが…小さな前足と後ろ足が生えた芋虫のような姿はとてもゆっくりと動き出した。
頭…は無かった。
頭がありそうな場所には何もなかった。なのに、無い頭をきょろきょろとあたりを確かめるかのように動かしていると、何故かわかった。
「ひっ…これが神様の正体なの…。見た目はまるで足の生えた蚕虫だわ。」
「おおい、金を賜ってくださるという蚕虫のような神様よぉ、この小屋の隅にいる小娘をアンタに供物として捧げる!」
「そらっ、ボサボサだが絹糸のように白い髪と柘榴石のような赤い瞳の娘だ。生贄としての質が高ければ高いほど願いは強く叶うと大商隊の頭目は言っていた。こんなに珍しい髪と瞳の娘を捧げたら、さぞや高価な礼を期待して良いんろう?だから褒美に金銀財宝を頼むぜ!神様よお!」
マノリスさんはナイフを鞘に納め、腰の革紐に括りつけた革袋に仕舞い、壁掛けの金具に置いた松明を取り、もやを照らした。
照らされたもやは、マノリスさんは蚕虫と言ったけれど、どちらかというと頭と尻尾の無いトカゲやイモリのように思えた。
わたしは蚕虫を見たことが無いから、本当に似ているのかどうかは分からないけど。
マノリスさんがぶんぶんと火の粉を飛ばしながら松明を振って、小屋のあちこちを照らす。
照らされたわたしを見たもやは、信じられない位早い動きで襲い掛かって来て、思わず声を上げてしまった。
「ひぃっ!」
ドシンッ
もやから離れようとして後ろに転んでしまい、逃げたくても足がうまく動かせなくて起き上がれないでいる所を、もやがわたしの足先から駆け上がってきた。
まるでトカゲやヤモリの動きだ。
ペタッ ペタペタペタペタペタペタペタペタッ!
振り払おうと体を動かそうとしたけれど、腕輪が何だか重たくてうまく体を動かせない。
でも、ぞわぞわして気持ち悪くて逃げ出したい!
もやは私が体を揺らしてもへばりついて、気にすることなく駆け上がってくる
「ふは、はははっ。そうら、さっさと食われてしまえ!」
「うふふっ、あーあ変なの。いい恰好だわ!」
松明を握りながらマノリスさんとクセニアさんが私の所へ近づいてきた。
二人とも、わたしがまるで面白い見世物をしているかのように、大きく口を開けて笑って楽しんでいる。
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