08
「これで全部より分けたよ!」
もうすっかりいつもの調子を取り戻したエニが元気よく最後の荷物の仕分けを終えたので、休憩を取ろうかと先ほどの反省を糧にエニに何か飲み物をと思った時、適切なものがものが判らなかったので僕はエニに尋ねた。
「疲れただろう?いったん休憩しよう。人間には飲み物と食べ物が必要だしね。それでエニはいつも何を飲んでいるんだい?」
「川から汲んできた水だよ。」
いつもの木箱に座ると、何でもない事のようにあっさりとエニは答えてくれた。
「そう言われてみれば…。」
見回すとこの小屋に水を貯めておくものは無かった。樽や水瓶だったものはあったが、
改めて見回すと、樽や水瓶は確かにあったけれどそれは《《たが》》が緩んでいたりヒビが入り欠けていて、見た目だけが樽と水瓶だった。
「あ、これならちょうど良さそうだ。」
小屋の隅に片付けられた雑多なものの中から、一抱え位の大きさの口が大きく開いた壺を拾い上げるとヒビや欠けが無いことを確認し、川の水できれいに洗った。
「ヴィスル、その壺をどうするの?」
「水瓶ほどの大きさはないけど、これに水を貯めて置けば、いちいち川に水を汲みに行かなくても良いだろう?」
綺麗に洗った壺を作業台の上に置いて、僕はその壺に水を満たした。
流石にこの程度なら神力を使っても問題ない。河川の水が汚い訳では無いが、飲み水として渡すのならば、この方がいいと思ったからだ。
ついでに洗っておいたコップに壺を傾けて水を入れて、エニに飲んでみるように渡した。
「うっ、つめた!」
「うん?冷たい…?」
「いつもは汲んできてから飲んでいるからかなあ?川の水ってこんなに冷たかったんだ。」
コップを握り直してエニはゆっくりと水を飲み始めた。
「なるほど、そう言われてみれば…」
川に流れる水の温度が、人間にとって快適かどうかとか気にしたことは無かったな…。
季節の温度もそうだけど、人間はか弱く繊細な生き物で、その子供となればなおさらだ。暑ければ涼しくなるように、寒ければ暖かくなるように工夫を凝らして生活としている。
もう、冬の季節の足音はすぐそこまで迫っている。
一応ここに囲炉裏跡はあるけれどエニに火を使わせていいのだろうか。
もしかしたらあまり悠長な事をしていられないのかもと思った。
「どうしたの?」
真顔で黙ってしまったからか、エニが心配そうな顔で僕を覗き込んできた。
色々考える事はあるけれど…思いつくことはどれも得意分野ではないことが少し不安だが、今エニを不安にさせる事とは違うはずだ。
「ああ、どんな畑を作ろうかなって考えていたんだ。」
「そっか、私も楽しみ!」
「どんな畑が良いかを調べてみようと思うから、今日はもうここにいるのはお仕舞いだ。」
「もう帰っちゃうの?」
「ああ、でも明日も来るよ?」
「うん、約束だよ?待ってるから!」
寂しそうに言うエニが座っている木箱の傍らには、古びたぼろぼろの藁編みの敷物が無造作に置かれてある。
この木箱と敷物が今のエニにとってのベッドとシーツだ。
毎日の別れの挨拶をして小屋を出ると、その脇にある使い鳥たちの巣は、荷下ろしの際に出たらしい藁くずを拾ってきて冬に向けての改良がされており、ふくふくとした巣で羽根をこんもりともこもこさせながら休んでいる。
使い鳥たちは、冬の太陽とは言えたっぷり浴びた陽射しのおかげで、ふかふかの羽毛をさらにふっかふかにさせながら、主たる僕をじーっと見つめている。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日──
ピルッピルルーピルッ
「ん、んん……?」
使い鳥たちはエニを起こそうと大きな声を上げた。
すると程なくしてエニは寝ぼけた顔でむくりと上半身を起こし、辺りを頃きょろと見渡していた。
まだ夜が明けたばかりで人間の体にはひんやりとするだろう寒気が小屋の壁板の隙間に吹き込んで行く。
「寒っ。鳥さんたちも寒くて鳴いたのかな?」
エニはのんきにそういいながら、ぱっちりと目を覚まして連ねた木箱から降りようと体を起こそうとした時に、馬の大きないななきが響いてきた。
同時に昨日船着き小屋にやって来た荷馬車と同じ車輪の音が聞こえ、昨日食料を持ってきたばかりなのにと瑠璃と白のふかふかは訝しみながらエニのそばへと羽ばたいた。
やって来たのは昨日と同じ幌付きの荷馬車で、昨日と同じように小屋の近くで止めると幌の中から二人の人間が降りてきた。
片方は昨日も来ていたクセニアという少女。もう一人はその少女と何となく雰囲気の似た年かさの男性だ。
昨日と同じく御者は小屋近くの手ごろな場所に馬の轡を繋いでいる間に、少女と年かさの男性が共に小屋へ向かってやってきた。
黒髪の少女クセニアは窓の隙間から覗いているエニの姿をいち早く見つけると、楽しそうに隣にいる男性に向かって笑いかけた。
「ほらみてとう様、言ったでしょ?アイツは丈夫だって。」
「ほう、野たれ死ぬ寸前かと思っていたが、クセニアが言っていた通り、元気にやっている様じゃないか。」
「昨日だってわざわざ食べ物を持ってきてやったのだもの。きっと嬉しがってたっぷり食べたんでしょ。干し肉や干し果実だって入れてやっているんだし。まあ、それ以外は村じゃ犬に食べさせるような代物だけどね。」
「あんなものでも食えば身に付きはするか。」
クセニアに似た年かさの男性は顎に手を当てながらエニを見て感心しているが、これは良い意味ではないだろう。
「ふうん、これなら今日おいでになるあちらも満足だろう。」
「ねえねえとう様。うまくいったら絹のリボンを買って!」
「ああ、いいとも、絹のリボンだろうが半円布だろうが真新しいレースの角布だろうが好きなだけ買ってやるさ。」
「わあ、嬉しいとう様ありがとう!」
小屋の前で賑やかに盛り上がっていたからか、エニが小屋の戸を開けて外の様子を伺いに来た。
「あ、えっと…マノリスさん…クセニアさん、今日はどうしてここに?」
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