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 ブルッ、ブルルルルッ!


「むぎゃ。」


 荷馬車に繋がれている輓馬が、鼻先をエニの頭にこすりつるように舐めている。


()とは仲が良いのかい?」


「うん、お父さんとお母さんと一緒に行商をしていた時から一緒だったの。わたしのこと覚えていてくれてたみたい。」


 エニはホッとした顔をしながら、馬の鼻先で頭を撫でられるがままだ。


「そうか。」


 僕は火の手が上がり始めた小屋を見ながら、()が力を使う事について思いを馳せた。そして()と楽しそうにコミュニケーション(会話の無い会話)を取っているエニを見る。


 今更、エニを一人で放り出すなんてことをする方が、自分が穢れて(堕ちて)しまうように覚えた。だからなるべく力を使わないようにしようと思った。


 となれば、移動に()の協力が必要だろう。柵に繋がれたままの馬たちの手綱をほどき、エニの髪に鼻先を付けている()を荷馬車から外す前に尋ねてみる。


「エニ、その()は僕らを荷台に乗せて走ってくれそうかい?」


 ヒヒーン、ブルッ、ブルッ!


「任せろ!だって。」


「そうか、感謝する。じゃあ荷馬車に乗って船着き小屋に一旦帰ろう。」


「また一緒に居られるね!」


 エニは馬の鼻先を撫でてから、荷台によいしょっと乗り込んだ。

 僕は手綱をもって御者台に座ると、村の方では灯りが…松明の灯りの数が増え、騒がしく揺らめいていた。


 逃げた村人がたどり着いたのか、それともこの小屋が燃え始めていることに気付いたのか、どちらにせよこの状況を調べるために、村の人たちがここにやって来るのは明らかだ。


「うーん、此処から早く離れたいけど、馬を御したことなんて無いからなあ。」


 エニと仲良しの()が僕の方を鼻息荒くチラチラとみている。よし、もう彼に任せよう。


 僕は空を見上げてある程度の方向を確認すると、船着き小屋にに向かうよう荷馬車の手綱を引いてそれっぽく軽くしならせた。


「じゃあ君に任せるよ、それっ!」


 パシッ


 ヒヒーン!


 気合の入ったいななきと共に荷馬車が動き出し始めた。これでもうこの場所ともお別れだ。


 ピルー、ピルル、ピルル、


 荷馬車が動き出したと同時に使い鳥(瑠璃千鳥)たちが頭の上を舞う。


 道案内は使い鳥(瑠璃千鳥)たちがやってくれるそうだ。彼らは曲がりなりにも神の使い、夜目も効くし、それに星月の灯りが道を照らしてくれる。


 ピルルー、ピルルピ、ピルルピ


 やけに使い鳥(瑠璃千鳥)たちの声が近くで聞こえると思ったら、荷馬車の幌の上にちゃっかり乗っていた。道案内は交代で飛ぶそうで交代役はここで休憩するとの事だ。本当にちゃっかりしている。まったくもう…と苦笑いするしかないが、まずは船着き小屋で待っている(使い鳥)たちの回収だ。


 荷馬車は普段の速さより少し早い程度で走らせているが、振り落とされるというほどの速さではないので彼ら(使い鳥たち)が振り落とされることもなく大丈夫だろう。


 あまり早いとエニが酔ってしまうかもしれないし。


 ブルッ、ブルルッ


 更に聞こえる野太い声は先ほど手綱をほどいた馬である。村から離れる荷馬車(僕たち)に並走しながら話しかけてきた。


 ピルルル?


 ブルッブルルッ、ブルッ!


 どうやら村に戻るより僕たちに付いてくる方が良いと思った様で、このまま連れていってくれとチラチラとこちらを見ている。


 それは荷馬車を引いている彼までもだ。


「…つまり、あの子(並走中の馬)も一緒に連れて行ってくれってことかい?」


 ブルッ!ブヒヒーン!


 大正解!と言わんばかりに一息いなないた。


「…エニはどうだい?あの子も一緒についていきたいって言っているんだ。」


「新しいお馬さん?お馬(輓馬)さんのお友だちなら一緒に行こう!だって一人はさみしいもんね。」


 亡き両親の形見である短剣と肩掛け布(ショール)をしっかりと抱えたまま、エニは荷台の縁を寄りかかって御者台の方へ顔をだし、顔を縦に振って答えた。


 馬からすれば火の手が上がろうとしている傍で繋がれたまま放置した人間たち(村の人たち)の所へ戻るよりも、自分を解放してくれた上に仲間(輓馬)と親しいエニの元へ付いていきたいと思っても仕方ないだろう。


「だそうだ、君もちゃんとついてこれるね?」


 ブルルッ!ブルッ!ヒヒーン!


 ブルッヒヒーン!


 僕たちの言葉に返事をするかのようにいなないたかと思うと、荷馬車を引いていた馬が「良かったな」とでも言いたげにこちらもいなないた。


 背後で燃える煤の香りは遠くなり、誰も振り返ることなく進んでいった。


 もう二度とエニが、彼らがあの村に向かうことは無いだろう。




 バサッ、バサバサッ、スィー




 パチッパチパチッ、ゴオオオオッ


「あはは。あははは。クセニア、俺たちは金持ちになったぞ。我が家は…俺はこれからもっと成り上がってやる!はは、ははは。アハハハノヽノヽノヽノ \ / \/ \hhhhh………」


 炎が徐々に小屋を襲う中、クセニアと呼ばれていた少女が着ていた服を掴みながら、マノリスと呼ばれている男が狂ったかのように笑い声を上げ続けていた。


 乾いた木板でできているこの小屋はあっという間に燃え上がり、崩れ落ちてくるのもまもなくだろう。

 しかし、この男がそれを気にする様子はない。


 もうクセニアはいない。


 その足元に広がる暗闇が何であったのか判る()()はない。


 その男を眺めながら以前にも…遥か昔にも同じことがあったような気がするが良く覚えていない。


 どうしてそんな大切な少女をなくしてしまったのか。


 あの愛らしい少女を救いたかった。


 あの美しい期待(祈り)に応えたかった。


 あの輝かしい笑顔を見ていたかった。


 私を信仰する人々を助けようと思った。


 いくつもの街で人々が病に倒れた。私に病を治す力は無かった。


 薬を作る(用立てる)力も無かった。


 人々はそれでも私に願い祈った。


 私と一番親しい少女を生贄(供物)として。


 少女は最後に「あなたの元へ行けるのなら嬉しい」と言った。


 私は少女の命で金を作った(薬を用立てる力を得た)…。


 病ではなかったかもしれない、飢えだったかもしれない、別の事だったかもしれない。


 そんなことがあったような気が、した。


 頭上を誰かの眷属が舞っている。


 私にもかつていた。今はもういない。


 お前の主はそうならなければ良いな。





 麦のような髪にハシバミ色の瞳の何の変哲もない少女だった。


 けれど私にとっては特別で大切なかけがえのない少女だった。



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