16.最終話
「ほぉ、亡くなった両親の跡を継いで二人で行商しながら旅を。」
「へぇー、偉いもんだねえ、あんた自身もまだ若いっていうのに、もっと小さな妹さんを連れて。」
山のふもとにある宿場町にたどり着いたばかりの僕たちを、物珍し気に声をかけてきた町の人たちに世間話をしながら商品の宣伝を始めたはずが、いつの間にか僕たちの事を根掘り葉掘り聞かれている。
おかしいな、僕の話ばかりさせられているじゃないか。
ここは小さい町だけれど、山の峠を越えるためにここで様々な支度をする旅人が多く、その旅人たちに向けて行商をするべくやって来たのだが、旅人慣れしている住民が多いのか、さっきからこんなふうに気安く話しかけてくる人が多い。
これも商売のいい機会だと思って応対を始めたのに、いつの間にか彼らのペースで話をさせられている。
エニには街道の見張り番の人たちに差し入れを持っていくように頼んだが、物珍しいのだろう、辺りをきょろきょろ見回してあれは何これは何と親切な人たちに教わっている。
バサッ、バサッ、バササッ
空の上では使い鳥たちが、僕たちを見守るように数羽飛んでいる。
あの悪夢のような出来事のあと、船着き小屋にたどり着いて一晩ゆっくり考えた結果がこう言う事だ。
つまりエニの両親が営んでいた行商を、僕とエニとで未熟ながらもやってみよう、と。
エニの両親が使っていた荷馬車と輓馬…とその友達の馬、彼らが居ればある程度の荷物を運べるし、何よりエニが独り立ちできるまでは、僕も彼らと共に一緒に過ごし、彼女が独り立ち…一人前になるまでは傍にいる方が良いだろうと考えてのことだ。
だって、住む場所も身寄りも無いエニを一人で放り出すわけにもいかないし、エニの願い「独りぼっちは嫌」を僕なりに僕の出来る事なりにどう叶えるか導き出した結果だ。
それに、旅の行商人であれば色々な話…噂話に日々の生活を尋ねても不審に思われないだろう。人間の暮らしに疎い神にとって、人々の行動や想いを直接知る事が出来るのは悪くない選択だ。
河川の守護としての仕事は今まで通りエニが寝静まった夜中に行い、昼間は使い鳥たちをあちこちに飛ばして憂いない事を調査している
使い鳥たちは『最近、使い鳥使い?が荒くなった!』と訴えてくるが、馬車移動での休憩の度にエニから小虫を貰っている事は知っている。
そのせいか皆、少しふくよかになってきている。鳥たるものあまり太りすぎていては空を飛べなくなるぞ?とこっそりエニから小虫を貰っていることを言い聞かせると、瑠璃色の羽をさらに青くしてとぼけた顔をして『主の命令なら仕方ないなー』と日々情報収集にいそしんでいる。
そんなわけで、僕たちは川沿いの街道を伝って、あちらこちらの村々を転々と渡り歩きながら、このようにして行商をしている。勿論何が売れるか何を売って良いのかは判らないので、手探りでなんとかやりくりしている状態だ。
荷馬車の後部を、店の陳列台に見立てて広げた敷布の上に丁寧に置かれた小物を手に取り、村の人たちがあれやこれやと興味深げに話しかけてくる。うんうん、悪くない反応だ。
「ふうん、木の実と鳥の羽を使った装身具ね。中々可愛いじゃない。この糸は何で出来てるんだい?馬のしっぽの毛?それは丈夫そうね。」
「ほうナツメヤシを干したものか、こっちを一袋貰おうか。」
使い鳥たちの抜けた羽根と馬たちの鬣や尻尾の抜け毛の再利用品と、前に立ち寄った村で仕入れた木の実をを干して作ったものだ。これらは中々人気の様で、こういった手軽なアクセサリーと保存のきく甘味は人気が高く、どこの村でも引く手あまたというやつだ。
「このあたりで商売になりそうな品…そう言った話だけでも良いので、何かありませんか?」
「ここらで商売になりそうもの?そうだねえ、村はずれにある川をさかのぼったらたどり着くあの小高い山にある木の実や薬草かねえ、あのあたりには綺麗な花も咲いていてそれはそれはきれいなものさ。」
「ただこの村からだとちょっとばかり遠い場所だし道中の峠が険しいしで、採りに行く人はあまりいないんだよ。そういった必要なんだけど手に入れるには面倒ごとが多い品を持ってきてくれたら助かるなあ。」
「そうそう。薬草の貯えはあるんだが、少し減った程度で何日も村から離れて採りに行くかというとな。」
「まあ、珍しいものも有難いからそれだけでも嬉しいから、お前さんたちみたいな小さな商人は無理する事じゃないよ。」
ふむふむなるほど。
情報収集…もとい気の良い人たちと気安い会話に一区切りついたころ、検問所のおじさんたちに差し入れを渡しに行っていたエニが戻ってきて言った。
「ねえねえ、ヴィスル。村の端にある井戸を使っても良いって!ちゃんと馬や牛の為の水飲み場もあって、しかも井戸の近くにはブドウの木があって、それは私たちみたいな旅人も自由に採って食べて構わないんだって。後で一緒に行こう?」
はしゃいだ様子のエニは。元々が旅の行商人生活だったからかこの暮らしにも慣れてきたのか、表情も随分と落ち着いてきたようで笑顔でいる事が多くなった。
「そっか、じゃあ、宿へ行く前に寄ってみようか。」
「うん!」
僕は買い物に来た村人たちが一通り買い物を済ませたのを見計らって、荷物を片付け、村の井戸を使わせてもらう事にした。
井戸の近くでは現地の人だけでなく僕らのような旅人も何人かいて世間話をしている。
近くにはブドウの木だけではなく色んな果実や木の実が生る木があり、興味を示したエニに井戸の周囲に居た村人の一人がエニに説明を始めてくれた。ブドウはシーズンではないが杏が生っている様で取り方を教えてもらい始めた。
その世間話の集まりの中のいる井戸番らしき人に話しかけて井戸賃─好きに使っていいと言ってもいくばくかの代金を出した方が良い事を旅の中で覚えたのだ─を差し出し、馬たちに水を飲ませて水場で補給をしていると彼らの世間話が聞こえたので、そっとその会話に交じってみることにした。
「へえ、川そばの街道を中心に行商をしてるのかい?なら、川をさかのぼった先の山に…って、その話はもう聞いたのかい?あそこに生えている薬草は良い染料にもなるから、どこの村でも重宝がられるよ。」
「そうそう、川そばの街道と言えばさ、川近くにあるあの村は行った事があるかい?昔は船着き場に沢山の桟橋もあって、川からの交易も盛んだったんだけど…。」
「なんでも村長が火事で大けがをして、それ以来というもの金遣いが荒くなっちゃって、お気に入りの東方の商人の言うなりだそうさ。」
「あそこは川近くで肥沃な土地だから作物の出来も良い。それを売って儲けるために河川の交易を復活させて新たな交易路を開拓したいんだろうな。東方の商人と親しいっていうのもそういう事なんだろう。」
「村人たちは、東方の商人に指図を受けて船着き場や桟橋の整備に駆り出されているって話さ。」
「いくら作物の実りが良いからって、そんなに高く売れる訳でもないのに。どこからそんなお金が出ているのやら。」
僕はその理由に思い当たったが、彼らに話すことは無かった。それよりもあの村での出来事がこんな遠くの村にまで伝わっていることに内心苦笑いした。
僕は使い鳥たちのおかげでその後の詳細な事を知っている。
村長のマノリスは火事から助かったものの半分おかしくなってしまった。それをいいことに東方の商人たちが好き放題しているのだ。
村人たちはその東方の商人たちによってこき使われていて、農作業と同時に桟橋の建設作業にこき使われていて、おかげで僕たち捜索する余裕もない。
夜中に子供一人逃げたところで行き倒れてそのまま死んでしまっていてもおかしくないし、火事で逃げ出した馬も無事であるとは限らない。
もう用のない生贄の小娘はともかく、荷馬車や馬は大変な財産だ。
エニの両親が残したものということもあって思わず持ってきてしまったが、幸いと言っていいのか大商隊にとっては捜索に人手をかける程の価値は無かったようだ。
…もしかしたら“彼”が、馬も逃げてしまいもういないと告げたのかもしれない。
そんな予測がふっと頭の中に浮かんだ、本当の所は判らないけれど。
それよりも、さっさと桟橋や船着き場を整備することの方が儲かるという事だろう。
僕だってその代りに、川を氾濫させて船着き場の整備を阻むようなことはしていない…むしろ川を氾濫させないよう注力しているのだから作業も随分とはかどっているはずだ。
いままでは川の流れに乗った石や鉱石など様々な貴重なものも、流されるままにしていたが、あの川原にあった力のある石たちは後日しっかりと回収し、そう言った貴重なものがあの船着き場には流れ着かないようにコントロールしている。
ついでに使い鳥たちの巣の場所も移動させた。勿論あの村の監視は怠らないけども。
もう、自分たちを…エニを探す者はどこにもいない。
そうだ、さっき話題にあった貴重な薬草が採れる山へ行ってみようか。しばらくぶりに山の人たちの暮らしを知るついでに、山の神や風の神に挨拶するのも悪くない。
両手いっぱいに杏を乗せて僕の元に戻って来たエニを見ながら、もうあの村の事はエニに伝えなくて良い話だと思った。
──END──
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