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「ようやく来ることができた。遅くなってごめん、腕輪が壊れてくれたおかげか。」


 僕は必死にしがみついてくるエニの体を支え、宥めながら謝った。


 床に落ちて砕けた腕輪の残骸は、エニがマノリスさんと呼んでいた男性の足元に転がって止まった。


 今僕たちが立っている場所の周囲には、エニが投げつけた石たちが散らばっている。


 だからかあの()()はじりじりとこちらを見つめているだけで、こちらにやってこようとはしない。


 ()()から放たれる放出されるゾッとするような。背筋が背中が冷えるような寒気など初めて感じる初めて覚える感触だ。こんな感触を覚えるという事は…


 …堕神。あれは堕神か?あの()()は。初めてみた。いや、お会いした…拝顔の栄に浴したと言うべきか。しかし。


 ああ、彼はもう自分が何であったのかすら分からないし覚えてもいないのか。だからこそ石の問いかけにたじろいだのか。


 もう神としてのまともな思考はないだろうけど、願われた事をそのままにしかとらえられず、そのくせ履行できる力はある。厄介な存在になり果てたものだ。


 だが、だからこそ力を持つ石の真っ直ぐな指摘に答えを持たずうろたえたのだろう。


 本来なら僕よりも来歴が長く(位が高く)広く祀られていた神だったのだろうけど、誰かの望みをかなえるためか、誰かを恨んで呪いをかけたのか、どちらにせよ自分の守護を大きく超える強い願いを叶えてしまい、その代償として神でいられなくなったのか。


 僕は本来なら相対することさえ恐れ多いほど高位であった存在をじっと見つめた。それは憐れみなのか悲しみなのか、自分でもよくは判らなかった。


 それよりも傍にいるエニを助けなければ。


 あんな姿であっても彼の方が力が強いだろうけど、彼の守護(生贄の目印)である腕輪は外れている。エニが望んで着けた訳では無いのだから、もう一度付けられる前に逃げればいい。逃げるだけなら、石の力を借りることでこの場から去ることが出来るだろう。


「うおっ、何だ今の光は!?」


 エニにマノリスと呼ばれていた男性は僕が現われた衝撃で手に持っていた腕輪を落とし、眼をしばたかせながら後ずさった。


「あ、アンタ、いったいなんなの?いきなりやってきて…。」


 その向こうからクセニアと呼ばれていた少女が、僕を問い詰めるべく体を付き出して来た。


「おい、お前らそのガキを捕まえろ!どこの村の奴かは知らんが邪魔しやがって、捕まえて売り飛ばしてやる!ガキならキャラバンの連中(あいつら)も高く買ってくれるだろうよ!」


「いい考えね、とう様、こんな時間にこんな場所に来るなんて碌な奴じゃないもの!」


「ふん、こんなところを見られちまったんだ始末するしかない。それにガキが見ちまった内容(この出来事)を言いふらしたとしてもマトモに取り合う奴はいないからな。大人と違って売り飛ばして金にするのが一番ってことさ。」


「うふふ、またお小遣い稼ぎが出来るなんて、エニに感謝しなくっちゃね!」


「お前ら何をしてる!早くそのガキを捕まえろ!」


 しかし、小屋の外にいた男たちがやって来る様子はなかった。どうやら腰を抜かしてうまく動けないみたいだ。


 …人間の前に現れると腰を抜かして動けない(こうなる)事が多いと聞いたことがあったけど、実際にそんな様子見てみるとこういう事かと納得するばかりだ。やはりいきなり人間の前に顕現する(現れる)ことは控えた方が良いのかもなあ。


「チッ…ったく、使えねえな。そこのガキ、大人しくしてろよ。」


「まったく、頼りにならない人達ね!……って、きゃっ!」


 マノリスとクセニアが僕を捕まえようとしたのか足を踏み出した時、クセニアが小石の一つを踏んで足を滑らせてしまった。


 ガタンッ!カツンッ


「あいたたた…。って、何、これ小石、腕輪…?」


 クセニアがしりもちをついた先には、先ほどマノリスが落した腕輪があった。そして、クセニアは思わずそれを拾ってしまった。


「クセニア!?大丈夫か?」


 松明でクセニアを照らしたマノリス。腕輪をしげしてと見つめて


「あら、エニがつけてたこの腕輪。中々きれいな模様じゃない。」


 とクセニアは腕輪を自分の腕に合わせてみた。よほど美しかったのか、その文様に魅入られてしまったのか何のためらいもなく腕に嵌めた。


「おい、やめろクセニア!」


「どうしたのとう様、エニにはもったいない位の良い腕輪じゃない。割れちゃったけど継ぎ細工でもすれば…。」


 カチッ


 ボワッ


 先ほどからじいっと様子を伺っていた()()から、瘴気のような気配が一気に広がった


 ─この小屋の隅にいる腕輪を持った少女。


 ()()は自分への生贄(供物)の定義を思い出し、邪魔な小石(鬱陶しいもの)の向こうにいるエニよりも、襲い掛かりやすいクセニアへと無いはずの頭を向けて襲い掛かった。


「グギャッ! ゲギャッ!」


 バッ、ペタペタペタペタペタッ


「…え?」


 いくら星月の灯りがあって夜にしては明るいと言っても、まともな灯りはマノリスの持つ松明だけ。小屋の奥にいるエニより少し年上なだけの少女が、状況をすぐに理解することは出来なかった。


 その場に座り込んで腕輪をはめたまま、なすすべも無かった。


 僕はしがみついているエニの顔を自分の方へ向けて優しく抱えなおすと耳をふさぎ、これから…この瞬間に起きる惨劇を見えないように聴かせないようにした。


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