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第63話:灼熱のダンジョンマート

深夜二時。


「ダンジョンマート」のバックヤードで、リリスは羽を力なく垂らしながら、新商品のポップ作りをしていた。


「……店長、これ見てくださいよ」

ハサミを持ったまま、リリスがカウンターに立つタナカに声をかける。


彼女のもう片方の手には、棚の最下段で埃を被っていた、どす黒いパッケージの商品が握られていた。


「この猛暑のダンジョンで、誰が『呪いの携帯用カイロ・暖房極きわみ』なんて買うんですか。イラストも燃え盛るおっさんだし、センスが死んでますよ」


タナカは死んだ魚のような目で、パッケージを一瞥した。

「前の店長が仕入れたデッドストックだ。発注ミスだな。……捨てとけ」

「ですよねー」


リリスは手元のハサミでポップの端を切り落とすついでに、その「暖房極」をゴミ箱へと放り投げた。


その瞬間。

ハサミの先端が、パッケージのビニールを僅かに切り裂いたことに、彼女は気づいていなかった。


シュウゥゥゥ……。

「……ん?」


五分後。リリスは額に浮かんだ汗を拭った。

深夜の冷え切ったダンジョンのはずなのに、妙に寝苦しい夜のような不快な暑さが漂い始めている。


「店長、なんか今日、空調弱くないですか?」

「設定温度はいつも通りだ」


タナカが答えた直後、バックヤードの方から「ボッ!」という鈍い音が響いた。


「えっ!?」

リリスが振り返ると、ゴミ箱の中からモウモウと赤い熱気が立ち上っていた。


破れた袋から空気に触れた『暖房極』が、その名の通り極限の酸化発熱を開始し、永久連鎖モードに突入していたのだ。


「て、店長! ゴミ箱が真っ赤になって溶けてます! 熱い熱い熱い!」

「騒ぐな。とりあえずアイスケースの温度設定を『強』にしてこい。溶け始めてる」


タナカは全く動じることなく、レジの裏から「冷やし中華はじめました」の短冊を取り出し、無表情でカウンターに貼り付けた。


「そういう問題じゃないですってば! 店内がサウナみたいになってます!」

リリスの悲鳴を他所に、店内の温度はすでに五十度を突破しようとしていた。


自動ドアが熱気で誤作動を起こし、ウィーンと虚しく開閉を繰り返す。


そこに、ドスドスと重い足音を立てて数人の客が入ってきた。


魔王軍の突撃部隊である、大柄なオークとミノタウロスだった。なぜか全員、上半身裸で汗だくになっている。


「あー……ここ、あったけぇ……」

「ダンジョンマート、ついにサウナ導入したのか……最高だぜ……」


暑さで完全に思考が溶けているのか、彼らはアイスを買うでもなく、レジ前のホットスナックのケースに寄りかかり、満面の笑みで熱唱し始めた。


「魔界の~♪ 炎は~♪ 俺たちの~♪」

「もう何がなんだか! 魔物のお客さんがタンクトップすら脱いで踊り始めましたよ! テンション高すぎ!」


リリスはパニックになりながら、うちわ代わりにポップを必死に扇ぐ。


タナカは額に滲む汗を拭いもせず、「店内での歌唱は他のお客様の迷惑になります」と平坦な声で注意を繰り返している。


その時。

「……暑い。なんだこの不快な空気は」

休憩から戻ってきたグリムが、自動ドアの前に立っていた。


漆黒のフードの下から、不機嫌極まりない死神の眼光が放たれる。


「あ、グリムさん! 助けて! ゴミ箱のカイロが暴走してて!」

「……やかましい。冷えろ」

チャキッ、とグリムが大鎌を構え、一閃した。


死神が放つ「死の冷気」が店内を駆け抜ける。


暴走していた熱気も、歌って踊っていたオークのテンションも、一瞬にしてマイナス三十度の極寒へと強制冷却された。


「さむッ!? なんてことしやがる死神!」

「早く服を着ろ、凍死するぞ!」

ガタガタと震えながら、オークたちが慌てて逃げ出していく。


「……極端なんだよ」

タナカは短くため息をつくと、バックヤードからモップを持ち出してきた。


「お前ら、早く拭き掃除を始めろ。急激な温度変化で、結露して床が浸水してるぞ」

「はいぃ……」


ダンジョン地下99階。

異常なテンションの高ぶりは、いつだって地味な清掃作業によって幕を閉じる。

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