第62話:暗黒騎士とキャンペーンの罠
深夜のダンジョンマートは、今日も底なしの静寂に包まれていた。
「……ジーーー」という冷蔵ショーケースの低い稼働音だけが、BGMのように鳴り続けている。
レジカウンターでは、タナカが死んだ魚のような目で、無心にホットスナックのトングを拭いていた。その横でリリスは、羽を力なく垂らしながら、新商品のポップをハサミで切り抜いている。
自動ドアが、重々しい音を立てて開いた。
入ってきたのは、全身を黒塗りの重装甲で包んだ、いかにも歴戦の猛者といった風貌の暗黒騎士だった。兜の奥からは、赤黒い眼光が漏れ出ている。
彼は無言のまま一直線に栄養ドリンクの棚へ向かうと、少しだけ立ち止まり、その後、キャンペーン用の景品ラックの前でピタリと止まった。
カチャ、カチャ、と金属音を鳴らしながらレジへ近づいてくる。
「いらっしゃいませー」
タナカがトングを置き、抑揚のない声で迎えた。
暗黒騎士がカウンターにコトリと置いたのは、『魔界闘牛のタウリン3000配合・ギガポーション』が一本。
そして、今週から始まったコラボキャンペーンの景品、『魔法少女マジカル・サキュバス』のクリアファイルが、一枚。
タナカは一切の感情を交えず、商品をスキャンする。
「ピッ」
そして、クリアファイルとポーションを交互に見比べ、淡々と告げた。
「お客さん、これ、対象商品『二個』でクリアファイル一枚なんですよ」
暗黒騎士の動きが、ピタリと止まった。
「…………二個?」
兜の奥から、くぐもった、しかし確かな動揺を含んだ低い声が漏れる。
「はい。ギガポーションか、メガマナウォーター、どっちでもいいんで、あと一本持ってきてください」
タナカはポーションを指差し、容赦なくマニュアル通りの説明をした。
「…………」
暗黒騎士は、己の置かれた状況を理解しようと数秒間沈黙した。
魔王軍の先陣を切るこの自分が、深夜のコンビニで、対象商品の数を間違えてレジに並んでしまった。その事実が、彼の中でゆっくりと消化されていく。
「……すぐ、戻る」
暗黒騎士は静かに背を向け、再び金属音を響かせながら栄養ドリンクの棚へと引き返していった。
残されたレジ周辺には、再び「無」の時間が訪れた。
タナカはレジに両手をついたまま、微動だにしない。
リリスはポップを切る手を止め、ただ瞬きをしている。
店内の奥の方で、暗黒騎士が「カチャ……」と慎重にもう一本のポーションを手に取る音だけが、妙に響いて聞こえた。
やがて、暗黒騎士がレジへ戻ってきた。
二本目のギガポーションを、恥ずかしそうに、そっとカウンターへ置く。
「ピッ」
「お会計、六百五十円になります」
暗黒騎士は無言で小銭を出し、クリアファイルと二本のポーションを大事そうに抱えて、足早に店を後にした。
自動ドアが閉まり、再び静寂が戻る。
「……店長」
リリスがぽつりと呟いた。
「なんだ」
「あのクリアファイル、私がモデルやったやつですよね……。なんか、重鎧の人が大事そうに抱えてるの、すごい複雑な気持ちになります……」
「売上貢献、ご苦労様」
タナカはそれだけ言うと、再び無心でトングを拭き始めた。
ダンジョン地下99階。ここでは、血みどろの戦闘よりも、レジ前の気まずい時間の方が長く感じられることがある。
【あとがき:対象商品の行方】
リリス「でも、暗黒騎士さん、一本しか飲まなそうでしたけど」
タナカ「ああいう客は、大体二本目は冷蔵庫の奥に放置して、賞味期限切らして捨てることになる」
リリス「……なんか、リアルすぎて嫌です」
タナカ「キャンペーンの魔力だな」




