第61話:深夜3時の廃棄ジャンケン
深夜三時。
ダンジョン地下99階は、文字通り死んだような静寂に包まれていた。
自動ドアが最後に開いてから、優に二時間は経過している。
バックヤードのパイプ椅子で、タナカ、リリス、グリムの三人が小さな折りたたみテーブルを囲んで座っていた。
彼らの中心には、本日の「戦利品」が並んでいる。販売期限を過ぎた、三つの廃棄弁当である。
「……さて」
タナカが死んだ魚のような目で、三つの弁当を指差した。
「本日のラインナップは、『特盛・ミノタウロス焼肉弁当』、『ダンジョンサーモンの幕の内』、そして……『マンドラゴラの梅しそ和え(小鉢)』だ」
「……明らかに一つ、ハズレが混ざってますね」
リリスが羽を力なく垂らしながら、小鉢を嫌そうに見つめる。
「我は死神。食事など不要……と言いたいところだが、今の我の肉体はカロリーを求めている。焼肉弁当がいいな」
グリムが漆黒のフードの奥で、カチャリと顎の骨を鳴らした。
「話し合いは平行線だな。なら、ルール通りに決めるしかない」
タナカは短くため息をつき、右手を前に出した。
魔界の王や勇者ですら従わせる、ダンジョンマートの絶対的なルール。それはバックヤードの休憩時間においても健在である。
「最初はグー」
タナカの低く平坦な声に合わせ、リリスとグリムも手を出す。
「ジャンケン……」
「ポン」
タナカはパー。リリスはチョキ。
そしてグリムは……骨だらけの指で、不器用なチョキを作っていた。
「……タナカ殿の負けだな」
「店長、弱すぎです」
タナカは無言で『マンドラゴラの梅しそ和え(小鉢)』を手元に引き寄せた。
続いて、リリスとグリムの決勝戦。
「ジャンケン、ポン」
リリスはパー。グリムは再びチョキ。
「あぁっ! また負けた!」
「フッ……我のチョキは死を刈り取る大鎌。そう容易く破れはせん」
「グリムさん、さっきからチョキしか出してないじゃないですか!」
勝者となったグリムは『特盛・ミノタウロス焼肉弁当』を大事そうに抱え込んだ。
リリスは渋々『ダンジョンサーモンの幕の内』を手に取る。
電子レンジの「ピー、ピー」という間の抜けた音が鳴り終わり、それぞれの前に温められた弁当が並んだ。
「「「いただきます」」」
深夜のバックヤードに、割り箸を割る乾いた音が「パツッ」と三回響く。
「……この焼肉、少し筋が硬いな」
「……廃棄ですからね」
「……シャケ、美味しいです」
「……そうか」
タナカは無言で、すっぱすぎるマンドラゴラの梅しそ和えを咀嚼する。
会話はそれで終わった。
店内からは、冷蔵ショーケースの「ジーーー」という低い稼働音だけが聞こえてくる。
世界を滅ぼす魔王も、世界を救う勇者も、今は来ない。
ただ、三人の店員が深夜に廃棄弁当を突いているだけだ。
ダンジョン地下99階。
今日の夜も、果てしなく平和で、どうしようもなく退屈だった。
【あとがき:食後のバックヤード】
リリス「……ふぅ、ごちそうさまでした。やっぱりシャケは安定ですね」
グリム「(シーッ、シーッ……)」
リリス「ちょっとグリムさん、さっきからうるさいんですけど」
グリム「……我の顎骨の隙間に、ミノタウロスの筋が挟まって取れんのだ。」
タナカ「(無言で爪楊枝を差し出す)」
グリム「かたじけない、タナカ殿」
タナカ「……よし、休憩終わりだ。ゴミまとめて、二人とも持ち場に戻れ。俺はマンドラゴラの酸味で胃が痛いから、少しレジ裏でうずくまる」
リリス「店長が一番ダメージ受けてるじゃないですか……」




