副社長は、かつての廃棄物です
ワンコイン買収から、一夜が明けた。
要塞都市アーク・ロイヤルの朝は、かつてないほど騒がしかった。
「ちっ……なんだってワシがこんなことを……」
路地裏で、元・市長が舌打ちをしながら箒を動かしている。
その隣では、神官長が瓦礫の山に座り込み、隠し持っていた高級葉巻を吹かしていた。
「やってられんよ。あの小僧、調子に乗りおって……。見ておれ、隙を見て衛兵を買収し、寝首を掻いてやる」
「そうとも。ワシらは選ばれた民だ。こんな労働、奴隷がやるものだ」
彼らの背中には『株式会社アルト商会・臨時雇用枠(試用期間)』とマジックで書かれたゼッケン。
だが、その態度は更生からは程遠い。
反省も感謝もない。あるのは、奪われた特権への未練と、卑屈な復讐心だけ。
バチィッ!!
「ギャッ!?」
突然、市長の首輪から電撃が走った。
監視ドローンが頭上に浮遊し、赤いライトを点滅させている。
『警告。サボタージュヲ検知。……給与カラ天引キシマス』
「ひぃぃっ!働きます!働きますからぁ!」
市長が慌てて箒を動かす。
無様で、滑稽なダンス。
「……ハッ。人間、そう簡単に変われるもんじゃねえな」
アルトは、瓦礫の山の上からその様子を見下ろし、冷ややかに笑った。
「だが、それでいい。……あいつらは一生、その程度の人間(器)だってことだ」
「社長。……少し、哀れですね」
隣でセレスが呟く。
かつて畏怖していた権力者たちが、今はただの小悪党に見える。
それは、彼女自身が成長し、彼らを見下ろす「高み」に立った証拠でもあった。
「さて。……掃除はドローンに任せて、俺たちは本題に取り掛かるとするか」
アルトは立ち上がり、市長たちの前へ飛び降りた。
「おい新人!休憩は終わりだ!案内しろ!」
「ひっ、社長様!ど、どちらへ!?」
「『大聖堂の地下』だ。……そこに、この星の『内臓』が埋まってるんだろ?」
・ ・ ・
大聖堂の地下深く。
そこには、神聖な雰囲気など微塵もない、異様な空間が広がっていた。
壁一面に張り巡らされた、赤黒いパイプ。
それはまるで、生物の血管のように脈動し、ドクドクと不気味な音を立てている。
古代の遺跡というよりは、巨大生物の体内だ。
「うう……気味が悪い……」
市長が青ざめて後ずさる。
彼らはここを「開かずの間」として封印し、中を見たことすらなかったのだ。
「……ほう。これは驚いた」
同行していたメサイア(元教皇)が、壁のパイプを撫でて感心した声を上げる。
「この構造……『生体循環システム』だね。地脈を血液に見立てて循環させる、惑星規模の人工臓器だ」
「ああ。俺の読み通りだ」
アルトは頷いた。
アーク・ロイヤルは、ただの要塞都市ではない。
かつて古代人が地球を脱出する際、星のエネルギーを吸い上げるために建造した「巨大ポンプ」の真上に作られた街だったのだ。
「ここを拠点にすれば、月と地球を繋ぐエネルギーパイプラインを構築できる。……500円どころか、500兆円の価値がある物件だぜ」
一行は、遺跡の最奥へと進む。
そこには、肉と機械が融合したような、グロテスクな「扉」が鎮座していた。
中央には、ぽっかりと空いた「鍵穴」のような空洞。
だが、それは鍵穴というよりは、何かを待ち構える「口」に見えた。
「ここを開ければ、メインシステムにアクセスできるはずだ。……メサイア、開けられるか?」
「無理だね。これは電子ロックじゃない。『生体認証』だ」
メサイアが首を振る。
「特定のDNA配列を持つ『鍵』を、物理的に読み込ませないと反応しない」
「鍵だァ?そんなもん、どこにあるんだよ」
アルトが市長を睨む。
市長はガタガタと震えながら首を振った。
「し、知らん!ワシらは何も知らん!鍵など見たことも……」
「チッ、使えねえな。……なら、物理でこじ開けるか?」
アルトがシスターズに合図を送ろうとした、その時。
「……あの、社長」
セレスがおずおずと手を挙げた。
「鍵って……もしかして、これのことでしょうか?」
彼女が胸元から取り出したのは、古びた「青いペンダント」だった。
安っぽい金属チェーンに、ガラス玉のような青い石がついているだけの、どこにでもありそうな装飾品。
「なんだそりゃ?お前、そんなの持ってたか?」
「はい。……これは先代の聖女様が持っていた『遺品』です。でも、教会の人たちはこれを『ただの薄汚い石ころ』だと言って、捨ててしまったんです」
セレスは、ペンダントを愛おしげに握りしめた。
「でも、私がゴミ捨て場でこれを拾った時……この石、ほんのり『温かかった』んです。まるで、私を待っていたみたいに」
「……なるほどな」
メサイアがペンダントを覗き込み、納得したように頷いた。
「それは『生体共鳴石』だね。登録された因子(聖女のDNA)を持つ者にしか反応しない、古代のセキュリティ・トークンだ。……凡人にはただの石ころにしか見えないよう偽装されている」
教会の連中にはゴミに見え、セレスにだけは宝物に見えた。
それは偶然ではなく、システムによる厳密な「選別」だったのだ。
「お前らが『ガラクタ』として捨て、セレスだけが『価値』に気づいた。……皮肉なもんだな」
アルトは市長を睨みつけた。
「お前らが捨てた『ゴミ』に、お前ら自身が救われたんだよ。……一生、悔やんで生きな」
市長が地面に崩れ落ちる。
自分の愚かさが、今の絶望的な状況(没落)を招いたのだと突きつけられ、言葉を失う。
「……さようなら」
セレスは、ペンダントを扉の「口」に近づけた。
ジュルッ。
扉の一部が粘液のように変形し、ペンダントに絡みついた。
「うわっ!?」
セレスが手を離す。
ペンダントは扉の中に飲み込まれ――
ガリッ、ゴリッ、バキィッ!!
嫌な音が響いた。
咀嚼音だ。
扉がペンダントを噛み砕き、飲み込んでいる。
「あ、あわわわ……!」
市長が腰を抜かす。
数秒後。
ごくん、という嚥下音と共に、扉の血管が青く発光し始めた。
『――DNA認証、完了。……マスターキー「聖女の涙」、受領シマシタ』
ギギギギギ……ッ!!
肉の扉が左右に裂け、道が開かれた。
砕け散ったペンダントの破片が、キラキラと舞う。
それは、セレスが大切にしていた「過去の思い出」が、物理的に消滅した瞬間でもあった。
「行きましょう、社長」
彼女は前を向いた。
その背中は、かつての自信なげな少女のものではない。
アルト商会・副社長としての、凛とした威厳に満ちていた。
「……ああ。稼ぎに行こうぜ」
アルトが続く。
地下遺跡の奥底。
そこには、星の寿命を蝕む「病巣」と、それを食い物にする「最後の敵」が待っている。




