故郷の価値は、ワンコイン(1G)です
キィン……。
アルトが弾いた金貨が、スローモーションのように空を舞う。
眼下には、爆発寸前の魔獣。
城壁の外には、押し寄せる魔獣の大群。
そして目の前には、プライドと命、そして「その後の地獄」を天秤にかけられ、脂汗を流す市長。
「……あと10秒だ」
アルトが冷徹にカウントダウンを告げる。
「このまま誇り高く死ぬか、俺に全てを売って生き延びるか。……だが市長、勘違いするなよ?」
アルトは、金貨をパシッと空中で掴み取った。
「お前が助かっても、この街が壊滅すれば、お前には『住民への賠償金』と『周辺領主への違約金』……締めて500億ゴールドの負債が残る。生き地獄だ」
市長の顔色が、死人よりも白くなる。
グリードが逃げた今、全ての責任は市長にある。生き残ったとしても、待っているのは借金まみれの破滅だ。
「だが、今この街を俺に売れば……その『負債』も俺が引き受ける。お前は無一文になるが、借金もチャラだ。……どうだ?悪くない『損切り』だろ?」
それは、悪魔の囁きであり、唯一の救済策。
市長の脳内で、プライドが音を立てて崩れ去った。
「う、売る……!売るぞぉぉぉ!!」
市長が泣き叫び、アルトの足元に縋り付いた。
「この街の全権を貴様に譲る!借金も、責任も、全部くれてやる!だから助けてくれぇぇ!」
「……毎度あり」
アルトの口元が吊り上がった。
商談成立。
その瞬間、アルトの懐にある端末が振動し、都市管理システムの「管理者権限」が移行したことを告げる通知が走った。
この瞬間、アーク・ロイヤルはアルト商会の「私有地」となった。
「総員、業務開始だ!!」
アルトが叫ぶ。
同時に、彼の背後で待機していたラビが、弾丸のように飛び出した。
「ラビ!その犬の『首輪』を外せ!爆発まであと3秒!」
「……ん」
ラビが瞬きする間に、膨張するケルベロスの懐に潜り込む。
赤く発光する首輪。複雑な電子ロックと魔術回路で封印された、無理に外せば即起爆する悪魔の装置。
だが、月面育ちの彼女に、地上のセキュリティなど関係ない。
「……重力固定」
ラビの手が紫色の燐光を放つ。
彼女が首輪に触れた瞬間、超高密度の重力が内部機構だけをピンポイントで圧殺し、信管の動きを「時間ごと」凍結させた。
「……ぺったん(強制排除)」
バキィィィンッ!!
機能不全に陥った首輪を、ラビは紙屑のように引きちぎった。
彼女はそのまま、外した首輪を上空へ向かって全力投球した。
「――あ」
市長が間の抜けた声を上げる。
首輪は遥か上空、成層圏近くまでカッ飛び――
カッ……ドォォォォォォォン!!!!!
空中で大爆発を起こした。
衝撃波が雲を散らすが、地上への被害はゼロ。
あまりに乱暴で、あまりに完璧な爆発物処理。
「わんっ!」
拘束から解き放たれたケルベロスが、正気を取り戻して尻尾を振る。
だが、危機は去っていない。
爆音に刺激され、外の魔獣の群れ(スタンピード)が、城壁を乗り越えようとしていた。
「ひぃぃ!まだだ!まだ終わってないぞ!」
「騒ぐな。……ウチの『清掃能力』を見せてやる」
アルトは、空に浮かぶ巨大要塞を見上げた。
そして、スマホを取り出し、短いコマンドを送る。
「ヴォイド。……『残飯処理』の時間だ」
『――ウゥ……。パパ、オナカイッパイ……』
要塞のスピーカーから、ヴォイドの弱々しい拒絶の声が響く。
月面からの帰還で限界まで食べた胃袋は、まだ消化しきれていないのだ。
「甘ったれんな!吐いてでも詰め込め!」
アルトは容赦なく怒鳴りつけた。
「好き嫌いしてんじゃねえ!目障りなゴミを片っ端から腹に収めろ!……胃薬(冷却剤)なら後でやる!!」
『ううぅ……!パパ、オニ……!』
『……デモ、タベルッ!』
ブラック企業の理不尽な命令に、幼いエンジンが泣きながら従う。
要塞の底部にある主砲門が開き、深淵のような闇が凝縮された。
ヒュンッ。
発射音はなかった。
放たれたのは、光ではなく「虚無」。
空間そのものを削り取る、捕食のエネルギー。
ジュルッ……。
城壁の外に群がっていた数千の魔獣が、音もなく消滅した。
蒸発ではない。存在ごと「食われた」のだ。
地面には、魔獣たちがいた形のまま、綺麗なクレーターだけが残されていた。
ゲフゥ……。
クレーターの底から、消化不良のような生暖かい蒸気が立ち上る。
それは、星喰いが限界を超えて詰め込まれた証の、苦しげな「ゲップ」だった。
「……は?」
市長が口をパクパクさせる。
一撃。たった一撃で、人類を脅かすS級魔獣の群れが、跡形もなく食い尽くされた。
これが、星を食う怪物を無理やり働かせる、アルト商会の真の戦力。
「……ふぅ。掃除完了だな」
アルトは鉄パイプを肩に戻し、呆然とする市民たちを振り返った。
「見たか?これが俺たちの『アフターサービス』だ。……ネオ・サンクチュアリなんぞより、よっぽど頼りになるだろ?」
圧倒的な力。
市民たちは、恐怖と畏敬の入り混じった目で、新しい支配者を見つめるしかなかった。
「ポチ……!」
静寂の中、セレスが駆け出す。
彼女は、巨大なケルベロスの首に抱きついた。
「わふぅ……」
体長5メートルの異形の魔獣。見た目は凶悪なサイボーグウルフそのものだ。
だが、ポチはセレスに頬を擦り付け、甘えたような声で鳴いた。
中身は、あの日と変わらない、優しい家族のままだった。
「よかった……本当によかった……」
セレスが涙を流して喜ぶ。
その光景は、殺伐とした戦場に咲いた、唯一の温かい奇跡だった。
「おお、セレスよ!」
その時、空気を読まない声が割り込んだ。
市長だ。
彼は助かった安堵からか、揉み手をしながらセレスにすり寄ってきた。
「無事で何よりだ!ワシは信じておったぞ!お前ならいつか立派な聖女になって戻ってくると!……さあ、積もる話もあるだろう。館で食事でも……」
恥知らずな掌返し。
自分たちが捨てたくせに、強者になった途端に「育ての親」面をする。
だが。
チャキッ。
市長の目の前に、冷たい刃が突きつけられた。
シスターズの剣ではない。
セレス自身が取り出した、契約書の束だ。
「……市長さん」
セレスはポチを撫でながら、冷ややかな瞳で市長を見下ろした。
そこには、かつてのおどおどした少女の姿はない。
「昔話は結構です。……貴方はもう『市長』ではありません」
彼女は契約書を弾いた。
「この街は、たった今『アルト商会』が買収しました。……つまり、貴方はただの『不法占拠者』か、良くて『平社員』です」
「な、何を……」
「シスターズ。……『制服』を」
セレスが指を鳴らすと、SDシスターズが市長を取り囲んだ。
「ひっ、何をするぁめろぉぉぉ!?」
ビリビリビリッ!!
一瞬で、市長の豪華な服が引き裂かれた。
下着姿で寒空に晒された彼の体に、薄汚い「作業用ツナギ」が無理やり着せられる。
背中にはマジックの手書きで『見習い』の文字。
「あ、ああ……ワシのシルクの服が……」
「お似合いですよ、新人さん」
セレスは、聖女の微笑みで告げた。
だが、その裏には、アルトから叩き込まれた「商売人の非情さ」が宿っていた。
「今日から貴方の仕事は、街の瓦礫撤去です。……私たちには、無能な管理職を養う余裕はありませんので」
市長が崩れ落ちる。
故郷の奪還。そして、かつての権力者への完全なる勝利。
それは、たった一枚の金貨から始まった、鮮やかな逆転劇だった。
「……いい笑顔だ、セレス」
アルトは、元市長を見下ろすセレスの横顔を見て、小さく笑った。
復讐ではない。これは「整理整頓」だ。
古いガラクタを片付け、新しい価値を築くための。
「さて、掃除は終わった。……次は『宝探し』だ」
アルトは、街の中心にある大聖堂を見上げた。
この街にはまだ、古代人が隠した「星を救う鍵」が眠っているはずだ。




