契約不履行は、即時撤退(見殺し)です
「総員、害虫駆除(クレーム対応)だ!!……徹底的にやるぞ!!」
アルトの号令と共に、月面戦争を生き抜いた最強の社員たちが、ネオ・サンクチュアリ社の私兵団へ襲いかかった。
「ぺったん!」
ラビが跳躍する。
重力制御で質量を増大させた巨大な杵が、グリードの親衛隊であるパワードスーツ部隊を、アルミ缶のように叩き潰す。
中身(人間)は殺さないよう手加減しているが、高価なスーツは一撃でスクラップだ。
『オ掃除、オ掃除!汚染源ヲ排除シマス!』
SDシスターズがチェーンソーを振るうたびに、自慢の最新鋭警備ドローンが花火のように爆散する。
圧倒的な性能差。
月面技術で武装したアルト商会にとって、地上の兵器など「型落ちのおもちゃ」に過ぎない。
「な、なんだこいつらは!?化け物か!?」
グリードが悲鳴を上げる。
流れ弾一発で、自慢の黄金スーツの「絶対結界」に亀裂が走る。
月面でヴォイドと殴り合ったアルトたちの火力に、地上のシールドが耐えられるはずもない。
「くっ……!役立たず共め!やれ!ケルベロス!そいつらを食い殺せ!」
彼は、最後の頼みの綱である改造魔獣に命令を下した。
ポチの成れの果て、ケルベロスが咆哮し、セレスに向かって飛びかかる。
「ポチ……ッ!」
セレスの足が止まる。
かつて愛した家族に、攻撃魔法を撃つことなどできない。
「グルルァァァッ!!」
魔獣の牙が、セレスの喉元に迫る。
だが。
ガギィィィンッ!!
その顎を、横から伸びた「強化鈍器(元・鉄パイプ)」が受け止めていた。
「……悪いな、ワンちゃん。飼い主がクソだと苦労するな」
アルトだ。
彼は強化外骨格の出力だけで、体長5メートルの魔獣を押し留めている。
パイプに巻かれたコイルが唸り、魔獣の牙と激しく火花を散らす。
「伏せろッ!!」
ドゴォォッ!!
アルトが鈍器を振り抜き、ケルベロスを横殴りに吹き飛ばした。
キャンッ!
悲痛な鳴き声を上げて、魔獣が瓦礫の山に突っ込む。
「ひっ……!?」
グリードが後ずさる。
勝てない。暴力の桁が違う。
このままでは、自分が「害虫」として駆除される。
「……野蛮人どもめ。よかろう、契約解除だ」
グリードは、懐からリモコンを取り出し、歪んだ笑みを浮かべた。
彼の目から、戦意が消え、冷徹な計算の色が浮かぶ。
「金にならない客(街)も、手に負えないクレーマー(貴様ら)も、まとめて『損切り(カットロス)』させていただきます」
ポチッ。
彼がスイッチを押した瞬間。
街の四方に設置された「結界塔」が、変形し、どす黒い煙を噴き上げた。
ブシュウウウウウウッ!!!
それは今までとは比較にならない濃度の「超・誘引フェロモン」だった。
風に乗って、死の匂いが周囲の荒野へ拡散していく。
「なっ……!?お前、何をした!?」
「集客ですよ。……この街の全方位から、S級魔獣の群れ(スタンピード)をご招待しました」
グリードの背中のスラスターが点火する。
彼は一気に空へと舞い上がった。
「私は撤退します。……金のない街を守る義理はありませんからね」
「逃がすかよッ!シスターズ、撃ち落とせ!」
アルトが叫ぶ。
シスターズが一斉にレーザーを構える。
だが、グリードは空中でリモコンを操作し、残忍に告げた。
「おっと、無駄ですよ。……私の『盾』をお忘れなく」
ピピッ。
彼がコマンドを入力した瞬間。
瓦礫の中で倒れていたケルベロス(ポチ)の「赤い首輪」が、太陽のように眩く発光し始めた。
同時に、魔獣の体内に埋め込まれた魔石炉心が臨界点を超え、凄まじい熱量を放出し始める。
「――自爆モード、起動」
カッ!!!!
強烈な熱源反応と魔力波が、アルトたちのセンサーを焼き尽くす。
ロックオンが外れ、レーザーの照準がブレる。
『警告!高熱源体、至近距離!センサー飽和!』
『熱量増大!……小型核弾頭クラスデス!』
「なっ……!?ポチを『デコイ(囮)』にしたのか!?」
アルトが歯噛みする。
グリードは、ポチの自爆エネルギーを「チャフ」として利用し、自身の逃走ルートを隠蔽したのだ。
今撃てば、誘爆して街ごと吹き飛ぶ。手が出せない。
「プレゼントですよ、聖女様。……貴女が愛した駄犬と共に、この汚いスラムごと消し飛びなさい!」
高笑いと共に、グリードは黒い霧の彼方へと飛び去っていった。
「あ……あぁ……」
残されたのは、絶望だけ。
街の外からは、フェロモンに呼び寄せられた数千の魔獣の地響きが、津波のように迫ってくる。
そして目の前では、愛するポチが、灼熱の爆弾となって今にも破裂しようとしている。
「ポチ……!嫌っ、死なないで!」
セレスが叫び、走り出した。
熱波で髪が焦げるのも構わず、膨張するポチの元へ飛び込もうとする。
「離して!あの子を助けなきゃ!」
「馬鹿野郎!死ぬ気か!」
アルトが後ろからセレスの腰を掴み、強引に引き止める。
強化外骨格の腕力でなければ、振りほどかれていただろう。それほどまでに彼女は必死だった。
「だって……!私のせいで……!解除コードを!彼を逃がさないでよぉぉ!!」
セレスがアルトの腕の中で泣き叫び、暴れる。
その悲痛な声が、広場に響き渡る。
爆発まで、あと数分。解除コードはグリードしか知らない。
「お、終わりだ……!街が、終わる……!」
市長が腰を抜かし、神官たちが祈り始める。
誰もが死を覚悟した。
だが。
その絶望の中心で、ただ一人、暴れるセレスを抱えながら、ため息をついている男がいた。
「……やれやれ。とことん三流だな、あいつは」
アルトだ。
彼は焦る様子もなく、セレスをなだめながら、膨れ上がる魔獣(爆弾)の前に歩み出た。
そして、市長の方を振り返り、冷たく言い放った。
「おい、市長」
「ひっ……!助けてくれ、頼む!」
「あいつは『契約不履行』を起こして逃げた。……つまり、この街の防衛契約は白紙だ」
アルトはポケットから一枚の「硬貨」を取り出し、親指でピンと弾いた。
キィン……。
黄金の輝きが、空中で回転する。
「今、この街の『価値』はマイナスだ。放っておけば数分で地図から消える不良債権だ。……だが」
彼は、迫りくる魔獣の群れと、目の前の自爆魔獣を指差した。
「俺が買い取ってやるよ。……『ワンコイン(1G)』でな」
外では魔獣の咆哮。内では爆発のカウントダウン。
究極の極限状態で行われる、史上最安値のM&A。
「選べ。……このまま『誇り高い死体』になるか、俺に全てを売って『惨めな生存者』になるか」
アルトの目が、悪魔のように、あるいは慈悲深い神のように細められた。




