偽救世主は、マッチポンプの詐欺師です
黄金の聖女像が粉砕され、中から泥と小銭がぶちまけられたアーク・ロイヤル中央広場。
その喧騒を切り裂くように、上空から派手なファンファーレが鳴り響いた。
パパラパッパパー!!
「おやおや、困りますねえ。私の大切な『集金箱』を壊すなんて」
空から降りてきたのは、全身を金色の装甲で覆った、悪趣味なパワードスーツだった。
背中には無駄に大きなスラスター。胸には「NeoSanctuary」の社章が輝いている。
そのスーツの周囲には、蜂の巣状の「光の結界」が常時展開されており、瓦礫の埃ひとつ寄せ付けていない。
「私はこの街の守護者、ネオ・サンクチュアリ社CEOの『グリード』です。……野蛮なテロリストの諸君、損害賠償を請求しても?」
グリード。この街を支配し、魔獣から守る(という名目で搾取する)新興企業の社長。
彼が堂々と前線に降りてきたのは、蛮勇からではない。その身に纏う、鉄壁の防御への絶対的な自信ゆえだ。
「……テロリストか。おたくの警備員よりはマシなつもりだがな」
アルトは、肩に担いだ武器を鳴らした。
それはただの鉄パイプではない。月面での激戦を経て、アダマンタイトの破片で補強され、高圧電流のコイルが巻き付けられた、凶悪な「強化鈍器(元・鉄パイプ)」だ。
バチチッ……と散る火花が、彼の苛立ちを表している。
「嘆かわしい。愚民どもに『信仰』という安らぎを与え、その対価として小銭を頂く。……これぞ完璧な循環型ビジネスモデルではありませんか。それを暴力で壊すとは、野蛮極まりない」
「中身のない信仰を売りつけるのは、ビジネスじゃねえ。詐欺だ」
アルトが吐き捨てる。だが、グリードは余裕の笑みを崩さない。
「言葉が過ぎますね。……まあいいでしょう。私の『効率化』の成果をお見せしましょう」
グリードが指を鳴らす。
すると、彼の背後の空間が歪み、鎖に繋がれた巨大な「魔獣」が姿を現した。
転送されてきたのは、体長5メートルの巨獣。狼のような姿をしているが、その体は継ぎ接ぎだらけで、あちこちに機械が埋め込まれている。
三つの首を持ち、目は白濁し、口からは絶えず涎を垂らしていた。
「紹介しましょう。私の忠実なペット、『ケルベロス』です」
グルルルル……ッ。
魔獣が低い唸り声を上げる。
その姿を見た瞬間、セレスが息を呑む。
「……嘘」
彼女の視線は、魔獣の真ん中の首元に食い込んだ、古びた「赤い首輪」に釘付けになっていた。
それは、機械部品ではない。手編みの、粗末な首輪。
巨大化した肉体にはサイズが合わず、皮膚に深くめり込み、血が滲んでいる。
「ポチ……?あなた、ポチなの……?」
セレスの声が震える。
かつて、この街の修道院にいた頃、ゴミ捨て場で雨宿りを共にし、彼女がこっそり餌をあげていた野良犬。
痩せっぽちで、弱くて、でもセレスにだけは尻尾を振ってくれた、小さな命。
「おや?ご存知でしたか」
グリードが愉しげに笑う。
「ええ、素材はこの街で拾った駄犬です。魔獣の細胞を移植し、脳に制御チップを埋め込んで、最強の兵器にアップグレードしてあげましたよ。……どうです?素晴らしい『資産価値』でしょう?」
魔改造。
小さな命を弄び、理性を奪い、殺戮兵器に作り変える。
それを「アップグレード」と呼ぶ神経。
「……ッ」
セレスが俯く。
ポロポロと、大粒の涙がこぼれ落ちる。
だが、その手はドレスの裾を強く握りしめ、白くなっていた。
「……どうして、こんなことを」
「効率化ですよ、お嬢さん。野垂れ死ぬ運命だった畜生に、『兵器』としての役割を与えてやった。これぞSDGs(持続可能な開発目標)だ」
グリードは悪びれもせず、両手を広げた。
「ゴミ(野良犬)を拾って、価値ある商品(兵器)に変える。……君たちの社長も似たようなことをしているだろう?私たちは同類だよ!」
「……」
その言葉を聞いた瞬間。
セレスの涙が、ピタリと止まった。
彼女はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、慈悲も、悲しみも、迷いもない。
あるのは、底冷えするような「業務的殺意」だけだった。
ブゥゥゥゥゥゥン……!!
彼女のドレスが、感情に呼応して赤熱し、周囲の空気が歪むほどの魔力を放ち始める。
「……グリード社長」
セレスの声が、鈴を転がすように美しく、そして絶対零度のように冷たく響いた。
「貴方の『効率化』は、美しくありません」
「あ?」
「ゴミを宝に変えるのは『愛』です。貴方がやったのは、ただの『破壊』です」
セレスは、聖女の微笑みを浮かべたまま、スッと右手をかざした。
そこには、圧縮された重力魔法の輝きが収束していく。
「貴方の存在は、この星にとって無駄なスペース(デッドスペース)です。……これ以上の非効率は見過ごせません」
彼女は、小首をかしげて提案した。
「物理的に圧縮して、体積を効率化して差し上げましょうか?」
「な……ッ!?」
「えっと、社長がよく仰っていましたね。こういう時は……そう」
セレスは、無邪気な笑顔で、アルトから教わった(と信じている)最強の魔法の言葉を唱えた。
「『ZIP形式(高圧縮)』で参りますね♪」
「……は?」
グリードが、そしてアルトが同時に固まる。
ZIP形式。
それはデジタルデータの圧縮方式。物理的な人間に対して使う言葉ではない。
だが、セレスは「すごく小さくする魔法の言葉」として完全に誤用し、しかも完璧に実行しようとしていた。
「おいセレス!?お前、どこでそんな言葉を……!」
「社長の独り言です!『あー、この荷物ZIPで送れねえかなー』って!……私、勉強しました!」
キラキラした目で報告するセレス。
アルトは頭を抱えた。
「(育て方を間違えたか……?いや、間違えたな……!)」
だが、もう止まらない。
セレスの重力波が、グリードの黄金スーツをミシミシと圧迫し始める。
「ひぃっ!?く、来るな!化け物め!」
「さあ、圧縮(ZIP)の時間ですよ?解凍できないくらい小さくしてあげますね♪」
グリードが悲鳴を上げる。
自慢の「絶対結界」に亀裂が走り、スーツがひしゃげていく。
「くっ……!役立たず共め!やれ!ケルベロス!そいつらを食い殺せ!」
彼は、最後の頼みの綱である改造魔獣に命令を下した。
ポチの成れの果て、ケルベロスが咆哮し、セレスに向かって飛びかかる。
「総員、害虫駆除(クレーム対応)だ!!……徹底的にやるぞ!!」
アルトの号令と共に、月面戦争を生き抜いた最強の社員たちが、ネオ・サンクチュアリ社の私兵団へ襲いかかった。




