地球への帰還は、侵略者の顔で
ゴオオオオオオオオオオッ……!!!!
大気が悲鳴を上げていた。
成層圏を突き破り、燃え盛る流星となって落下してくるのは、かつて天空都市と呼ばれた超巨大質量――「対惑星攻略要塞アルト・アガルタ」。
その前面には、月面で解体した神殿船「ネフィリム」の残骸が、即席の「耐熱シールド」として張り付けられている。
数千度の摩擦熱で装甲がドロドロに溶け落ちる中、ブリッジでアルトは眼下に広がる故郷の姿を見下ろしていた。
「……酷いもんだな」
かつて青かった星は、今やドス黒い「魔素の霧」に覆われていた。
大地はひび割れ、海は濁り、文明の灯火は風前の灯火だ。
星の寿命が尽きかけ、免疫不全(魔獣の大量発生)を起こしている末期の姿。
「これじゃあ、査定額(資産価値)はマイナスだぞ」
「社長。着陸地点、予測コースに入りました」
副社長席で、セレスがモニターを睨む。
映し出されたのは、霧の隙間にかろうじて残る人類の拠点――要塞都市「アーク・ロイヤル」。
そこは、かつて彼女が「無能」と罵られ、石を投げられ、捨てられた故郷。
「……変わり果ててしまいましたね」
セレスの声が震える。
かつての美しい石造りの街並みは崩れ、スラムのようなバラックがへばりついている。
彼女は、ドレスの裾をギュッと握りしめた。
悲しみではない。かつて守れなかったものへの、今度こそ守り抜くという「覚悟」が、その瞳に宿る。
「泣いてる暇はねえぞ、セレス。……手荒い歓迎が来る」
アルトの警告と同時に、地上のネオ・サンクチュアリ社防衛部隊が動いた。
『対空防衛システム、起動!迎撃ミサイル、全弾発射!』
『さらに「都市防衛用・絶対障壁」展開!隕石だろうと防ぎ切る!』
地上の司令官が絶叫する。
雨あられと降り注ぐミサイルの豪雨。そして、着地点の基地上空には、蜂の巣状の光り輝く「多重結界」が展開された。
物理攻撃も魔法も通さない、鉄壁の守り。
「防ぐ?……ハッ、食い破るんだよ!」
アルトは嘲笑い、コンソールの「給餌ボタン」を叩き込んだ。
「ヴォイド!『おやつ』の時間だ!全部食っちまえ!」
『――Zzz……。パパ、オナカイッパイ……ネル……』
スピーカーから、ヴォイドの寝息が聞こえてくる。
月面からのワープで全エネルギーを使い果たし、システムがスリープモード(消化中)に入っているのだ。
このままでは、ただの巨大な的として撃墜される。
「寝てんじゃねえ!デザートは別腹だろォがッ!!」
アルトは操縦席の下にある「緊急用高電圧ケーブル」を引きちぎり、剥き出しの配線を炉心接続ポートに直接突き刺した。
「起きろクソガキ!!『電気ショック(目覚まし)』だ!!」
バチチチチチッ!!
『ギャッ!?ビリビリッ!?』
ヴォイドが悲鳴を上げ、反射的にシステムを再起動させる。
強制覚醒。驚きで開いた「捕食口」が、眼前に迫るミサイル群を捉える。
『ナ、ナニ!?虫ガ、イッパイ……!』
「虫じゃねえ、エサだ!食わなきゃ痛いぞ!」
ブォンッ……!
要塞の周囲に、青白い歪み――「ヴォイド・シールド(空間捕食盾)」が強制展開された。
いやいやながら開いた口が、ミサイル群に吸い付く。
ジュルッ、ジュルッ、バクッ。
「な、なんだ!?ミサイルが消えた!?」
「結界だ!我々のイージス・フィールドなら……!」
地上の司令官が叫ぶ。
だが、ヴォイド・シールドは止まらない。
ミサイルを飲み込んだ勢いのまま、基地上空に展開された「絶対障壁」へと食らいついた。
ガブリッ!!
空間を抉り取る咀嚼音。
鉄壁を誇った光の結界が、飴細工のように噛み砕かれ、ヴォイドの胃袋へと吸い込まれていく。
「ば、馬鹿な……!?結界が『食われた』だと!?」
「化け物だ……!防御不能!落ちてくるぞぉぉ!」
地上の防衛隊がパニックに陥る。
圧倒的な質量と、理不尽な捕食。
要塞は減速すらせず、防衛隊が展開する基地の真上へと、正確無比に降下していく。
「社長!障壁は食い破りました!このままでは激突します!逆噴射を!」
「ヴォイドはもう限界だ!エンジンが吹かせねえ!」
「えっ!?」
「なら、『物理』で曲げるまでだ!」
アルトは操縦桿を放し、緊急レバーを引いた。
「重力アンカー、右舷射出ッ!!」
ガシュンッ!!
要塞の側面から、巨大な鎖付きアンカーが射出され、地上の岩盤に突き刺さる。
ギリギリギリッ……!!
鎖が張り詰め、数億トンの質量が遠心力で強引に軌道を変える。
エンジンに頼らない、力技のドリフト。
「狙いは敵の司令部ビルだ!……ブレーキなんていらねえ、全重量で踏み潰せェェェッ!!」
ズドォォォォォォォォォン!!!!!
着陸。
いや、それは「脱皮」のような爆砕だった。
着地の衝撃で、外殻となっていたネフィリム号の残骸が粉々に砕け散り、周囲へ飛び散る。
その中から、無傷の漆黒の巨体が、生まれ変わった魔王のように姿を現した。
司令部ビルは、豆腐のように押し潰され、跡形もなく消滅していた。
爆風が周囲の魔獣ごと森を吹き飛ばし、巨大なクレーターを形成する。
もうもうと立ち込める土煙。
その中から、プシューッ……と蒸気を吹き出しながら、アルト・アガルタが鎮座していた。
ガコンッ。
ハッチが開く。
静まり返った戦場に、一人の男の声が響き渡った。
『――あー、テステス。……地上の皆様、こんにちは』
要塞の外部スピーカーから流れる、軽薄な声。
土煙が晴れ、タラップの上に立つ影が見える。
ガスマスクをつけ、鉄パイプを担いだ男。
その隣には、神々しいドレスを纏い、毅然と前を見据える聖女。
そして、凶悪な武装をしたメイド軍団。
「あ、あれは……?」
「人、間……?」
生き残った防衛隊の兵士たちが、瓦礫の隙間から震えながら銃を向ける。
アルトは彼らを見下ろし、足元の瓦礫(かつて司令部だったもの)を、愛用の安全靴でグリグリと踏みにじった。
『おっと、失礼。着陸スペースが狭くてな。……そこに「粗大ゴミ(お前らの基地)」があったんで、整地させてもらったぜ』
悪びれる様子など微塵もない。
彼は、破壊した敵の死骸を足場にして、高らかに宣言した。
『本日より、このエリアは「アルト商会」が接収しました。不法占拠していた「前の業者」は、ただいま物理的に退去いただきましたのでご安心を』
それは、救済の言葉ではない。
一方的な「侵略者」の宣言。
「さて、セレス。……久しぶりの里帰りだ」
アルトは、遥か向こうに見える都市アーク・ロイヤルの城壁を睨みつけた。
「まずは『挨拶回り』といくか。……手土産(請求書)を持ってな」
セレスは、眼下に広がる荒野を見つめた。
ここには、自分を捨てた人々がいる。
そして何より――かつて心を通わせた、小さな命の記憶がある。
(……ポチ。今、帰るよ)
彼女は胸の中で、かつての友に呼びかけた。
そして顔を上げ、迷いのない瞳でアルトに頷いた。
「はい。……行きましょう、社長」




