決算報告、そして凱旋へ
「逃がすな!……俺たちの『翼』になれェェェッ!!」
アルトの絶叫と共に、ウインチが悲鳴を上げて巻き取られる。
無数のアンカーに捕らえられた星喰いヴォイドの巨体が、ズルズルと要塞の底部――特設された「生体炉心格納庫」へと引きずり込まれていく。
ギャオオオオオッ……!!
怪物が抵抗するたびに、月面の大地が砕け、要塞が軋む。
だが、ラビの重力プレスと、セレーネの分解鱗粉、そしてセレスの祈りによる拘束は、神話級の怪物を確実に追い詰めていた。
ガコンッ!!
ついに、ヴォイドの全身が格納庫に収まり、装甲ハッチが閉鎖された。
捕獲成功。
だが、本当の闘いはここからだった。
「急げ!接続だ!回路が焼き切れる前に同調させろ!」
アルトがコンソールを叩きまくる。
格納庫内では、暴れるヴォイドに対し、無数の接続プラグが突き刺さろうとしていた。
だが、モニターには無情なエラーメッセージが並ぶ。
『エラー!生体波長、不一致!』
『言語プロトコル、解読不能!……リンクできません!』
「クソッ、やっぱりか!言語が違いすぎる!」
相手は宇宙から来た珪素生命体だ。地球人の魔導規格(OS)で制御できるはずがない。
無理に接続すれば、逆流したエネルギーで要塞ごと自爆する。
「社長!『ベリアルの義眼』を使っても、解析が追いつきません!感情が……ノイズが大きすぎます!」
シスター・ワンが悲鳴を上げる。
義眼の演算能力をもってしても、宇宙怪獣の思考はカオスすぎて翻訳できないのだ。
ただ「暴れたい」「寂しい」「腹減った」という原始的な衝動が、膨大なデータ量となって押し寄せてくる。
「……ッ、ここまで来て、言葉が通じねえってか!」
万事休すか。
その時、セレスが動いた。
「私が……やります」
彼女は操縦席を飛び出し、格納庫へのメンテナンスハッチを開けた。
「おい待てセレス!中は高濃度の魔力汚染区域だぞ!?」
「言葉が通じないなら……『心』を読みます!」
セレスは止まらなかった。
彼女は格納庫のキャットウォークを走り、暴れるヴォイドの頭上へと躍り出た。
そして、躊躇なくそのクリスタルの表皮に、素手で触れた。
「(聞こえますか……?あなたの声を、聞かせて)」
ビシッ!
接触した瞬間、セレスの脳内に、言葉にならない「感情の奔流」が流れ込んできた。
暗い宇宙を漂う孤独。
親にはぐれた不安。
そして、何もかもを喰らい尽くしたいほどの、強烈な飢餓感。
「(……っ、痛い……!寂しいのね……お腹が空いて、怖いのね……!)」
セレスは、その濁流のような感情を、聖女の魂で受け止めた。
拒絶せず、恐れず、ただ受け入れる。
そして、その「感情」を、彼女自身の魔力で「言語」へと変換し、義眼へと送信した。
「社長!今です!私が『通訳』します!義眼でデータを拾ってください!」
アルトは目を見開いた。
セレスが、人間と怪物の間を取り持つ「生体変換アダプタ」になったのだ。
聖女の共感能力と、科学の演算能力。
その二つが融合した、奇跡のハイブリッド翻訳。
「……よくやった、副社長!繋ぐぞッ!」
アルトは義眼をコンソールに直結させ、エンターキーを叩き込んだ。
『――生体反応、翻訳完了』
『感情データ、言語化シマス』
その瞬間。
要塞のメインモニターに、ノイズが走り――幼い子供のような文字が浮かび上がった。
【……ママ?……チガウ。ママ、イナイ】
【オウチ……カエリタイ……】
「……あ?」
スピーカーから聞こえてくるのは、ヴォイドの意識と統合された、たどたどしいナビ音声。
それは、世界を滅ぼす怪物の声ではなく、迷子の子供の泣き声だった。
「……へっ。やっぱりガキじゃねえか」
アルトは安堵の息を吐き、マイクを握った。
「よう、迷子。ママはいねえが、新しい『パパ(オーナー)』ならここにいるぞ」
【パパ……?】
「ああ。俺の言うことを聞けば、お家(地球)に帰してやる。……ついでに、腹一杯『ゴハン』も食わせてやるよ」
【……ゴハン!ゴハン、タベル!】
食欲。
その単語が出た瞬間、ヴォイドの敵意が消滅した。
システムがオールグリーンに変わる。
制御成功。
怪獣は今、アルト商会の「従順なエンジン」へと生まれ変わった。
ピピピピピッ!!
その時、通信機がけたたましい警報音を鳴らした。
地球からの、緊急SOS信号。
『……こちら、アーク・ロイヤル市長!誰か、誰か聞こえないか!』
『化け物が!地下から巨大な植物が……!街が飲まれる!助けてくれぇぇ!』
モニターに映し出されたのは、地獄絵図だった。
地球の地表が割れ、そこから無数の「黒い根」が噴出し、都市を侵食している。
グリードを取り込んだ「親ヴォイド」が、セレスの歌に呼応して完全覚醒し、食事(捕食)を始めたのだ。
「チッ……!間に合わなかったか!」
「社長!急ぎましょう!このままじゃ故郷が……!」
セレスが叫ぶ。
だが、月と地球の距離は38万キロ。
通常の航行では数日かかる。それでは手遅れだ。
「……やるしかねえな」
アルトは、覚悟を決めた目でモニターを見た。
そして、通信機で叫んだ。
「セレーネ!ラビ!倉庫にある『在庫』を全部持ってこい!……マスドライバーで送りきれてない分、全部だ!」
『なっ!?貴様、正気か!?アレは月面復興のための……』
「つべこべ言うな!地球がなくなれば『続編』も見れなくなるぞ!」
アルトは叫び返した。
「いいか、アガルタ(ガメル)に送った分は『老後の蓄え』として温存だ!……だが、今ここにある『手持ちの現金』は、全部このエンジンに突っ込むぞ!!これが俺たちの旅費だ!」
要塞の搬入口が開く。
そこへ、月面で稼ぎ出した残りの財産――「純度99.9%のミスリルインゴット」や「高純度魔石」の山が、雪崩のように投入された。
国家予算が霞むほどの、天文学的な資産。
それを、アルトは躊躇なく「ヴォイドの餌箱(燃料タンク)」へと放り込んだ。
「食え、ヴォイド!……全部やる!俺の財布を空にしてみろ!!」
ガリッ、ゴリッ、バキィッ!!
格納庫で、ヴォイドが歓喜の声を上げてミスリルを噛み砕く。
超高密度のエネルギーが炉心で炸裂し、出力ゲージが限界突破を振り切る。
【エネルギー充填率、120%……200%……500%!!】
「すごい……!これなら、一瞬で地球まで跳べます!」
セレスが喜ぶ。
だが、シスター・ワンが、冷静かつ無慈悲な分析結果を告げた。
『警告デス、マスター。……ヴォイドの生理データを解析シマシタ』
「なんだ?」
『コイツ、食ベ過ギルト眠クナル仕様デス。……これだけの量ヲ食ベタラ、地球ニ到着シタ瞬間、消化ノタメニ「完全休眠モード」ニ入リマス』
「……は?」
アルトの動きが止まる。
休眠モード。つまり、エンジン停止。
地球に着いた瞬間、この要塞はただの鉄屑になり、エネルギー残量はゼロになる。
「つまり……帰りの燃料も、戦うためのエネルギーも、着いた時点で『スッカラカン』ってことか?」
『肯定。……残ルノハ、予備電源(残りカス)ノミデス』
絶望的なデバフ。
最強の状態で殴り込むはずが、着いた瞬間に最弱になるという罠。
普通なら、作戦中止だ。
だが。
アルトは――笑った。
清々しいほどに、馬鹿げた笑い声を上げた。
「ハッ、上等じゃねえか!!」
彼は操縦桿を握りしめ、前方の青い星を睨みつけた。
「行ってやるよ!……向こうに着いたら出力10%以下、所持金ゼロ!まごうことなき『背水の陣』だ!」
失うことを恐れていては、商売はできない。
全てを賭けて(ベットして)、勝って取り戻す。それがアルト商会の流儀だ。
「聞け、野郎ども!……これは『片道切符』だ!」
アルトの号令が、全艦に響き渡る。
「帰りの燃料なんざねえ!マスドライバーも人間は撃てねえ!……降りたら最後、勝つまで帰れねえぞ!それでも行くか!?」
『『『イエッサー!!』』』
シスターズが、ラビが、そしてセレーネが応える。
セレスが、隣で力強く頷く。
「行きましょう、社長。……私たちの『未来』を、買い戻しに!」
出発の直前。
アルトは外部スピーカーを開き、地上に残る者たちへ最後の指示を飛ばした。
『おいガンド!それに王宮の衛兵たち!……留守は任せたぞ!』
「ボ、ボス!?」
『我々がいない間、ガメル(工場長)がアガルタから遠隔指示を出す!……奴に従ってマスドライバーを撃ち続けろ!地球についても弾切れは許さんぞ!分かったなァッ!!』
「お、おう!任せろ!月中の岩を引っこ抜いてでも送ってやる!」
元マフィアのガンドたちが拳を突き上げる。
これで、補給線は確保した。
「よし!……ヴォイド、全開だ!地球までひとっ飛びだぞ!」
【アイアイサー!……オウチ、カエル!!】
ドォォォォォォォォォン!!!!!
要塞の底部から、青白い次元波動が噴出した。
重力が歪み、月面が遠ざかる。
視界いっぱいに広がる星の海。そして、その中心で待つ故郷。
ヒュオオオオオオオッ!!!!
閃光。
月軌道を離脱した巨大要塞は、流星となって地球へと墜ちていく。
全財産を燃やし、退路を断った、史上最大の「特攻」。
それは、星を救うための、優しくて強欲な「侵略」の始まりだった。




