月の女王は、解釈違いに厳しい厄介オタクです
月面全土を巻き込んだ「文化侵略(電子降臨祭)」により、貴族社会は崩壊した。
統治機能は麻痺。残る敵は、最上層の王宮「ルナ・パレス」に引きこもる、月の女王セレーネのみ。
「ここだ。『玉座の間』」
突き当たりにある、巨大な扉。
アルトはシスター・ワンに目配せする。
『了解。……失礼シマス』
ドゴォォォン!!
ワンのパイルバンカーが、扉を蝶番ごと吹き飛ばす。
土煙の中、アルトたちは堂々と踏み込んだ。
「チェックメイトだ、女王陛下!観念して……あ?」
アルトの言葉が止まる。
そこは、玉座の間ではなかった。
薄暗い空間。
壁一面には、厳重な「時間凍結結界」が張られたショーケースが並んでいる。
その中には、スラムで見かけた「聖典」のバックナンバーが全巻揃い、色あせたフィギュアや、額装された「萌え絵の抱き枕カバー」が神々しく鎮座していた。
「……おい。これ、スラムで売ってた『聖典』の山じゃねえか」
「いえ、社長。これらは……『地球からの漂着物』です」
セレスが呆然と呟く。
星喰いヴォイドの空間共鳴により、数千年の間に地球からランダムに転送されてきたサブカルチャーの残骸。
それを「神の遺産」として収集し、解釈し、崇めてきたのが、この月の王家だったのだ。
つまり、ここは――
「『痛部屋』かよ……!」
神聖なる王宮の最奥が、限界オタクのコレクションルームだったという衝撃。
「――よくも」
その時、部屋の中央にある祭壇から、震える声が聞こえた。
女王セレーネが、タブレット端末(配信画面)を握りしめて立っていた。
透き通るような銀髪と、赤い瞳。絶世の美女だが、その右半身は鉱石化病の水晶に覆われている。
「よくも……我々の『神学』を……!」
彼女が振り返る。その顔は、怒りと涙でぐしゃぐしゃだった。
「ひどい……っ!あまりにも、残酷すぎる……!」
「あん?何がだ?」
「黙りなさいッ!!なんだあの配信は!『猫耳』の解釈が浅すぎる!!」
セレーネが絶叫した。
「古代の文献によれば、『猫耳』とは獣性と理性の融合!内なる野生を制御できぬ葛藤の象徴であるはずだ!なのに貴様らの『ワンちゃん』はなんだ!?ただ媚びているだけではないか!?」
「……は?」
「この聖骸布(抱き枕)を見なさい!この『恥じらい』と『恍惚』が入り混じった表情!これこそが神の多面性を示唆する崇高な芸術なのだ!それを……それを貴様らは、ただの『記号』として消費した!」
大真面目な顔で、抱き枕カバーの表情を神学的に解説する女王。
彼女にとって、アルトたちのエンタメは「解釈違い」という名の冒涜だったのだ。
「許さん……!国を奪うだけならまだしも……私の『推し(聖域)』を汚すことは、許さない!」
セレーネが祭壇の奥にあるレバーを引いた。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
床が割れ、地下から巨大な影がせり上がってくる。
蛾の羽を持つ巨大な人型兵器。古代文明の最終兵器「月光蛾」。
「粛清します!にわかオタク共め!永遠に続く『考察』の彼方に消えなさい!」
セレーネが兵器に搭乗する。
月光蛾の羽が輝き、全てを分解するナノマシンの鱗粉を撒き散らし始めた。
「ちょ、社長!ヤバいです!あれ、触れたら分解されますよ!?」
「知るかよ!なんでオタクの喧嘩で世界が滅びかけなきゃならねえんだ!」
アルトは鉄パイプを構えたが、相手は浮遊している上に、触れるだけで即死のバリア持ちだ。物理攻撃が通じない。
シスターズの弾幕も、鱗粉に阻まれて届かない。
「死ねぇぇぇ!貴様らごとき、『逆カプ撲滅の雷』で……!」
セレーネがトリガーに指をかける。
万事休すか。
その時、アルトの脳裏に閃きが走った。
相手は、数千年前の「続き」を知らないまま、断片的な情報だけで妄想を膨らませてきた古代オタクだ。
ならば、現代人(転生者)である自分には、最強の武器がある。
アルトは懐から、一枚の黒い板を取り出した。
それは、ガメル工場長が「ゴミ」として仕分けていた漂着物コンテナの中から、アルトがこっそりくすねておいた「大容量電子書籍端末」だった。
「待てェェェッ!!撃ってみろ!!」
アルトが絶叫した。
「俺が死ぬ瞬間に、あの大人気ミステリー漫画の『真犯人の名前』を叫んでやる!!」
「な……ッ!?」
セレーネの動きが、ピタリと止まった。
月光蛾のチャージ音が、不自然に途切れる。
「そ、その端末……まさか、全巻データが入っているのか……!?」
「ああ、入ってるぜ。完結までな。……ガメルがゴミだと思って捨ててたのを拾っといて正解だったぜ」
アルトはニヤリと笑い、タブレットを人質のように突きつけた。
「いいか?俺を殺せば、お前は永遠に『続き』を読めなくなる。……それだけじゃねえ。俺は死ぬ間際に、全月面回線を使って『犯人はヤス』レベルの特大ネタバレを拡散してやる!」
「き、貴様ァァァ!!」
セレーネが操縦席で頭を抱え、悲鳴を上げた。
「人の心がないのか悪魔め!!それだけは!それだけは人間のすることではないぞ!!」
彼女にとって、数千年の推察と妄想が、たった一言のネタバレで無に帰すことほど恐ろしいことはない。
死よりも深い絶望。それがネタバレだ。
「総員!!聴覚センサーを切れぇぇぇ!!聞くな!聞いたら死ぬぞ!!」
セレーネが錯乱して部下(無人機)に命令を下す。
攻撃の手が止まった。
完全な膠着状態。いや、情報的優位を取ったアルトの勝利だ。
「……へっ。話を聞く気になったか?」
アルトはタブレットを指で弄びながら、悪魔の取引を持ちかけた。
「現実に戻ってこい、セレーネ。……そうすりゃ、死ぬまで『新作』を供給してやる」
「し、新作……だと……?」
「俺たちは地球から来た。……つまり、お前の知らない『続編』も『スピンオフ』も、山ほど持ってるってことだ!」
アルトはタブレットを放り投げた。
「アルト商会に入社しろ。福利厚生で『週刊誌のフライングゲット』を認めてやる」
パシッ。
セレーネが、月光蛾のマニピュレーターで、震えながらタブレットをキャッチした。
その瞬間、彼女の「王としてのプライド」と「オタクとしての欲望」が天秤にかけられ――
秒速で欲望が勝った。
「……分かった。降伏する」
月光蛾のハッチが開き、セレーネが出てくる。
彼女は涙目で、しかし期待に満ちた顔でアルトを見上げた。
「勘違いするなよ……!私は貴様に屈したのではない!『公式供給』に屈したのだ!」
「はいはい。……ようこそ、アルト商会へ」
アルトが手を差し伸べる。
だが、セレーネはその手を握る前に、血走った目で食い下がった。
「……で、でも!待て!」
「あ?なんだよ」
「そのデータには……アニメの二期は含まれているのか!?円盤の特典映像はあるのか!?教えてくれ、それだけが私の生きる糧なのだ!!」
「……知るかよ。めんどくせぇ客だな」
こうして、月面最強の戦力は、「ネタバレ回避」と「円盤特典」という餌によって陥落した。
解釈違い戦争、終結。
勝因は、アルトの性格の悪さだった。




