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機動要塞の聖女さま~魔力暴走で廃棄された私、魔導工学の天才に「電池」として再就職しました。~  作者: 朔夜
第3章 空中都市と空飛ぶ請求書

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アイドルは、電子の女神(偶像)です


「極彩色のインク」と「光る植物」によって、月面商業ギルドの精神は崩壊した。

指揮系統が麻痺した隙を突き、アルトたちは悠々とギルドの中枢――「古代緊急放送タワー」を制圧した。


「よし、回線確保。……全月面への強制接続ジャック、完了だ」


タワーの最上階、管制室。

アルトは、無数のモニターに囲まれながら、マイクのスイッチを入れた。


「社長、本当にやるんですか?……こんなことで、戦争が終わるなんて」


セレスが不安げに尋ねる。

彼女の目の前では、シスター・ワンがカメラの前に立ち、ポーズを決めていた。

ただし、その姿はいつものメイド服ではない。

ホログラムで装飾された、ヒラヒラの「アイドル衣装(魔法少女風)」だ。


「終わらせるんじゃない。『変える』んだよ」


アルトはニヤリと笑った。


「上層の貴族どもは、感情を抑制して数千年生きてきた『干物』だ。……そんな連中に、とびきり刺激の強い『劇薬エンタメ』をぶち込んだらどうなると思う?」

「えっと……ビックリする、でしょうか?」

「いいや。『依存』するのさ」


アルトが指を弾く。


配信開始オン・エア!……世界を『萌え』で焼き尽くせ!!」


・ ・ ・


その瞬間。

月面全土――スラムから上層の神殿区画まで、あらゆるスクリーンとホログラム装置がジャックされた。


『――こんワンわ~♪電子精霊のワンちゃんです!』


映し出されたのは、地球のサブカルチャーを煮詰めたような、極彩色の美少女。

大きな瞳、猫耳、そしてあざとい仕草。

無菌室のような月面世界には存在し得ない、「過剰な愛嬌」の塊。


「な、なんだこれは……!?」

「人が……箱の中に入っている……?」


上層エリア。

先ほどの色彩テロルを窓から眺めていた貴族(古代人)たちは、突然切り替わった映像に釘付けになった。

彼らは長命種ゆえに、娯楽を捨て、静寂と瞑想のみを尊んできた。

そんな彼らの前に現れた、未知の生命体。


『今日はぁ~、この「レトロゲーム」をやっていきまーす!』


画面の中の少女が、コントローラーを握る。

プレイしているのは、義眼のアーカイブにあった単純なアクションゲーム(死にゲー)。

キャラクターが穴に落ちて死ぬ。


『あーん!死んじゃったぁ~!……でも、リトライ!』


ただそれだけの映像。

だが、感情を失いかけていた彼らにとって、コロコロと変わる彼女の表情は衝撃的だった。

怒り、悲しみ、そして喜び。

生の感情エモーションの奔流が、彼らの乾いた心に染み込んでいく。


「……可愛い」

「なんだ、この胸の痛みは……?守ってあげたい……!」


ザザッ……ザザザッ……!


その時、映像が乱れた。

不快なノイズが走り、ワンの声が途切れる。


「チッ、来たか!」


アルトが舌打ちする。

ギルドの残党が、非常用回線を使って「妨害電波ジャミング」を仕掛けてきたのだ。

強力なホワイトノイズが、配信データを物理的に遮断しようとする。


『あ、あれ?皆さーん?見えてますかー?』


画面の中のワンが焦る。

貴族たちが動揺する。

せっかく灯った感情の火が、ノイズによって掻き消されようとしていた。


「クソッ、出力が違いすぎる!機械的な信号じゃ、ギルドの出力を突破できねえ!」


アルトがコンソールを叩くが、ノイズ率は上昇する一方だ。

このままでは配信が落ちる。作戦失敗だ。

その時、アルトは横に立つセレスを見た。


「……セレス」

「は、はい!」

「機械がダメなら、『生身アナログ』だ」


アルトは、セレスにマイクを突きつけた。


「歌え。お前の声を、魔力に乗せて直接叩き込め!」

「えっ!?私がですか!?」

「お前の『聖女の祈り』は、ただのデータじゃねえ!人の魂に響く『波長』だ!……ジャミングごときで消せるもんか!」


だが、それは危険な賭けだった。

ジャミングの中で無理やり魔力を通せば、その負荷はすべて術者であるセレスに跳ね返ってくる。

回路のショート。神経へのバックラッシュ。


「……やります」


セレスはマイクを握りしめた。

迷いはなかった。

彼女は、深呼吸をし――静かに、歌い始めた。


♪――――――


それは、歌詞のない、純粋な旋律ボカリーズ

かつて廃棄場で、絶望の中で口ずさんでいた、祈りの歌。

透き通るようなソプラノが、ノイズの海を切り裂いていく。


キィィィィン……!


マイクがハウリングを起こす。

ジャミングとの衝突。

セレスの体に、目に見えない衝撃が走る。


「ぐっ……!」


バチッ、バチチッ!


彼女の白い肌に、赤い亀裂が走る。

魔力回路が過負荷で悲鳴を上げ、毛細血管が破裂しかけているのだ。


ヒュオオオオオ……!


その瞬間、彼女が纏う「天女の羽衣(5億のドレス)」が眩く輝いた。

絶対零度の冷気が、セレスの体を包み込む。

沸騰しそうになる血液を、ドレスが必死に冷やし、命を繋ぎ止めている。


「(熱い……!ドレスが凍りそうなほど冷やしてくれているのに、体の奥が焼けるよう……!)」


セレスは歯を食いしばる。

ドレスがなければ、とっくに灰になっていただろう。

だが、ジャミングを押し返すための出力は、神話級の冷却性能をも凌駕し、血管を内側から食い破ろうとしていた。


ゴホッ!


喉から、鉄の味がせり上がってくる。

唇の端から、一筋の鮮血が流れ落ちた。


「(負けません……!)」


セレスは、吐き出されそうになる血を飲み込み、さらに声を張り上げた。

痛い。熱い。

けれど、この歌を届けなければ。

あの、心を石に変えてしまった人たちに。


――ザザッ……ザ……♪


ノイズが、晴れていく。

機械的な妨害電波が、セレスの「魂の波長」によって物理的に押し流されていく。


「……聞こえる」

「歌だ……。女神の、歌だ……」


上層エリアのスクリーンに、再び映像が戻る。

そこには、笑顔で手を振るアイドル(ワン)の姿と――

その横で、ドレスを赤熱させ、口元から血を流しながら、必死に歌い続ける聖女セレスの姿が映し出されていた。


「……あ」


一人の老貴族が、その姿を見て杖を取り落とした。

可愛いだけじゃない。

あの子は、血を流している。

自分たちに声を届けるために、命を削って歌っている。


「ああ……。これは『痛み』だ」


貴族が、自分の胸を押さえて涙を流す。


「彼女は、我々のために痛みを引き受けている……!我々の干からびた心を癒やすために、自らの血を流しているのだ!」


その衝撃は、アイドルの愛嬌を超え、原初の信仰へと昇華した。

偽物は機械に頼るが、本物は血を流して魂に響く。

その痛々しくも神々しい自己犠牲の姿が、貴族たちの精神を蝕んでいた「鉱石化(心の石化)」を、劇的に溶かし始めたのだ。


「捧げよ!女神に供物を!」

「死なせるな!私の財産を使ってくれぇぇ!」


チャリン、チャリン、ドササササッ!!


放送タワーの管理口座に、通知音が爆発的に鳴り響く。

そして、タワーの入り口には、配送ドローンによって運ばれた物理的な「供物」が山積みになり始めていた。


【Donation:10,000,000Credits】

【Gift:古代魔導具「賢者の石」】

【Gift:土地権利書「第3クレーター全域」】


コメント欄が、狂気じみた速度で流れ始める。


『我ガ命、捧ゲマス』

『歌ヲ止メルナ!』

『尊イ……尊イ……浄化サレル……』


「……ははっ。やりやがった」


アルトは、モニターを埋め尽くす狂気と、血を流しながらも歌い続けるセレスを見て、震える手でコンソールを叩いた。


「見ろセレス!金の雨だ!……お前の歌が、世界を買収したんだ!」


歌が終わる。

セレスは膝から崩れ落ちた。

アルトが慌てて支える。ドレスの熱は冷めていたが、彼女の顔色は蒼白だった。

だが、その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。


「社長……。届き、ましたか……?」

「ああ。……一番高い席まで、届いたぜ」


アルトは、タワーの入り口に積み上がった宝の山をモニターで確認した。

金貨、宝石、権利書。

その中に、一際異彩を放つアイテムが混ざっているのを、彼の義眼は見逃さなかった。


「ん?アレは……『超高純度クリスタル・レンズ』に、『大容量記憶媒体(古代メモリ)』か?」


それは、ただの換金アイテムではない。

次なる強敵――「女王セレーネ」や、その先の「帰還作戦」で必要になりそうな、戦略級のレアパーツだ。


「へっ。……いいもん持ってるじゃねえか、金持ち共」


アルトはニヤリと笑った。

月面商業ギルドは崩壊した。

彼らの資金源だった貴族たちが、こぞってアルト商会に資産を移してしまったからだ。


「さあ、女王陛下。……国民全員が『俺の信者』になっちまった気分はどうだ?」


アルトは、最上層の王宮を見上げる。

そこには、まだ沈黙を守る「最後の敵」がいた。

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