独占市場は、ペンキで塗り替えます
「消毒!消毒!汚染源を完全焼却せよ!!」
クレーター街は、白炎の海と化していた。
ラビとシスターズによって先鋒のドローン部隊は壊滅したが、月面商業ギルドの衛生管理官ブランは、さらに狂気じみた増援を送り込んできた。
ズズズズズ……ッ!
スラムの上空に、巨大な影が差す。
現れたのは、全長100メートルを超える純白の飛行戦艦。
その底部には、都市一つを焦土に変えるための巨大な「ナノマシン焼却砲」が懸架されていた。
「あ、あれは……『大掃除』用の戦艦だ!」
「スラムごと焼き払う気か!?」
住民たちが悲鳴を上げる。
モニター越しに、ブランの絶叫が響き渡った。
『汚らわしい!貴様らは私の秘密を見た!……菌だ!貴様らは全員、排除されるべき病原菌なのだァァッ!!』
秘密(泥の密輸)を暴かれた羞恥と、保身のための証拠隠滅。
彼はもう、商業ギルドの利益など考えていない。ただ、自分の聖域(清潔さ)を守るために、全てを無に帰そうとしている。
「チャージ開始!……灰になれ!ゴミ共め!」
焼却砲の砲口に、眩いばかりの白い光が収束していく。
あれが放たれれば、スラムは一瞬で無菌の焦土と化す。
「あーあ。……とうとうキレちまったか、潔癖症サン」
だが、アルトは要塞の甲板で仁王立ちになり、その破滅の光を見上げても動じなかった。
むしろ、待っていたと言わんばかりにニヤリと笑う。
「せっかくの商圏を焼き払われちゃ敵わん。……ここからは『リフォーム』の時間だ」
ガシャンッ!!
要塞の側面ハッチが展開し、そこから無数の「放水砲」のような砲塔がせり出した。
だが、接続されているタンクには、水ではなく、毒々しいほどカラフルな液体が満たされている。
「社長!敵のエネルギー充填率、90%を超えました!」
「構わん、引きつけろ。……ギルドの連中は色がつくのを何より嫌う。なら、これがお似合いだろ?」
アルトはマイクを握り、叫んだ。
「総員、装填完了!……弾種『極彩色』!派手にブチまけろォォォッ!!」
ドォォォォォォン!!!
アルト・ワークスが一斉に火を噴いた。
飛び出したのは、実弾でもビームでもない。
赤、青、黄、紫、緑。
目が痛くなるほど鮮やかな「液体の塊」だった。
バシャッ!ベチャッ!ドリュウウッ!
着弾した瞬間、液体が爆発的に飛散する。
純白だった戦艦が、ドローンが、そしてブランのいる指令室の窓が、一瞬で毒々しいマーブル模様に染め上げられた。
『ピ、ピピ……!?センサー異常!視界不良!』
「な、なんだこの汚らしい色はァァァッ!?」
ブランが絶叫する。
彼らの神聖な「白の世界」に、最も忌み嫌う「原色」がぶちまけられたのだ。
生理的な嫌悪感が、彼らの思考回路をショートさせる。
「効いてる効いてる。……だが、本番はここからだ」
アルトは不敵に笑った。
「このインクはただのペンキじゃねえ。地球から持ってきた『雑草の種』を混ぜてある」
「雑草……?兵器じゃないんですか?」
「ああ、ただのタンポポやツタだ。……だがな」
彼が指を鳴らすと、インクに濡れた戦艦の装甲やドローンの表面で、異変が起きた。
ポコッ。ニョキニョキニョキッ!
インクを培地にして、爆発的な速度で「緑」が芽吹き始めたのだ。
ツタが絡まり、葉が茂り、極彩色の花が咲き乱れる。
無機質な機械が、瞬く間に植物に浸食され、動く空中庭園へと変わっていく。
「月面のナノマシンは『高純度エネルギーの塊』だ。飢えきった地球の植物にとっちゃ、極上の『肥料』に見えるらしい」
アルトは肩をすくめた。
「俺も驚いたぜ。まさか、肥料を過剰摂取して、ここまで巨大化(突然変異)するとはな。……地球の『生命力』をナメんなよ?」
『け、警告!駆動系に異物侵入!』
『植物!植物デス!ナノマシンガ、吸ワレテイマス!』
ドローンたちが、絡みつくツタにプロペラを止められ、次々と墜落していく。
アルトが開発したわけではない。
ただ、環境と異物(雑草)が出会った結果、制御不能の捕食関係が生まれただけだ。
「ヒィィッ!?バ、バイオハザードだ!野蛮な植物兵器め!」
ブランが半狂乱で叫ぶ。
戦艦の砲身にもツタが絡みつき、発射口を塞いでいく。
「ええい、構わん!撃て!色も植物も、全て焼き尽くせ!」
ブランが発射ボタンを叩く。
焼却砲が火を噴こうとした、その瞬間。
ボフッ……!
砲口に詰まった巨大な花が開き、大量の「金色の粉」を噴出した。
花粉だ。
それが逆流し、戦艦内部や、地上に展開していたギルドの兵士たちへと降り注ぐ。
「げほっ、ごほっ!……毒ガスか!?」
兵士たちが花粉を吸い込む。
だが、彼らを襲ったのは苦しみではなかった。
ピキ、パキーン……。
兵士たちの体を蝕んでいた紫色の結晶が、花粉に触れた瞬間に砕け散ったのだ。
植物がナノマシンを食って生成した、高純度の「有機マナ粒子」。
それは、泥団子以上の即効性を持つ、強力な治療薬だった。
「……あれ?体が……軽い?」
「痛くない……。石化が、治ってる……?」
兵士たちが、自分の手を見つめて呆然とする。
戦意が消えていく。
自分たちを救ったのは、上司の白い炎ではなく、敵が撒いた「雑草」だったのだから。
「な、何をしている!撃て!殺せぇぇ!」
ブランが孤立無援で叫ぶ。
だが、もう誰も従わない。
戦艦は植物の重みに耐えきれず、ゆっくりと高度を下げ、スラムの広場へと不時着した。
ズズズ……ン。
着地した戦艦は、もはや兵器ではなかった。
極彩色の花々が咲き乱れる、巨大なオブジェ。
無機質な月面世界に突如現れた、生命のジャングル。
「……勝負あったな」
アルトは要塞から飛び降り、花に埋もれた戦艦のハッチを鉄パイプでこじ開けた。
中から、泥とインクと花粉にまみれたブランが這い出てくる。
「あ、あぁ……私の白が……」
「どうだ?綺麗だろ?」
アルトは、極彩色の森を見下ろして笑った。
「お前らが排除しようとした『色』と『生命』だ。……お前の自慢の焼却砲より、俺の撒いた雑草の方が、よっぽど人を救ってるぜ?」
皮肉な現実。
汚染こそが救済であり、清潔こそが死だった。
「ひ、ひぃぃ……!くるな、野蛮人……!」
「安心しろ。殺しはしねえ」
アルトはブランの胸ポケットから、隠し持っていた「泥の小瓶」を抜き取った。
「だが、この密輸の証拠と、今回の騒ぎの責任……。ギルド本部にはきっちり報告させてもらう」
「そ、それだけは……!失脚してしまう!」
「知るかよ。……『退場』の時間だ」
アルトが指を鳴らすと、元・酸素中毒者のギャングたちが、ニヤニヤしながらブランを取り囲んだ。
彼らの手には、たっぷりと泥がついたジャガイモが握られている。
「へっへっへ。……管理官様よォ、そんなに泥が好きなら、腹いっぱい食わせてやるよ」
「や、やめろぉぉぉ!!」
ギャングたちが、ブランの口に強引にイモをねじ込んだ。
皮ごと、泥ごと。
「んぐッ!?……オェッ……!」
ブランが涙目で拒絶する。
だが、口の中に土の香りが広がった瞬間、彼の目がカッと見開かれた。
「ん……?……う、うまい……!?」
拒絶していた手が止まる。
体が、細胞が、歓喜していた。
彼は無我夢中でイモを貪り始めた。顔中を泥だらけにしながら。
「うまい!なんだこれは!もっとだ!もっと寄越せぇぇ!!」
そこに、かつての潔癖症の面影はなかった。
あるのは、本能に屈服し、泥にまみれる哀れな中毒者の姿だけ。
完全なる敗北。
「……ふぅ。片付いたな」
アルトは鉄パイプを肩に戻し、上空を見上げた。
スラムの騒ぎを聞きつけ、上層エリアから無数の光が降り注いでいる。
だが、それは軍隊のサーチライトではなかった。
上層の窓という窓から、退屈した貴族たちが顔を出し、この騒動を見下ろしていたのだ。
『な、なんだあの色は……?』
『見たことがない……毒々しい、けれど……』
『美しい……』
漏れ聞こえる感嘆の声。
数千年の「白」の世界に飽き飽きしていた彼らにとって、この極彩色の爆発は、恐怖ではなく「極上のエンターテインメント」として映っていたのだ。
「へっ。……いい反応だ」
アルトは確信した。
市場は飢えている。
泥だけじゃない。もっと刺激的な「色」を求めている。
「行くぞセレス。……観客は温まった」
彼は要塞の放送タワーを見上げた。
「この派手なステージを使って、次は全月面に『宣伝』してやる。……世界を丸ごと、俺たちの色に染め上げてやるぞ」
色彩によるテロル。
それは、次なる作戦「文化侵略」のための、ド派手な前夜祭だった。




