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機動要塞の聖女さま~魔力暴走で廃棄された私、魔導工学の天才に「電池」として再就職しました。~  作者: 朔夜
第3章 空中都市と空飛ぶ請求書

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商業ギルドは、白一色を強要します


アルト農園の直売所がオープンしてから、数日。

クレーター街のスラムは、かつてない熱気に包まれていた。


「並べ!割り込みは即刻出禁だぞ!」

「へい、お待ち!泥付きスペシャル一丁!」


元マフィアのガンドたちが、今は警備員兼売り子として声を張り上げている。

彼らの顔からは、死の病「鉱石化」の兆候である結晶が消え、血色の良い肌が戻っていた。

店の前には長蛇の列。

「土の匂い」と「生の食料」を求める客足は途絶えることを知らず、アルトの手元には、ジャンクパーツやレアメタルの山が築かれていた。


「順調だな。……このペースなら、要塞の修理パーツも一週間で揃う」


アルトは、積み上がった資材の山を検品しながら、満足げに頷いた。

スラムの経済は、完全にアルト商会を中心に回り始めていた。


だが。

その繁盛を、面白く思わない連中がいた。


ウゥゥゥゥゥ……ッ!


突如、スラムの薄汚い空気を切り裂くように、甲高いサイレンが鳴り響いた。

上層エリアへと続くゲートが開き、そこから「純白の部隊」が降下してくる。

流線型のボディを持つ、浮遊型警備ドローン。

その表面は塵一つない白色で塗装され、消毒液の霧を撒き散らしながら進軍してくる。


「な、なんだ!?警備隊だ!」

「『商業ギルド』の査察だぞ!隠れろ!」


客たちがパニックになる。

だが、ドローン部隊は警告もなしに、火炎放射器を起動した。


ゴォォォォォォッ!!


「ひぃぃっ!?」

「商品が!焼かれる!!」


問答無用。

列の最後尾にあった屋台の一部が、青白い炎に包まれる。

彼らは「査察」に来たのではない。「掃除」に来たのだ。


「チッ、商売敵にしちゃ過激だな!シスターズ、客を守れ!」


アルトが叫ぶと同時に、屋台の陰からSDシスターズが飛び出し、エネルギーシールドを展開する。

新型のフリル付き装甲が輝き、炎を防ぎつつドローン部隊を押し返す。


『――警告。未登録の商業活動、および「第1種・環境汚染物質」の散布を確認』


燃え盛る炎の向こうから、無機質なスピーカー音声が響く。

ドローンの群れの中央に、一台の大型投影機が進み出た。


ブウン、という音と共に、青白いホログラムが空中に展開される。

映し出されたのは、神経質そうな男の姿だった。

全身を純白の防護服で覆い、さらにその上からガスマスクをつけている。

背景に見えるのは、無菌室のような真っ白なオフィス。


「私は月面商業ギルド・衛生管理官の『ブラン』だ。……オェッ、なんて不潔な場所だ。映像越しでも吐き気がする」


男――ブランは、ホログラムの中で露骨に口元を押さえ、純白のハンカチで画面を拭く仕草をした。

周囲で家や商品が燃えているのを見ても、眉一つ動かさない。彼にとって、ここはただの「ゴミ捨て場」であり、住人は「菌」なのだ。


「貴様が店主か?野蛮な猿め。……貴様が売っているその茶色い物体、直ちに焼却処分しろ」

「焼却?なんでだ?こいつは極上の『医薬品』だぞ」

「医薬品だと!?ふざけるな!」


ブランが激昂する。


「それは『泥』だ!未知の細菌と有機物の塊!月面の清浄なる環境を脅かす、最悪のバイオハザードだ!」


月面人(古代人)にとって、土とは穢れそのもの。

無菌環境で数千年を過ごした彼らにとって、有機的な「生」の匂いは、生理的な嫌悪と恐怖の対象でしかなかった。


「我々ギルドの使命は、月の『白』を守ること。……貴様らのような薄汚い色が混じることは許されない」


ブランは、まるでゴミを見るような目でアルトを見下ろした。


「営業停止命令だ。……もっとも、既に『強制消毒インシネレーション』は開始しているがな」


ドローンたちがさらに火力を上げる。

シスターズのシールドが軋む。


「……おいおい。随分と高圧的だな」


アルトは、一歩前に歩み寄った。

そして、ホログラムを投影している親機ドローンに近づき、左目の「ベリアルの義眼」を起動した。

サーマルセンサーとX線解析が、画面の向こうにいるブランの姿を丸裸にする。


「安全なオフィスからリモートで説教か?……そんなに『現場』の空気が怖いかよ、潔癖症サン」

「だ、黙れ!近寄るな!私は高貴な選ばれし民だ!下層の汚染された空気など吸えるか!」


ブランが顔を真っ赤にして叫ぶ。

だが、アルトの義眼は見ていた。

彼の防護服の内側。胸ポケットに隠された、小さな「ガラス瓶」を。

その中には、黒い粉末――まぎれもない「地球の土」が入っていた。


さらに、彼の身体データ。

年齢の割に、体内ナノマシンの暴走率が極端に低い。

結晶化の兆候が全くない健康体。


「(……ハッ。なるほどな)」


アルトの口元が歪んだ。

怒りではない。相手の急所を掴んだ時の、冷酷な笑み。


「おい、管理官。……いいモン持ってるじゃねえか」

「な、何の話だ?」

「お前の懐だよ。……その小瓶に入ってる『黒い粉』、どこで仕入れた?」


ブランの表情が凍りつく。


「まさかとは思うが、『汚染物質』を隠し持ってんじゃねえだろうな?……自分だけこっそり舐めるためにな」


図星だった。

ギルドの上層部は知っていたのだ。泥が「薬」になることを。

だが、彼らはそれを独占し、一般市民には「汚染物質」として忌避させることで、自分たちだけが健康を保っていたのだ。

情報の非対称性を利用した、卑劣な独占市場。


「き、貴様……!なぜそれを……!」

「俺の目は節穴じゃねえんだよ。……自分だけ助かって、他人には『死ね』ってか?随分と綺麗な商売してやがる」


アルトは足元の泥をすくい上げた。

ねっとりとした、黒い泥。


「そんなに泥が好きなら、俺がサービスしてやるよ」


ベチャッ!!


アルトは泥だらけの手で、ホログラムを投影しているドローンのカメラレンズを鷲掴みにした。


「ヒッ!?」


ブランの悲鳴が響く。

彼のいるオフィスのクリアなモニターが、突然、茶色い泥で埋め尽くされたのだ。

無菌室に持ち込まれた、視覚的な汚物。


「いやあああ!画面が!画面が汚れた!!不潔な!!」


ブランがパニックになり、ハンカチでモニターを必死に拭おうとする。

だが、泥は向こうカメラについている。拭いても落ちない。

その必死な姿は、まるで泥を求めて画面に縋り付いているように見えた。


「どうだ?これが『現場』の色だ。……よく見ておけよ」

「ひぃぃぃっ!やめろ!菌が!菌が感染うつるぅぅ!!」


ただの映像なのに、彼は感染を恐れて錯乱している。

あるいは、隠していた欲望(泥への執着)を暴かれた羞恥か。


「……ハッ。メンタル雑魚すぎだろ」


アルトは泥だらけの手を払い、ニヤリと笑った。


「だが、覚悟しとけよ?俺たちは『汚れ』のプロだ。お前らが大事にしているその真っ白な街……。俺たちの『色』で、グチャグチャに塗りたくってやるからな!」


プツン。


ブランが発狂し、一方的に通信を切断した。

ホログラムが消える。

残されたのは、指揮官を失い、棒立ちになったドローンたちだけ。


『――指揮官ロスト。自律戦闘モードニ移行。……対象ヲ殲滅シマス』


再起動したドローンたちが、火炎放射器を構え直す。

だが、その炎が屋台に届くことはなかった。


「……私のイモ、焼くな」


ドォォォォォン!!!


横合いから飛び出したラビの「重力ハンマー」が、先頭のドローンを地面に叩きつけ、鉄屑の煎餅に変えた。

彼女の目は本気で怒っている。食い物の恨みは恐ろしい。


『オ掃除ノ時間デス!……アッ、間違エマシタ。「汚染」ノ時間デス♪』


続いて、要塞の陰からSDシスターズが飛び出し、チェーンソーを唸らせる。

白銀のドローン部隊と、泥まみれのアルト商会。

清潔と不潔。秩序と混沌。

月面全土を巻き込む「色彩戦争カラー・ウォーズ」の火蓋が、スラムの路地裏で切って落とされた。


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