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機動要塞の聖女さま~魔力暴走で廃棄された私、魔導工学の天才に「電池」として再就職しました。~  作者: 朔夜
第3章 空中都市と空飛ぶ請求書

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神域への不時着は、想定内の事故です


静寂。

真空と冷気が支配する、白銀の世界。

そこは、数十億年の間、何者にも穢されることなく眠り続けていた「神の聖域」――月面。


――ズガァァァァァァァンッ!!!!


その静寂が、暴力的な轟音によって破られた。

黒い宇宙のキャンバスを切り裂き、巨大な「鉄の塊」が燃えながら墜落してくる。

地球軌道から打ち上げられた惑星間移動要塞都市「アルト・アガルタ」。


『警告!警告!月面対空防衛システム「アイギス」による迎撃を確認!』

『シールド飽和!左舷第3ブロック、大破!……慣性制御ユニット、沈黙ロストしました!』


艦内は赤色灯が回転し、阿鼻叫喚の嵐となっていた。

かつて「神の国」と呼ばれた都市が、火を噴きながら月面へと突っ込んでいく。


「ちぃッ、挨拶なしかよ!上品な月人ムーンレイスにしちゃあ手荒な歓迎だ!」


司令席で、アルトが歯噛みしながらコンソールを叩く。

モニターには、月面から放たれる無数の「光の矢」が映し出されていた。古代の自動防衛システム。地球からの不浄な侵入者を、問答無用で焼き尽くす聖なる火だ。


「社長!メインエンジン出力低下!逆噴射が間に合いません!このままじゃ激突します!」

「クソッ、質量マスがデカすぎるんだ!慣性制御が死んだ今、この巨体はただの『落ちる隕石』だぞ!」


アルトは血走った目で計算した。

減速するには、物理的に軽くなるしかない。

だが、何を捨てる?居住区か?工場か?いや、そこには社員(シスターズや労働者)がいる。

残された選択肢は、一つしかなかった。


「……総員、衝撃に備えろ!『第1倉庫』をパージする!」

「えっ!?社長、第1倉庫って……まさか!?」


セレスが息を呑む。

そこは、アガルタを制圧した際に、中枢タワーの宝物庫から押収した「古代の金銀財宝」や、第2階層の工場から積み込んだ「高純度レアメタル資材」が満載された場所だ。

スラムから這い上がり、神を騙して手に入れた、正真正銘の「全財産」。


「命あっての物種だ!……クソッ、クソッ!せっかく手に入れたアガルタの遺産がぁぁぁ!!」


アルトは断腸の思いで、涙を流しながら赤いレバーを引いた。


ガコンッ、ボシュゥゥゥゥ……!


要塞の腹部が開き、きらめく「黄金の雨」が宇宙空間へとばら撒かれた。

数十億ゴールド相当の貴金属と資材が、減速のための捨て石となり、月の重力に引かれて散り散りになっていく。

それは、一国の国家予算が数秒でゴミと化す、史上最も高価な花火だった。


「軽くなった!……ブレーキ最大!滑り込めぇぇぇッ!!」


ズドォォォォォォォォォン!!!!!


月面が揺れた。

巨大なクレーターの斜面を、身軽になった要塞が削り取りながら滑走する。

舞い上がる月のレゴリス。轟音。そして、閃光。

やがて、長い地響きの後。

黒鉄の要塞は、クレーターの底に無様に突き刺さって停止した。


・ ・ ・


「……生きてるか?セレス」


プシューッ……。

緊急排気音と共に、エアロックが開く。

よろめきながら外へ出たアルトは、目の前の光景を見て息を呑んだ。


そこは、色のない世界だった。

頭上には、漆黒の宇宙と、青く輝く母なる地球。

足元には、見渡す限りの灰色の砂漠。

そして、クレーターの壁面にへばりつくように、廃材で作られた粗末なドーム状の住居が密集している。


月面下層スラム、「クレーター街」。

頭上を覆う巨大な「大気維持ドーム」のおかげで、ここだけは呼吸ができるようだ。


「……ひどい有様だな」


アルトは、背後の要塞を見上げた。

黒煙を上げる我が家。

メインエンジン破損。通信機大破。

そして何より――


「……金がねえ」


アルトが膝をつく。

アガルタで手に入れた財産は、大気圏突入と着陸の衝撃で全ロスト。

手元に残ったのは、ボロボロの要塞と、腹を空かせた社員たちだけ。

またしても、「無一文ゼロ」からのスタートだ。


「社長……。元気出してください。私たちは生きてます」

「……ああ。そうだな」


セレスに励まされ、アルトはどうにか立ち上がった。

その時だった。


シュコー、シュコー……。


廃屋の影から、不快な機械音が近づいてきた。

現れたのは、全身を採掘用の強化外骨格で固めたギャングたちだった。

だが、その姿は異様だった。


「オイ……酸素……出セ……!」


彼らの体の半分は、生身でも機械でもなかった。

腕が、足が、あるいは顔半分が――透き通るような「紫色の結晶」に変質していたのだ。

鉱石化。

肉体が石に変わる奇病。


「ヒューッ、ヒューッ……!体ガ……固マル……!新鮮ナ酸素ヲ……!」


彼らの目は血走り、口からは涎を垂らしている。

略奪者というより、末期の患者だ。


「なんだこいつら?……病気か?」

「気をつけてください社長!……彼らから、『絶望』の匂いがします!」


セレスが杖を構える。

ギャングたちが襲いかかってきた。

その動きは、石化した関節のせいでギギギと不気味な音を立てているが、外骨格の出力は高い。


「チッ、到着早々ゾンビの相手かよ!やるぞセレス!」


アルトが鉄パイプ(金貨と一緒に捨てずに済んだ唯一の武器)を構えた、その瞬間。


――ドォォォォォン!!


突然、ギャングの一人が、真横に吹き飛んだ。

まるで、見えない巨人に殴られたかのように、鋼鉄のボディがひしゃげている。


「あ?」


砂煙の向こうから、一人の少女が歩いてきた。

長い銀髪。頭には、特徴的な「ウサギの耳」。

ボロボロの布を纏っているが、その細い腕には、身の丈以上の巨大な「鉄塊」が握られていた。

それは、工事現場で使うような、超重量級の「杭打ちハンマー(パイルドライバー)」だった。

いや、形状はもっと原始的だ。それはまるで――巨大な「きね」に見えた。


「……ぺったん」


少女が無感情に呟く。


「ぺったん、ぺったん、ぺったん……」


彼女は、ギャングたちが構えるレーザーカッターなど気にも留めず、ハンマーを軽々と振り回した。


ブォンッ!!


空気を切り裂く重低音。ハンマーのヘッド部分に、紫色の重力波グラビティ・リングが発生している。


「ナ、ナンダテメェハ!月兎ラビットノ奴隷風情ガ!」

「ドケ!俺タチハ薬ガ欲シインダァァ!」


酸素中毒者たちが襲いかかる。

だが、少女は無表情のまま、ハンマーを振り下ろした。


「――ぺったん(潰れろ)」


ズドォォォォォォォォォン!!!


地面が陥没した。

直撃を受けたギャングは、悲鳴を上げる間もなく、装甲ごとひしゃげて地面のシミ(お餅)になった。

圧倒的な質量と重力制御による、物理的粉砕。


「ヒッ、ヒィィィッ!?重力プレスダト!?」

「ニ、逃ゲロ!『餅つきスマッシャー』ノ、ラビダ!!」


残りのギャングたちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

少女――ラビは、それを追うこともせず、フラフラとアルトたちの方へ向き直った。


「……」


赤い瞳が、アルトを見つめる。

だが、その体にも「病」は進行していた。

彼女の左腕と、首筋の一部が、紫色の結晶に覆われていたのだ。


「……おなか、すいた」


ラビはハンマーを杖にして、力なく座り込んだ。

結晶化が進み、関節が動かなくなっている。

エネルギー切れ。


「(……なるほどな。こいつらの病気、ただの感染症じゃねえ)」


アルトは「ベリアルの義眼」でラビをスキャンした。

表示されたデータは衝撃的だった。


【警告:体内ナノマシン、エネルギー枯渇により「保存モード」へ移行中】

【対象の肉体を「結晶化」させ、活動を停止させようとしています】


病気ではない。

これは、環境中のマナが枯渇したこの世界で、ナノマシンが宿主を延命させるために行う「強制冬眠(石化)」だったのだ。


「……腹が減って石になる、か。難儀な体だな」


アルトは、彼女の持つハンマー(重機)と、その飢えた目を見て、ニヤリと笑った。

計算機そろばんが弾かれる音がした。


【評価:月兎族ルナ・ラビット

【能力:重力制御・怪力】

【採用価値:S(即戦力)】


アルトは、ポケットを探った。金はない。食料も……まともなものはない。

あるのは、要塞のバランスを取るためにバラスト(重り)として積んでいた、黒い土塊と――そこから顔を出している「ジャガイモ」だけだ。


「(……へっ。俺の貧乏性も役に立つもんだな)」


アルトはポケットの中で、泥付きのイモを握りしめた。

地球を出発する前、彼は「ただの重り(土)を積むのはコストの無駄だ」と考え、バラストルームの土壌を改良して「緊急用・宇宙家庭菜園」に改造していたのだ。

宇宙空間での遭難に備え、最も生命力が強く、カロリー効率の良いジャガイモを植えておいたのが、まさかこんな形で「切り札」になるとは。


「食うか?ウサギさん」


アルトは、泥がついたままの生のジャガイモを、ラビの鼻先に放り投げた。


「……ッ!?」


ラビがジャガイモを空中でキャッチする。

アルトが「泥を拭いてやる」と手を伸ばしかけたが、ラビはそれを拒絶するように背を向けた。

そして、食べるよりも先に、顔を埋めるようにして、泥のついた皮を深く息を吸い込んだ。


「すぅぅぅぅぅ……ッ」


彼女の瞳が、恍惚と潤む。

それは食欲ではない。もっと根源的な、生命としての渇望。

無機質で無菌の月面では絶対に嗅ぐことのできない、濃厚な「微生物と腐葉土の香り」。


「……土。……命の、匂い……」


ラビは震えながら、泥ごと芋にかぶりついた。


ガリッ、シャクッ、シャクッ。


生のデンプンの味。口の中に広がる砂の感触。

えぐみもあるはずだが、彼女にとっては、それがこの世のどんな宝石よりも価値のある「薬」だった。


その時。

奇跡が起きた。


パキ、パキパキッ……。


ラビの腕を覆っていた紫色の結晶に、亀裂が入ったのだ。

結晶が剥がれ落ち、その下から、瑞々しい肌色が戻ってくる。


「……え?」


セレスが目を見開く。

治った。不治の病とされた結晶化が、泥団子ひとつで退行したのだ。


「……なるほど。そういうことか」


アルトは膝を打ち、納得した。

月面のナノマシンは「完璧な秩序クリスタル」を目指すプログラムだ。だから、宿主が弱ると強制的に石にして保存しようとする。

だが、地球の泥に含まれる「雑菌カオス」は、その秩序を乱す「エラー」だ。

体内に取り込まれた有機的な混沌(生命力)が、ナノマシンの暴走をバグらせ、強制的に「生体活動モード」へと引き戻したのだ。


「こいつらにとっちゃ、『汚れ』こそが最高級の特効薬か」


アルトは、ポケットに残った泥を握りしめた。

金は失った。

だが、ここには金よりも価値のある「泥」が山ほどある。


「もっと食いたいか?なら、ウチで働け」


アルトは手を差し出した。


「俺たちはこれから、ここで『商売』を始める。……力仕事ができる『重機』が必要なんだ」

「……土、くれる?」

「ああ。給料は『現物支給』だ。泥付きの野菜を、死ぬほど食わせてやる」


ラビは口元の泥を拭い、アルトの手を握り返した。

その握力は、骨がきしむほど強かった。


「……契約、成立」


月面到着、5分。

所持金ゼロ。要塞大破。

だが、アルト商会は、最強の「用心棒」と、この星で最も価値のある商材(泥)の価値を確信した。


「さあ、始めようぜ。……まずはこの『泥』を、最新鋭のパーツと交換だ」


月面開拓。

泥臭く、暴力的な「錬金術」の幕開けだ。

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