アルト商会は、銀河を目指す超優良企業です
アガルタ中枢タワー「バベル」。
メサイアからオーナー権限を強奪(M&A)したアルトは、眼下の床に埋め込まれた、腐りかけた「星の心臓」を見下ろした。
「今の心臓はもう限界だ。……止まる前に、もっと上等なエンジンに『載せ替える』ぞ」
「載せ替える、だと?……まさか」
メサイアが目を見開く。
アルトはニヤリと笑い、自らの腹部に手を当てた。
アガルタへの墜落の瞬間に飲み込んだ、最強の「隠し資産」。
胃酸の海の中で、絶縁ゲルに守られながら眠り続けていた種銭だ。
「出すぞ、セレス。……少し離れてろ」
アルトは腹部にグッと力を込め、喉の奥に指を突っ込んだ。
嘔吐感ではない。食道を無理やりこじ開ける、焼けるような激痛。
「ぐっ……!があぁぁッ……!」
胃の中でゲルと共に硬化した「異物」が、内臓を押し広げながらせり上がってくる。
脂汗が吹き出し、視界が滲む。
だが、アルトは躊躇わない。これは汚物ではない。世界を救うための「心臓」だ。
「(出ろ……!俺たちの未来だろ……ッ!)」
喉が裂けるような熱さと共に、口内が鉄錆(血)の味で満たされる。
彼は咳き込みながら、口から溢れ出ようとする「それ」を、震える手で受け止めた。
コロン。
乾いた音と共に、一つの球体が床に転がり落ちた。
胃液など付着していない。体内で高熱を発していたため、ゲルはガラス質の結晶となって表面をコーティングし、神々しく輝いている。
「……はぁ、はぁ。見ろ。俺の腹の中で温めておいた、とびきりの『宝石』だ」
アルトは血の糸を引く口元を乱暴に拭い、湯気を立てる結晶を拾い上げてメサイアに見せつけた。
「こいつは『第3世代・永久機関』だ。……ヘカトンケイルから引っこ抜いた、神話級の遺物だぜ」
「な……!?あれを、体内に隠していたのか!?」
メサイアが絶句する。
アルトは躊躇なく、その結晶を部屋の中央にある「融合炉」の投入口へ放り込んだ。
ガリッ、ゴリッ、ガチンッ!!
融合炉が唸りを上げ、異物を飲み込む。
だが――反応がない。
『エラー。炉心温度、低下。……再点火、失敗』
「チッ、やっぱりか。数千年放置されてた『在庫品』だ。冷え切ってやがる」
永久機関は理論上無限の動力を生むが、最初の「火」が入らなければただの石だ。
そして、この巨大な都市を動かすための初期点火には、雷撃にも等しい莫大なエネルギーが必要となる。
「ガス欠なら押しがけだ!……おいシスターズ!在庫を持ってこい!」
アルトが懐の通信機(義眼直結)に叫ぶ。
『了解!お届け物デース!』
天井のハッチが開き、新型ボディのシスターズたちが抱えたコンテナがドサドサと投げ込まれた。
中身は、カジノの武器庫から強奪した、数百個の「軍用高純度魔力セル(バッテリー)」だ。
「ここにあるバッテリーを全部『直列』に繋げ!……電圧を限界まで上げて、無理やり心臓マッサージしてやる!」
アルトとセレス、そしてシスターズが総出でケーブルを繋いでいく。
部屋中を這うケーブルの山。即席にしてはあまりに危険な、爆弾のような回路。
「接続完了!……ですが社長、これだけの数を同時に放電させたら、タイミングがズレて暴発します!」
「そこは『ソフトウェア』の出番だ。……おい、義眼の中のニートども!起きろ!」
アルトが左目の義眼を叩く。
『起きてまーす!』
『計算開始!放電タイミング、1000分の1秒単位で同期させます!』
義眼サーバーの中にいる数百人の「量産型聖女の魂」。
彼女たちの並列演算能力が、数百個のバッテリーの放電トリガーを完璧に制御する。
「カウントダウン!……3、2、1……点火ッ!!」
バチチチチチチチッ!!!!!
数百個のバッテリーが一斉にスパークした。
極大の電流が奔流となって、冷え切った永久機関へと叩き込まれる。
ドクンッ!!
炉心が跳ねた。
神話の光が灯り、無限の回転が始まる。
『出力、安定!……永久機関、覚醒シマシタ!』
ズズズズズズズ……ッ!!
アガルタ全体が、巨獣のように咆哮を上げる。
腐りかけた心臓から、若々しく力強いエンジンへの換装完了。
「行くぞ!……『抜錨』ッ!!」
アルトが操縦桿(玉座)を押し込む。
都市の底部から、青白い光が噴出した。
だが、それはただの噴射ではない。
地上の汚染マナ(ヘドロ)を掃除機のように吸い上げ、推進力として燃焼させているのだ。
「地上のゴミ掃除ついでに燃料補給だ!……エコな乗り物だろう?」
シュゴオオオオオオッ!!
吸い上げられたマナの柱に乗って、アガルタは弾丸のように加速・上昇していく。
マナ・ライディング。
雲を突き抜け、空が暗くなり、星々が輝き始める。
「大気圏離脱、30秒前!」
「今だ!……『光の天蓋』、展開ッ!!」
アルトがスイッチを叩く。
都市全体を包み込む「光の膜」が形成され、空気を密閉する。
フワッ……。
重力が消えた。
窓の外には、見渡す限りの星空と、眼下に広がる青い地球。
地球の衛星軌道。ついに、彼らは辿り着いたのだ。
「……すげえ」
アルトは席を立ち、窓枠に手をついた。
かつて見上げた空の、さらに上。
ここが、新しい「戦場」だ。
「ここが俺たちの『本社ビル』だ!地上の汚染を吸い上げて燃料にし、宇宙のクリーンエネルギーを地上へ送る!」
彼は地球と月、そしてその先に広がる銀河を見据えた。
「俺は星を治しながら、全宇宙をテナントにする『銀河の大家』になるんだよ!」
壮大な野望。
だが、今の彼になら、本当にできそうな気がした。
セレスが、隣で微笑む。
「大家さん、ですね。……ふふっ、素敵です」
「……ああ、そうだ」
アルトは、少し照れくさそうに頭を掻き、コンソールを操作した。
ピロン♪
セレスのスマホ(端末)に、一件の通知が届く。
【認証完了:最上階ペントハウス・オーナー権限】
【登録者:セレスティア・ルーメン】
「えっ?これは……?」
「このタワーの最上階。……『ペントハウス』のマスター権限だ」
アルトはそっぽを向いたまま言った。
「一番眺めのいい部屋だ。……お前のために空けといた。鍵なんざいらねえ、お前の目(網膜)と魔力が鍵だ」
それは、物理的な鍵よりも確かな、彼女の存在そのものを肯定する贈り物。
副社長としてだけでなく、パートナーとしての特別な席。
セレスは端末を胸に抱きしめ、涙ぐみながら満面の笑みを咲かせた。
「はいっ!……ありがとうございます、社長!」
「おう。……さあ、仕事だ!」
アルト商会、銀河進出。
強欲な商人と、最強の聖女の旅は、ここからが本番だ。




