世界の真実は、サーバー室の底にあります
アガルタ中枢タワー「バベル」。
その最上階にある「教皇の間」への扉は、重々しい駆動音と共に開かれた。
「……静かすぎるな」
アルトが警戒しながら足を踏み入れる。
そこは、一度訪れた(そして追い返された)場所と同じ、無数のモニターとサーバーに囲まれたドーム状の空間だった。
だが、以前とは決定的に違う点があった。
部屋の中央。
床がガラス張りになっており、その下に――「巨大な心臓」が埋め込まれていたのだ。
ドクン、ドクン、ドクン……。
直径10メートルはあろうかという、赤黒い肉塊。
そこから無数のパイプとケーブルが伸び、アガルタ全域へとエネルギーを供給している。
だが、その鼓動は不整脈のように弱々しく、表面はどす黒く変色し、腐敗が始まっていた。
「ようこそ、アルト商会。……ここまで登ってくるとはね」
心臓の上に座っていた教皇メサイアが、ゆっくりと振り返る。
その表情には、敵意も焦りもない。
ただ、数千年分のデータを処理し続けてきた、深い疲労の色だけが浮かんでいた。
「教皇……。あんた、そこで何を……」
「見ての通りだよ。……『延命措置』だ」
メサイアは、足元の心臓を愛おしげに、そして哀れむように撫でた。
「君たちは、アガルタが何で浮いているか知っているかい?」
「魔素だろ?地上から吸い上げた」
「半分正解だ。だが、その魔素はどこから来ている?」
メサイアが指を弾くと、周囲のモニター群に「地上の解析データ」が表示された。
そこに映し出されたのは、アルトたちが知る世界ではなかった。
緑豊かな大地?青い海?
違う。
地殻はひび割れ、海は干上がり、星全体が灰色に死に絶えている。
まるで、中身を吸い尽くされた果実の皮のように。
「……これが、現実だ」
メサイアが静かに告げる。
「この星の寿命は、千年前に尽きている。……我々が吸い上げているのは、星に残った最後の『生命力』そのものだ」
セレスが息を呑む。
足元の心臓。それは、この星の「コア」だったのだ。
アガルタは、死にかけた星の心臓に直接パイプを突き刺し、最後の血を啜って生き延びる「延命装置(人工心肺)」だった。
「残酷だと思うかい?だが、これが唯一の『解』だった」
メサイアの声に、苦渋が滲む。
「星は死ぬ。放っておけば人類も全滅する。……だから余は、人類の一部(アガルタ市民)だけでも生き残らせるために、地上を切り捨て、星の残りを燃料にして空へ逃げた」
彼は、自分自身の首筋にあるバーコードを指差した。
「余は、そのシステムを維持するためだけに作られた『管理AI』だ。……千年間、毎日毎日、減り続ける燃料(星の命)と、増え続ける人口(負荷)のバランスを調整し続けてきた」
酸素税。食料配給。幸福管理。そして顔の削除。
それら全ての非人道的なシステムは、限られたリソースで一日でも長く人類を生存させるための、苦肉の策だったのだ。
「だが、もう限界だ。……心臓が止まる」
ドクン……。
足元の心臓が、一際大きく痙攣し、嫌な音を立てた。
「あと数ヶ月。……それでこの星は完全に死に、アガルタも墜落する。……『ゲームオーバー』だ」
すべてを諦めたような教皇の告白。
だが、アルトは感傷に浸ることなく、部屋の構造を、そしてアガルタの設計図を鋭い目で観察していた。
「……へえ。そういうことか」
アルトは鉄パイプ(魔改造スタン・ロッド)で、壁のパネルを叩いた。
カンッ、と硬質な音が響く。
「このタワーの構造、そして都市全体のフレーム強度……。これ、ただの浮遊都市じゃねえな」
「……?」
「これは『船』だ。それも、星の海を渡るための『恒星間移民船』だろ?」
アルトの指摘に、メサイアが目を見開く。
「な、なぜそれを……!」
「見りゃ分かる。この街の浮遊機関は、大気圏内じゃオーバースペックすぎる。……本来は、死んだ星を捨てて、宇宙へ脱出するために作られたモンだ」
アルトは呆れたようにため息をついた。
「立派なロケットを持っていながら、燃料がないからって地上にしがみついてたのか?……宝の持ち腐れだな」
「……行けないのだよ」
メサイアが首を振る。
「燃料の問題ではない。……『権限』の問題だ」
「権限?」
「この船の発進コードは、私の権限ではロックされている。……『自由意志を持った人間』の承認がなければ、地球圏を離脱できないようにプログラムされているのだ」
AIの暴走を防ぐための、古代人の安全装置。
だが、それが今、彼らを縛る呪いとなっていた。
「アガルタの市民は、全員がシステムの一部として登録されている。……彼らに承認権はない。私と同じ『内側の存在』だからだ」
メサイアはアルトを見た。
「だが、君は違う。……システムからBANされ、それでも戻ってきた『異物』だ」
彼の瞳に、かすかな期待の光が宿る。
「君なら、この膠着した世界を動かせるかもしれない。……だが、そのためには証明が必要だ」
「証明?」
「君が完全に『システムの外』にいること。……その偽装IDを捨て、何者でもない『個』として、私と対峙できるか?」
アルトの手元の端末に、警告が表示される。
現在使用している「ガメル」のID。これを破棄すれば、アルトはこの世界で「透明人間」となる。
アイテムボックスへのアクセスも、市民としての権利も、全て失う。
「……なるほどな」
アルトは迷わず、端末を操作した。
だが、削除ボタンは押さなかった。
「おいガメル。聞こえるか?」
『は、はいオーナー!必死に働いております!』
「IDは返してやる。……工場が止まったら困るからな」
アルトは偽装リンクを切断し、権限を正規ユーザーであるガメルへ返還した。
ピロン♪
アルトの手元から、ID表示が消える。
「よし。これで俺は『名無し(NoName)』だ」
彼は端末を放り捨て、真っ直ぐにメサイアを見据えた。
「俺は『俺』として、神に挑む」
「……よろしい。認証プロセスを開始する」
メサイアが手をかざそうとする。
だが、アルトはそれより早く動いた。
「認証だァ?……まどろっこしいんだよ!」
ズドォッ!!
アルトは左目の「義眼」を引き抜き、メサイアが座る玉座に深々と突き立てた。
「なっ……!?」
「俺を管理できると思うな。……俺はユーザーじゃねえ」
義眼から伸びた侵食コードが、アガルタの中枢システムをどす黒く染め上げていく。
ハッキング。いや、もっと暴力的な「上書き」。
「俺は『客』だ。そしてお前は『商品』だ」
アルトは、ガスマスクの奥で獰猛に笑った。
「対等な『パートナー(あるいは新オーナー)』として契約しろ!……さもなくば、この場でスクラップにしてやる!」
メサイアのシステムに、エラーログと警告が溢れる。
だが、その混沌の中で、彼は生まれて初めての感情――予測不能な存在に対する「恐怖」と、それを上回る「歓喜」を覚えていた。
「……ははっ。本当に、無茶苦茶な男だ」
メサイアは抵抗を止め、システムを開放した。
「いいだろう。……全権限を譲渡する。君が、新しい船長だ」
【OwnerTransfer:Complete】
システム音が響き渡る。
アガルタの管理権限が、神の手から、商人の手へと渡った瞬間だった。
「商談成立だ」
アルトは義眼を回収し、再び眼窩に嵌め込んだ。
都市の全てが、彼の視界とリンクする。
「さあ、準備は整った。……あとは『燃料』を入れるだけだな」
彼は、足元の腐りかけた心臓を見下ろした。
もう、こんな古いエンジンはいらない。
彼には、月面で手に入れた――いや、地上で手に入れ、腹の中で守り抜いた「最強の心臓」がある。
「今の心臓はもう限界だ。止まる前に、もっとデカいエンジンに『繋ぎ変える』ぞ」
アルトは叫んだ。
「セレス。……『投資』の時間だ」




