第二十一話 炎渦巻く延暦寺で慶松少年と出会う
元亀二年九月、信長様は、昨年敵対した比叡山延暦寺を攻撃することを決断した。後世では比叡山焼き討ちと呼ばれる戦いである。
九月十一日、去年の主戦場にもなった近江国坂本に布陣した。ちなみに、今回も足利家からの目付のような形で、明智光秀殿も参加している。
「延暦寺から、金三百貫を渡す代わりに、此度の攻撃を見送って欲しいと申し出がありますが……」
「断る。昨年、散々中立を保つように要請したのに、浅井・朝倉の味方として付き続けたのはどこのどいつだ。あの時言うことを聞かなかった相手に、この期に及んで、『仕方がない、引き上げる』と言うほど、俺は優しくはない」
「……では、どうするので?」
「焼き討ちだ。ここで、比叡山を燃やし尽くし、俺に敵対するものはどのような者であろうと、許さぬということを示しつけねばならん」
軍議に参加していた諸将が、一瞬で静寂に包まれる。寺……山ごと焼き討ちにするということは、仏の道に当然反する行為だ。だが、それを信長様は平然と行おうとしている。
「俺は仏など信じぬ。仮に信じたとしても、延暦寺や本願寺のような武装集団を仏の道を守っている者とは思っていない。いいか、此度の相手は仏ではない。誤った教えを受けた哀れな僧兵を殲滅させるための戦と心得よ」
「……僧兵を討つことには、皆異論ございません。ですが、比叡山には、戦から逃れるために逃げた坂本の民もいると聞いております。そのような者を討つことは―」
「やれ。ここで、延暦寺を叩き潰さなければ、また浅井や朝倉とこの地で長い戦をすることになるぞ。全ての咎めは、この信長が受ける!其方らは、俺に付いてくれば良い」
信長様は、生半可な気持ちでこの戦に臨んでいるわけでは無いことがよくわかった。そこまで言うのであれば、僕たちも覚悟を決めようか……
翌十二日、信長様は布陣していた坂本・堅田の地に火を放ち、比叡山へ軍を進めた。山の麓の日吉大社という神社に逃げていた人もいたが、信長様は躊躇なく火を点けていった。山の中を進みながら、風の動きを読みつつ、根本中堂の方に燃え広がるように火をつけ始める。段々、火は山の上の方へ燃え広がっていく。そして、思っていたよりも火の動くスピードが速い。半刻ほどで、すっかり比叡山は橙色に染まってしまった。
根本中堂に着く頃には、建物がほぼ全焼していて、僧兵の叫び声、女性や子供たちの泣き声で、目の前は地獄絵図だった。
「まだ、間に合う!この道を降れば、生き残ることが……何で、織田軍がここにいるんだ?」
明らかに、坂本から逃げてきた罪のない民だ。彼らだけでも逃がしてあげたい。そんなことを思っていたら、信長様は弓隊に攻撃を命じる。
「弓を放て!」
「待ってくださ―」
僕の声が届く前に、逃げようとした人たちは矢に刺さってしまった。恐らくだが、もう助からないだろう……
「父ちゃん!父ちゃん!」
「一人残さず討ち取れ!女子供であっても、構わぬ!」
「も、もうやめませんか?これだけ燃えていますし、逆らい続ける僧兵も大半を討ちました。罪のない子供たちを殺すのは―」
「止めるな、孫四郎。……お前はこうなるなよ」
信長様は、そう言った後、父親を亡くした子供を火縄銃で撃った。
どうして、罪のない人たちを殺すんだ……
彼らは、僕たちの戦に巻き込まれた立場なのに……
少し呆然として戦況を見ていたら、秀吉様率いる木下隊の皆が、僕に近づいてきた。皆、僕を見つけた後、驚いていた。
「犬……孫四郎!何で、お前ここにいるんだ?危ないぞ!」
「秀吉様……僕たちが望んでいる世を実現させるために、この戦は必要だったと思いますか?」
少し意地悪な質問をしたと思う。だけど、秀吉様はすぐに答えてくれた。
「おいらたちの理想の世のために必要なわけ無いに決まってる。けど、この戦のおかげで、信長様に逆らうとどうなるかと言うのが伝われば、戦が減る……そう、信じてる」
言葉が詰まっている。つまり、本当は秀吉様もこの戦は間違っていると思っているんだ。
「……兄上、孫四郎にも加わってもらいますか?」
「加わるって何にですか?」
「比叡山は、この根本中堂が一番上というわけではございません。もしかしたら、まだ上に逃げている人がいるかもしれないので、その確認をしようと」
半兵衛先生が、目的を説明してくれた。
そうか。まだ、助けられる人がいるかもしれないのか。
「お供させてください。状況によっては、私も力になれるかもしれないので」
「よし。では信長様には後始末をするとでも言って行くか」
初めて、秀吉様と共闘することになるのか。彼と一緒なら、生き残った人を救えるかもしれない。
山を少し登ると、粗末な小屋があった。
これは……!
「…!足跡が残っています。それも、まだ出来立ての」
「扉も空いていますね。この、足跡から見るに殆どが子供かな?」
つまり、中で集団自殺でもしていない限り、恐らくあの小屋には十人前後の子供がいる。
「秀吉様、ここは僕たち二人で行きましょう」
「どうしてだ?」
「相手は、恐らく大半が子供です。大人数で押しかけたら、子供たちは怖がって動けなくなってしまうかもしれません」
「なるほどな。じゃあ、確認しに行こうか」
小屋の一番奥の部屋まで、音を立てずにそっと歩く。暗くて見ずらかったけど、蝋燭で確認したら、一人の御坊様と十人ぐらいの子供たちがいた。子供たちはビクビク震えている。
「突然、押しかけて申し訳ございません。織田家家臣、前田孫四郎利長と申します。横にいるのは、木下藤吉郎秀吉殿です。最初に言っておきますが、私たちは貴方たちの命を奪うつもりはございませんので、そこについてはご安心……と言っても出来ないですよね。ごめんなさい」
「……我らをどうするつもりでしょうか?」
「皆さんには、秀吉殿の軍に混じってもらって京まで逃げてもらいます。このまま隠れていても、信長様に見つかったら殺されてしまうので、京に逃げるまでは私たちを信じて付いてきてもらいたいのですが……」
「しかし、そうは言われましてもな……」
御坊様が困っている。無理もない。僕も御坊様の立場だったら、悩みに悩んで決められないと思う。どうしようか、秀吉様と見つめ合って悩んでいたら、意外なところから救いの声が聞こえた。
「和尚様、この方たちを信じましょう」
「慶松、しかしそうは言っても……」
「慶松と言ったか?お前、大谷の?」
「初めまして、秀吉様。母がいつもお世話になっております」
「……どういうことですか?秀吉様」
「この子の母親は、最近ねねに仕えて身の回りの世話をしてくれているのだ」
「とすると秀吉様は、たまたま身内を助けて、京に帰ったということにすれば……?」
「行ける、行けますぞ!和尚、どうか俺たちを信じてください!」
「……わかりました。皆、絶対にお二方から離れないこと。生きて、家に帰ろう」
「ありがとうございます。では皆さん、行きましょう」
それにしても、大谷という苗字はどこかで聞いたことがある気がする。秀吉の近くに仕えていた大谷って……大谷吉継のことか。歴史的には関ヶ原の戦いで家康に敗れ、自害するという最後しかわからないけど、半兵衛と官兵衛の教えを継いだ人として有名だったと思う。ここで助けなかったら、その天才を失うところだったのか。
京に戻った後、信長様にも事情を話し、彼らが普通に生きることを許してもらった。問題は、大谷慶松という天才(候補)の扱いである。
「俺が預かりたいが、すぐに横山城に戻らなくちゃいけないからな……孫四郎、お前の家臣、誰もいなかったよな?」
「今はいませんけど……」
「じゃあ、お前の家臣になってもらうか」
僕の家臣?大谷吉継が来てくれるの?それは、嬉しいけど……
「慶松はそれでいいの?僕はまだ、そこまで偉いわけじゃないけど」
「私は孫四郎様が許してくれるのであれば、お仕えしたいです。比叡山でも、貴方様の名はよく聞いていました。私みたいな立場の人にも優しい孫四郎様のために、これからは力を尽くしたいと思っておりました」
「……頼りないかもしれないけど、これからよろしくね」
「雇って頂けてありがとうございます」
雇うという言い方は好きじゃないな。……そうだ。
「召し抱えるという表現に変えとくね。これからずっと一緒に過ごすと思うから、その方がお互いいいでしょ?」
「……!本当にありがとうございます!」
一人目の家臣、大谷吉継。今後、僕は彼に似合う主君になることが出来るかな?
比叡山焼き討ち、そして初めての家臣との出会いの回でした。
次回、元亀二~三年がまとまる予定です。尚、この回は殆ど台詞がないので読みづらいことを先にお伝えしておきます。台詞を加えてしまうと、とんでもない字数になってしまうので…()




