第二十話 小早川隆景との出会い
連続で戦いの話を書くのが嫌という個人的な理由で()、後半部分はほのぼのする展開にしました。
まあ、次回は例の焼き討ちですしね……。たまには、平和な回で許してください。精神がおかしくなりそうなので(笑)
元亀二年二月、浅井家家臣の磯野員昌が降伏した。彼が守っていた佐和山城という城は、姉川の戦いで横山城を織田軍が落として以降、南北に分断された浅井領の南側に位置しており、浅井家からの援軍が来ないと判断したのか、攻撃したその日のうちに降伏したそうだ。浅井家の重臣を、一人降伏させることが出来たのは、非常に大きい。
落とした佐和山城には、丹羽長秀様が入った。
五月、長島の一向一揆と決着を付けるために、本格的に一向一揆との戦いを開始した。織田軍は、信長様・柴田様・佐久間様が率いる三部隊に分かれて、三方向から囲むように長島に攻めた。
僕も、信長様の傍で参加したけど、一向一揆軍は、物量で押し切るのではなく、戦術を考えて、タイミングを揃えて攻撃してくる、大名家との戦いとほぼ変わらない戦いをしていたと思う。その根拠に、織田軍が、一度退こうと考えている時に、狭い場所で待ち構えて攻撃してきたのだ。柴田隊を殿として、撤退したのだが、まさかの柴田勝家様が負傷、そして西美濃三人衆の一人である氏家卜全殿が討死するという予想外の事態に陥ってしまった。去年の織田信興様に続き、まさかの二人目の犠牲者が出てしまった。
柴田隊に参加していた忠三郎さんも、あれは地獄だったと振り返るぐらい、一揆軍は大将首を執念で追い続けてきたそうだ。柴田様が、怪我程度で済んで良かったけど、もしも亡くなっていたらと考えると本当にゾッとする。
六月、足利義昭様が頼みたいことがあると、二条御所に招かれた。サポートとして久太郎さんが、そして見学者として信長様も付いてきたけど、そこまで重要な話をするのだろうか。もしかして、引き抜かれないか警戒しているのかな?信長様以外の主君に仕えるつもりは無いから、そんな心配はいらないと思うけど。
「犬千代殿!あ、申し訳ない。今は、孫四郎利長と名乗っているのでしたな。孫四郎殿、随分大きくなりましたな」
「お久しゅうございます、公方様。三年ぶりですが、私の名前を憶えてくださったのですか?」
「其方と久太郎殿は、あの日から一度たりとも名前を忘れたことがない。織田家の……いや、この日ノ本の未来を担う若き二人だと、私はあの日から思っていましたから」
「有難いお言葉です」
「……ところで、何故信長殿と久太郎殿も来ているのでしょう?」
「久太郎殿には、私の補助をお願いしています。信長様は……わかりません」
「自分の子のような孫四郎に何を頼みたいのか、気になって付いてきただけのこと。お気になさらず、話をお続けください」
信長様の子より、心配されている気がする。有難いけど、後ろから見られている感じが落ち着かない。
「そ、そうですか。では、本題に入ります。孫四郎殿は、信長殿の軍師のような立場と伺っております」
「そうですかね……?」
「去年は、殆どの戦いに関与していたではないですか」
そう言われてみたら、去年は金ヶ崎を除けば前線以外でのサポートが多かったと思う。日本一弱い軍師ぐらいだったら、名乗ってもよいのかもしれない。
「それでですね。此度、毛利家の軍師、小早川隆景殿に書状を送るのですが、その遣いをお願いしようと思ったのです。引き受けてくれますか?」
小早川隆景。高校の教科書でも名前が出てくるぐらい有名な人物だ。五大老の一人として、秀吉を支えようとしたけど、彼が亡くなる一年前に病気で亡くなったとされる人だ。秀吉に認められたということは、相当実力があった男と見て間違いないだろう。そんな人に会わせるチャンスを義昭様はくれると言っているのか。
ただ、毛利家の現状は、かなり厳しかった気がする。
「喜んで、お引き受けいたします。ただ…今、毛利は、浦上や三好と戦っている最中とお聞きしております。無事に届けられる保証は出来ません」
「そこを、何とかお願いします。滞在費は全て、足利家が負担します」
ん?これは、信長様も嬉しい条件じゃないか?と思いながら少し後ろを見てみると、ニコニコしながら、行ってこいという表情をしていた。
「……わかりました。確実に届けられるように、時間をかけてでも安芸へ向かいます」
「よろしくお願いしますね」
御所から戻りながら、付いてきてくれた二人に話しかけられる。
「珍しいな。お前が即決するなんて」
「本当ですね。いつもの孫四郎君なら、少し考えさせてくださいと言うかと思っていましたが」
「あの小早川隆景様に会うことが出来るかもしれないと言うのが嬉しかったので、つい……」
「半兵衛に並ぶ智を持っている隆景だったら、お前が喜んで引き受けるのも無理ないか。久太郎も、孫四郎の供をしてあげてくれ」
「私もですか!?別に構いませんが」
「よろしくお願いします、久太郎さん!」
「その笑顔で言われるのずるいな……」
「中々、俺にはその顔を見せてくれないのは何故だ?」
そんなこと、僕に言われても困るんだけどな……。きょとんとしていたら、二人とも笑い出した。
「この数年で、孫四郎君の表情も豊かになりましたよね」
「そうだな。この生活にも慣れたからか?」
「未だに慣れてはいませんよ。でも、こうやって新たなことに挑戦しようと思えるぐらい、毎日が楽しいのです」
「お前や久太郎、それから忠三郎にはある程度の自由を許しているからな。結果を残す若い者を重用するのは、当然のことだ」
「そのおかげで、今の私があると思います。信長様、本当にいつもありがとうございます」
そう言って、頭を下げる。久太郎さんも続けて、お礼を言ってから頭を下げた。
「こ、これからも、天下布武を成し遂げるために頑張ろうな」
そう言って、信長様は先に戻っていった。また、きょとんとしながら見つめていたら、久太郎さんに早く戻るよと言われたので疑問を抱えながら、宿に戻った。
翌日から、小早川隆景殿の安芸の新高山城に久太郎さんと二人で歩いて向かい始めた。京から安芸は早馬なら二日で行くことが出来ると聞いていたが、実際何度か宿泊を挟むと、時間をかけていったのもあるが、四日はかかった。新高山城に着いたのは六月六日だった。
着いて早々、自分が何者であり、何用で来たかを門番の人に伝え、城内に入れてもらった。案内された部屋で、二人で待っていたら、見た目は信長様より若そうな男の人がやって来た。
「お待たせしました。毛利家家臣、小早川中務大輔隆景と申します」
彼が、小早川隆景か。事前情報で、信長様より一つ年上と聞いていたが、そんなことを感じさせないぐらい若く見える。
「織田家家臣、前田孫四郎利長でございます」
「その、助手の堀久太郎秀政です」
「お二人とも、若いですね。輝元より若いのにしっかりしていらっしゃる。信長の目は、いつも先を見ているようで」
「私が、こういうのも変な話ですけど、隆景様も信長様より若く見えます。何か、若さを維持する秘訣みたいなものがあるのですか?」
「秘訣は無いですけど、食に拘っていますね。偏らない食事を常にすることを心がけています。後は、たまにですが、元春兄上と鍛錬をして、体が鈍らないようにしています」
元春というのは吉川元春のことだろう。毛利両川という言葉の中で、三本の矢とセットで習った。生涯不敗という伝説も残っていた気がする。
「当たり前を続けること。それが大切ということですね」
「その通りです。……ところで、今日は書状を持ってきたと聞いておりますが」
「あ、そうでした。こちら、足利義昭様が隆景様宛に書いた書状です」
「ありがとうございます。……なるほど、讃岐を攻めよと」
そんなことが書かれていたんだ。全然知らなかった。
「毛利家は今、浦上と三好に攻められていてそれどころではないですよね?」
「ええ。それに……もうすぐ、父上が死にます」
毛利元就。吉川元春や小早川隆景の父で、中国の英雄の一人。僅か一代で安芸の領主から中国六国の太守に成長させた男だ。その生涯で残した名言も多く、半兵衛先生もいつか会ってみたい一人にあげていた。そんな男が、死ぬという情報を隆景様が、今普通にしたことに僕はともかく、久太郎さんも動揺している。
「実は今、新高山城にいるのも、いつ父が亡くなるかわからないからでして……しばらく、毛利が義昭様を助けることは難しいかと」
「よろしいのですか?私たちにそんな重要な情報を流しても」
「構いません。父は、信長と手を組むという選択も、前向きに考えていましたから」
「元就殿は、先の世が何となく分かっているということか」
「恐らく。毛利が織田と戦っても勝てる見込みは無いことを父は私たちに何度も教えてきました」
「……そんな忙しい中、訪ねて申し訳ございません」
「いえいえ。久しぶりに、面白い話が出来て面白かったですよ。公方様にも、毛利がこのような状況であることをお伝えください」
「畏まりました」
「ところで……二人とも、今日泊まる場所は決まっていますか?もし、よろしければこの城の空いている部屋をお貸ししますが」
「よろしいのですか!是非、よろしくお願いします」
「孫四郎君……少しは遠慮しようよ」
久太郎さんに小声でそう言われた。でも、あの小早川隆景にそんな誘いを受けて断る方が間違っていると思うけどな。
「久太郎さん、僕が誰にでもこんな態度を取ると思いますか?」
「なるほど。……小早川様、お言葉に甘えさせて頂きます」
隆景様は、いえいえと言いながら家臣の人に部屋に案内するように命じた。
その夜は、隆景様の昔話を沢山聞かせてくれた。将棋も何回か指させてもらったけど、一回も勝つことが出来なかった。本当に強い。隆景様は、いい勝負だったと言ってくれたけど、久しぶりに悔しい思いをした。戦国時代の軍師は、本当に皆、頭強かったんだなということがよくわかった今日この頃だった。
翌日、隆景様にお礼を伝えて、京へ再び戻る。朝日に輝く瀬戸内海が、とても美しかった。この美しい海にこれからは、信長様のために、軍師として天下布武が実現できるように尽力しようと誓い、瀬戸内を後にした。
孫四郎が、信長の軍師であることを自覚した出来事でした。




