第二十二話 畠山春王丸
さて、大谷慶松を家臣に加えることが出来たわけだが、ここに来て重要な問題に気が付いた。そう、自分の家が無いということである。その事について、信長様に相談しようと思っていたら、案の定お呼び出しを受けた。
「お呼びでございますか、信長様……久太郎さんも呼ばれていたのですね」
「其方たちに話したいことがある。その前に、孫四郎。秀吉から聞いたが、家臣を迎え入れたというのは誠か?」
「はい。先日、お話をした秀吉様の親戚である大谷慶松を、一人目の家臣として召し抱えました。その事に関連するお願いをしようと思ったのですが……久太郎さんと一緒に呼ばれたということはそういうことですか?」
久太郎さんだけ状況が呑み込めていないのか、頭の上にクエスチョンマークが見える。
「そういうこととは?」
「孫四郎、説明せよ」
「あ、はい。御呼ばれした時点で、私が住む家を今後どうするのかという話をするのだと思っていたのですが、久太郎さんがここにいるということは、二人で新生活を始めたらどうだ?という提案をするのかなと」
「……え!?」
「その通りだ。ただ、二人ではない。お前の家臣も含め、三人だ」
「あ、そうでした……」
「全く。この場にいないとはいえ、慶松とやらは泣いているぞ……」
「ちょっと待ってください。話についていけないのですが」
久太郎さんが、一人だけ置いて行かれている。信長様が、また説明してくれという目を送っているので、続けて僕が説明する。
「僕は数えで十歳、慶松も七歳です。とてもではございませんが、僕たちだけでは家を守ることは出来ません。そこで、同じく独り身である十九歳の久太郎さんに白羽の矢が立ったわけです」
「二度も刺さないでよ……」
二度?あ、白羽の矢が立つの意味がこの時代は違うのか。
「白羽の矢が立つの本来の意味は、抜擢されるですよ」
「そうなの?」
「半兵衛先生がそう言っていたから間違いない……はずです」
「なるほどね。……でも、独り身は言わなくてよかったよね?」
涙目になりながら、訴えてくる久太郎さんが可哀想に思えてしまった。たまに、毒舌が発動してしまう癖を治したい。
「で、お前たちはどうしたいんだ?」
「私としては、久太郎さんと一緒に暮らすことが出来るのであれば、戦の時でも慶松を安心して任せることが出来るので、むしろこちらからお願いしたいと思っておりました。久太郎さんが許すのであれば、一緒に生活したいのですが……」
久太郎さんは息を吐いてから、口を開く。
「こちらこそ、一人でいるより君と一緒にいた方が楽しいから……よろしくね」
こうして、久太郎さんと慶松と三人での共同生活が始まった。
比叡山の焼き討ちの後、坂本は明智光秀殿が治めることになった。積極的に参加していたのが評価されたのだとか。足利家家臣でありながら、信長様に領地を与えられることから、両家から信用されていることがよくわかる。そんな彼が、本当に十一年後に裏切るのだろうか…。
元亀三年 三月
★畠山義隆
「王手」
「……負けました。これで何度目でしょうか」
「今日で七十五勝七十七敗だな。……そろそろじゃないか?」
私は今、兄義慶と共に将棋を指している。兄上は一応畠山家当主なのだが、毎日私と将棋を指している。六年前のあの一件以来、遊佐美作守続光や長対馬守続連たちが兄上の代わりに政を行うからだ。だが、兄上はそれをよしとしている。その方が私と遊べて楽に過ごせるからいいのだとか。それで本当に良いのかと私なら考えるが兄上がそれでよいというのであればということで私も兄上の遊びに付き合っている。
近くの部屋から泣き声が聞こえ始めた。さて、そろそろ片付けて向かうとするか。
部屋に入ると横になった妻、春と乳母に抱えられた赤子がいた。
「義隆様、男の子ですよ」
「こ、これが私の子なのか…?」
「そうですよ。……!」
春が突然咳込んだ。子を産んでまだ間もないのだ。きっと、体が慣れていないのであろう。
「大丈夫か?」
「はい…」
「名前はどうするのだ、義隆」
兄上が聞いてくる。春が明らかに苦しんでいるときにそんなことを聞かないでほしかった。だが、春は自分は大丈夫という目を私に向けてきた。その目を信じて私は話す。
「春王丸にしようと思います。この子の目を見ていると春のような優しさを感じられます。春のように優しい人に育ってほしい。そう願いを込めて」
「いい名前ですね。…!」
「…!春!しっかりするのだ!」
春の口から血が出てきた。咳き込むたびに血を吐く春。私はその場にいるのに何もすることが出来なかった。
「義隆様…」
「春!春!」
何故、こんなことに…。
◇畠山春王丸
俺が生まれた日に母親は亡くなった。死因は分からない。乳母たちは祖父や曽祖父の祟りだとか呪いだとか騒いでいる。だが、未来から来た俺からしたらそんなことあり得るわけがない。ただ、一つだけ言えるとしたら栄養管理が全くなっていないということだ。その日の父や伯父の食事を見たところ、野菜や果物が少ない。俺はこの身体ではまだ生まれたばかりだから乳しか飲めないが、十六歳の父や十八歳の伯父はまだまだ成長盛りだ。栄養バランスが揃っていなかったら大きくなれないし、体調も崩しやすい。根拠は全くないが母も毎日似たような食生活で栄養が足りなかった。その状態で俺を産んだから、身体が異常状態になり吐血や咳が止まらなくなってしまったのかもしれない。いきなりこの時代に転生してきてあんなことが起こるなんて…。
転生前の俺は何をしていたのかよく覚えていない。覚えていることは家族を大切にしていたこと。日本史は高校で習う程度のことしか覚えていないこと。但し、戦国時代については有名な姫様や戦いについては多少知っている。だが、俺の脳内には能登畠山家に関する情報はどこにもなかった。義慶も義隆も、勿論春王丸もわからない。畠山で知っているのは鎌倉時代の重忠と応仁の乱の義就と政長、この三人だけだ。俺の予想だと、能登畠山家は隣の上杉、或いは織田家に滅ぼされたのだと思う。豊臣家の戦いは大体覚えているけど織田家の戦いは本当に主要な戦いしか覚えていない。教科書には北陸の戦いは朝倉氏との戦いしか書いていなかった気がする。その後に能登畠山や加賀の一向一揆とかも戦っていたのかもしれない。いつ、この畠山家は滅びるのだろうか。また、それは避けられることなのだろうか。
駄目だ、考えてもキリがない。正直、この時代に来たことは今でも夢ではないかと疑っている。だけど、あの血の匂い、父親の涙、そしてあの叫び声。どれもAIやVR等ではとてもじゃないけど再現できないと思う。多分、俺は戦国の世に転生した。何でかはわからない。直前の記憶は誰かを守って何かにはねられたこと。ただ、死ぬほどの痛みはなかった気がするんだけどな。それがこの時代に来る原因だったのか、それとも…いかんな。これ以上考えても何も良くならないというのに。
春王丸か。いい名前だな。母親のように優しい人に育ってほしい、か。父親と伯父の会話からして、今が元亀三年であることがわかった。元亀三年と言うと天正に変わる前年…つまり一五七二年だな。この年は武田家が西上作戦を開始し、最盛期を迎える。長篠直前までは信長や家康も簡単には東に攻められなかったはずだ。その信玄の北で勢力を拡大させているのが上杉謙信。信長も彼がいた頃は越前より北は簡単に取ることが出来なかったらしい。つまり、謙信が生きている間は信長の心配はしなくても大丈夫そうだ。
そういえば父親も伯父も若いのに祖父がいないのは何でだろう。祟りって言っていたのが気になるな。もしかして、殺されたのか?うーん、わからない。誰かに聞きたいけど、今の俺が喋ろうとしても泣くことしかできない。喋れるようになったら父に聞いてみよう。
☆
元亀三年は、一度も戦場で戦うことが無かった。京に自宅を構えた昨年末から、岐阜と京を行き来する生活が本格的に始まり、今まで以上に多忙を極めている。
僕が戦に参加しなかっただけで、周囲の状況はこの一年でまた大きく変わっている。
まずは、浅井・朝倉家関連の話だ。昨年の比叡山焼き討ち以降、浅井家は単独で北近江から動くことが難しい状況になった。そのため、信長様は三月と七月に二度、小谷城を包囲したが、堅城ということもあり、ここでは勝負がつかなかった。しかし、八月に朝倉家臣の前波吉継と富田長繁が降伏し、十月には秀吉様の調略が功を奏し、浅井家重臣の宮部継潤が寝返るなど、少しずつではあるが、両家を切り崩すことに成功している。
畿内では、松永久秀殿と三好義継殿が信長様を裏切り挙兵した。また、足利義昭様に対しても、九月に信長様は十七ヶ条の意見書を提出した。その内容は、義昭様の日頃の行いを改めるように色々書いたそうだが、義昭様からしたら過保護……というより最早脅しに感じたらしく、織田家の周囲の大名家に信長を討つように御内書を出したそうだ。その呼びかけに応じたのが、甲斐の虎こと武田信玄である。
信玄は、十月三日に甲斐国甲府を出立すると疾風の如く、あっという間に長年の織田家の同盟者である徳川が治める遠江の城を次々と落としていった。十月十六日、一言坂で両軍最初の戦闘が行われたが、徳川軍の準備が整っていなかったこともあり、大した抵抗も出来ずに敗北してしまった。勢いそのままに、武田軍は遠江の重要拠点である二俣城に攻撃を開始した。二俣城は、家康様の本拠地である浜松城と有名な掛川城のちょうど中間地点ぐらいにある城で、この城が落ちると徳川家は遠江を東西分断されてしまうことになる。
同時に、織田家の領内でも武田軍の侵攻は発生しており、十一月、美濃の岩村城が武田家家臣秋山虎繁の手によって包囲された。城を守っていたのは、信長様の叔母であるおつやの方様だったが、攻撃側の秋山虎繁と婚姻する代わりに城兵の命を見逃すという条件に乗ってしまったそうだ。十一月十四日、岩村城は武田軍の手に落ちてしまった。
その後、徳川軍が二俣城で苦戦しているという情報が届いた直後、信長様は援軍を送ることを決断した。だが、浅井・朝倉軍が北近江から美濃に進攻しようとしている情報が入ったため、多くの兵を送ることは出来ず、佐久間信盛様、水野信元殿、滝川一益様、平手汎秀殿、林秀貞殿、そして森可成様を送ることに決めた。信長様に、主力をここまで集めない方が良いのではと一応聞いたが、盟友家康に多くの兵を送れない代わりに質で補わざるを得なかったと顔を俯かせながら答えていた。
援軍が到着する前の十二月十九日、二俣城は落城した。武田軍相手に約二ヶ月耐えていたが、山県昌景率いる金堀衆の手によって、城内の水が枯渇してしまい、これ以上の抵抗は不可能と判断した城主の中根正照殿は城兵の命を守る代わりに降伏したそうだ。
その三日後の二十二日に、派遣した援軍が浜松城に到着し、当初は家康様は籠城しようという構えを見せた。しかし、武田軍は浜松城をスルーして三方ヶ原に向かった。このままでは、信長様の背後を脅かしかねないと判断した家康様は、織田家の援軍と共に三方ヶ原に向かった。しかし、それは信玄の仕掛けた罠であった。武田軍は徳川軍を待ち構えるかのように三方ヶ原で布陣していたのである。またしても、態勢が整っていなかった徳川軍は、武田軍に飲み込まれてしまい、多くの重臣を失ったのである。援軍として送った織田家からも平手殿、そして……森可成様が討死してしまった。
真っ先に逃げた佐久間様によると、三左様は二年前に本来討たれるはずだったところを、信長様が助けてくれた。その恩に報いるために自ら志願して残って戦ったそうだ。また、すぐに逃げた理由を家康様と共に最後まで武田軍と戦い続けた水野信元殿のせいに無理やりしようとしていたが、信長様からは家康を守るために最後まで戦った二人に比べて、今のお前は醜いと叱責されていた。佐久間様は顔を真っ赤にしながら謝ったことで何とか許しを得ていたが、自分のことしか考えられないようでは、この人の将来も危うい気がした。
今年最後の任務は、美濃国金山城にいる森長可殿に三左様の遺品を届けることであった。たまたま、新年の挨拶をするために岐阜に来ていた忠三郎さんも、お世話になった森様の息子に一度会っておきたいということで、付き添いのような形で付いてきてくれた。二年前の年末に、岐阜城下の茶屋で森家の皆と顔会わせをして以降、何度か森家の皆(特に蘭丸)と岐阜城下で遊ぶことはあったが、まさかこのような形で再会することになるとは思わなかった。
「前田の孫四郎でございます。隣にいるのは、蒲生忠三郎殿です」
「……既に報せは聞いております。徳川様を逃がすために最後まで奮闘して討たれたと。実に、父上らしい」
勝蔵殿は、目に涙を溜めながら、そう答えた。彼の横に控えていた蘭丸、坊丸、力丸も何となく状況が理解出来ているらしく、目から涙が溢れていた。
「こちらは同じく、最後まで残った水野下野守殿が回収することが出来た遺品でございます。刀と短刀、それから火縄銃と身に着けていた巾着袋しかございませんが……」
兜や鎧はボロボロになっていて、回収できなかったそうだ。
「……父は出陣する前に、もしものことがあったら、孫四郎殿を頼れと言っていました。彼なら、森家を粗末に扱うことはしないと」
「僕、そんな力は持っていませんけど―」
「昨年、信長様から褒美として家を建てて貰った者が何を言っているんだ」
忠三郎さんに突っ込まれる。少なくとも、今の時点ではとでも言えばよかっただろうか。
「話を戻しますけど、三左様は、いつかこうなるかもしれないことを、二年前のあの日から分かっていたのかもしれません。あの日、浅井と朝倉の動きを予見してすぐに引き返したから、三左様は助かった。それは、あの方も気づいていた。だから、あの日から救われた命を信長様の天下布武のために使おうと思っていた。……『万が一儂が死んでも大丈夫』には、命が尽きたとしても、僕たち若い世代が活躍することを何となく予感していたから、ふと呟いたのかもしれないと」
「父が、そんなことを?」
「勝手な予想ですが……三左様が僕のことを高く評価してくださったのは、坂本での一件だけでなく、もしかしたら描いた未来が同じだったからかもしれない。僕はそう思います」
森家も、前田家と同じで家族の仲が良い。子供たちが幸せに暮らせるように、三左様はこれまで頑張ってきたのだろう。そのために、自分を犠牲にしていいとは思えないけど……
「……だから、父上は孫四郎殿を頼るようにいつも言っていたのか」
「いつでも、頼ってください。今出来ることは少ないけど、可能な範囲で頑張ります」
「……この火縄銃は、孫四郎殿が預かってくれ。その代わりに、俺たちのことを忘れないで欲しい」
「こんな、大切な形見を受け取ることは出来ません…!それに、僕は森家の皆さんとはこれからも仲良くしたいなと思ってますよ」
「其方は、火縄銃を扱うのが上手いと聞いている。俺は、槍を使う方が性分に合うし、蘭丸たちが戦に出ることは無いと思っている。大事に保管しておくよりは、其方が持っていた方が父もきっと喜ぶだろう」
「でも……」
「有難く受け取ってやれ、孫四郎。その火縄銃が、後々お前を助けることになるかもしれないだろ?」
忠三郎さんの言葉に、勝蔵殿も頷く。そこまで言われたら、受け取らざるを得ない……
「わかりました。大事に使わせていただきます」
「……勝蔵、俺も孫四郎同様、森様には生前沢山お世話になった。困ったことがあったらいつでも……と言いたいが、俺にはそれは難しい。だが、共に腕を上げることは出来ると思う。共に槍技を極め、武功を立て、織田家を支えていこう」
忠三郎さんが珍しくいいことを言った。その言葉を受けて、勝蔵殿は、それまで我慢していた涙の堰が切れたのか、滝のように流れた。
「忠三郎殿、孫四郎殿。本当にありがとう……!」
「礼には及びません。これからもよろしくお願いしますね」
勝蔵殿は、数えでまだ十五歳なのに森家を背負う立場になった。きっと、本人にしかわからない不安があるだろう。忠三郎さんと一緒に、その不安を少しずつ解消出来るように、ケアしていこう。
白羽の矢が立つは、現在では抜擢されるや有望視されるという意味ですが、昔は犠牲者に選ばれる等あまり好ましい表現では無かったそうです。なので、久太郎くんは二回刺さったと言ったわけですね。
畠山春王丸(?)の視点は◇にしました。実は、没作品の設定をこの作品で何とか使えないかと思って、この一週間は中々更新出来ませんでした。ある程度、方向性が決まったので、スランプにならない限り、しばらくは週一ぐらいで更新できると思います。




