第十八話 第一次信長包囲網の始まり
久しぶり(3日ぶり)の投稿です
意外に更新ペースいいですね
元亀元年……最近の話をする前に、実は金ヶ崎の戦いの最中に、元号が変わった話をする。今年の四月二十三日に改元されたのだが、これは、以前から足利義昭様が朝廷に奏請していたことが実を結んだ形だと思う。義昭様は、新たな時代の始まりを告げたつもりだったのだろうが、改元直後から浅井長政の裏切り、姉川の戦いという、誰も想定していなかった出来事が続いているため、信長様は元亀という元号を速やかに変えるべきだと思っているそうだ。元号のせいでは無いということを、本当は皆わかっているけどね。
さて、姉川の戦いから二ヶ月近くが経った。この期間で、織田軍の火縄銃は全て手持ちの部分を伸ばし肩に付けて撃つ方式に改良することが出来た。また、僕が持っている連射式火縄銃も、雨でも撃つことが出来るように、火縄を木綿製に変更したり、火皿を雨に濡らさないようにカバーを付けて、さらに使いやすくなった。ただ、連射式火縄銃を増産することは、今の織田家には難しいそうだ。というのも、鉄砲の生産地のうち、織田家の力が強いのは蒲生の日野のみで、国友や堺は直接治め始めてまだ日が浅いこともあり、再び浅井や三好に占領されてしまった場合、敵に情報が漏れてしまう。そのため、簡単には作れないのだとか。
というわけで、連射式火縄銃は現状僕しか持っていない非売品ということになる。可能であれば、弾の形も変えることが出来れば良かったのだが、そういう事情なら仕方がない。長篠の戦いが始まる前までには色々変えられるところは変えていきたいと思う。
そんな中で、畿内でも大きな動きがあった。三好三人衆が、摂津国の池田知正や荒木村重と共に挙兵したのだ。七月末には、野田と福島に城を完成させ、紀伊の雑賀衆も彼らの味方として駆け付けたそうだ。八月に入ると、織田家からも大和の松永久秀殿や河内の三好義継殿が、三人衆軍を相手に戦い始めたそうだが、古橋城という城では既にほぼ全滅状態で敗北したらしい。この知らせを聞いた信長様は、八月二十日に岐阜城を出立することを決断した。
「孫四郎は、また戦に出るのか?」
「そうみたいですね。忠三郎さんは、お休みで少し羨ましいです」
「金ヶ崎・姉川と気の抜けない戦が続いたからな。お前なら今回も、また功を稼ぐんじゃないか?」
「毎回、そんな好機が巡ってくるとは限りませんよ」
「そうだよな。……まあ、無事に帰ってきてくれれば、俺も堀様も喜んでお前を受け入れるから。いつも通りだけど、無茶するなよ!」
「はーい。忠三郎さんこそ、お休みだからと言って鍛錬を怠らないでくださいね?先日の野洲河原での一戦で、猪のように突っ込んで迷惑だったと森三左衛門様が言っていましたよ」
「森様か……あの方が助けてくれなかったら俺はあの時、死んでいたかもしれなかった。本当に感謝しかないよ」
「森様も、金ヶ崎で息子を亡くしているから、忠三郎さんと息子さんが重なって見えたんじゃないですかね。あ、そろそろ出立の時間なので信長様の元へ向かいますね」
そう言って、磨いていた火縄銃をしまう。武器の手入れをしていると、心が落ち着くのはどうしてだろうか。
八月二十三日、この日は、本能寺で休息を取ることになった。本能寺、史実では十二年後に信長が明智光秀に裏切られて命を落とす場所だ。もちろん、今は光秀殿は足利家の家臣なのでそんな警戒をする必要はないけど、後世を知っているからか、その日はあまりよく寝ることが出来なかった。
八月二十六日、三好三人衆が城を築いた野田・福島から南東に少し離れた天王寺に、織田軍は着陣した。
「この場所、石山本願寺にも近いのですね」
「そうだが……何か、悪いことでもあるのか?」
信長様が、別に関係ないだろみたいな顔で僕に聞いてきた。
「三十八年前、信長様が生まれるよりも前に、本願寺は、時の管領である細川家に味方して、三好家の当主、元長を自害に追い込みました。しかしその後、細川家は勢いを増していく本願寺に危機感を覚え、京都にあった山科本願寺を焼却してしまいます。そのため、かつて存在していた大坂御坊を石山本願寺として、彼らの本拠地として移転させた過去があります」
「ほう」
「つまり、今は大人しくしていますが、その時のように挙兵したら、簡単には鎮圧できないような一揆が再び発生してしまうと思います。三河の徳川様も、領内のの一向一揆を鎮圧するのに、半年かかったと聞いております。また、加賀でも八十年近く、一向一揆による占拠が続いております。もし、この戦が長引いたら、本願寺が挙兵して長年戦うことになる……かもしれません」
「確かに、当時の細川晴元の状況に似ていないこともないな。例えば、三好三人衆が俺を倒すために本願寺に協力を要請したら……あり得るな」
「なので、この戦は出来るだけ早く、かつ戦闘を控えて終わらせる必要があると思います。もし、全力で三人衆を打ち払った後に、本願寺が挙兵したら……そうならないように、この戦を進めるべきです」
「お前は、軍師みたいだな。わかった。最初は、敵を揺さぶるところから始めようか」
石山合戦。僕の記憶が間違っていなかったら、それは、野田・福島の戦いと同時に起こるはずなのだ。そしてもう一つ、姉川で完全に叩くことが出来なかった浅井・朝倉軍も少し遅れて挙兵する。志賀の陣と呼ばれる戦いだ。確か、この戦いで重臣の森三左衛門可成様が討死するはず。未来を少しだけ知っている僕が、これを知っていて阻止しないなんてことはしたくない。争う以外でこの二つの戦いを早い段階で和睦を結べれば、森様を助けることもできるはず。自分の力を過信しているわけじゃないけど、信長様の名を汚さないように、立ち回ることが出来るように陰ながらサポートをするつもりだ。
八月二十八日、開戦してまだ二日しか経っていないのに、早速三人衆軍から織田家に寝返る者が出てきた。その中の一人が、二日前の話で出てきた細川管領の息子だったことには驚いた。かつて、大勢力だった細川家は、三好家に敗れて以降、勢力を縮小していたのはしていたけど、まさか三好に逆に使われる立場になっていたとは。戦国時代の、敵味方関係が分かりづらくなるのは、こういうことかというのがよくわかる。
九月三日には、足利義昭様自ら援軍として、中嶋城という本願寺から少し北東にあたる場所に着陣した。義昭様も、去年の本圀寺での一件もあり、三好三人衆には思うところがあるようだ。勿論、将軍なので、自ら先頭に立って戦うということは無いだろうけど、来てくれたと言うだけでも頼もしいと思う。
九月八日、野田城・福島城から少し西に離れた浦江城という城を、三好義継殿と松永久秀殿が攻撃し、その日のうちに落城させた。十一日からは、本格的に野田・福島両城の攻撃を開始した。翌十二日には、僕も連射式火縄銃を使って戦線に参加したけど、敵にも相当腕の良い狙撃手がいることが確認できた。信長様に確認したら、それは雑賀衆の棟梁、鈴木重秀のことだろうと言っていた。雑賀衆という集団は聞いたことがある。記憶が間違っていなかったら根来衆と並ぶ、日本を代表する鉄砲集団だったと思う。そんな彼らを味方にすることが出来たら、信長様の天下統一がもっと早く実現できるのではないだろうか。敵ながら、凄く気になる。
午前中の攻撃を終えてすぐに、三好三人衆側から和議を結びたいと申し入れてきた。
「先ほど、畠中城が落ちたという知らせが届いております。さらに、畠山昭高殿が要請した雑賀・根来からの援軍も本日到着したばかりです。ここで、和睦を結ぶのは如何なものかと」
「俺もそう思う。ましてや奴らは無条件で和睦をしたいと言っているそうだ。こちらが有利なのに、無条件で和睦を結ぶわけにはいかんな」
久秀殿が信長様と話している。このままだと史実同様、苦しい状況に陥ってしまいそうだ。聞き入れてくれるかはわからないけど、恐る恐る口を開く。
「待ってください。これは、三好三人衆が仕掛けた罠です。ここで、和議を飲まなければ、三好三人衆は本願寺に、織田に和議を持ちかけたが受け入れてくれなかったと申し、彼らの挙兵を促すかもしれません。本願寺からしたら、和議を受け入れなかった織田を倒す大義名分を得られるわけですから、相当士気が高いと予想されます。そうなったら、ここまで私たちが根回しをした意味が無くなってしまいます」
「そうなったとしても、一度京に戻れば―」
「京に戻れればの話です。義昭様が京から不在している今……もっと言えば、浅井と朝倉に隙を見せている中、彼らと本願寺・三好に囲まれた状況で、無事に帰ることが出来ますか?」
「そうなっても大丈夫なように、浅井と朝倉の備えに森三左衛門を残しているが―」
「比叡山延暦寺が動いたらどうでしょう?歴戦を経験してきた森様でも、浅井・朝倉・本願寺と仲の良い延暦寺まで敵に回したら……京に滞在している兵が少ない今、森様を助けることが出来る者も限られております」
「馬鹿な……と言いたいが、金ヶ崎の時に救われたお前に言われたらそんな気がしてきた。孫四郎、ではどうすればいい?」
あの時と同じく、信長様が僕の意見を聞いてくれた。こうなるかもしれないことを一番分かっているのは僕だ。つまり……
「僕が、三人衆と話を付けて参ります。勿論、無条件では結ばせません。ある程度の条件を飲んでもらい、しばらくの間は挙兵させないことを約束させます」
「子供と侮れらないかが心配だが……その智が補うか。わかった。では、お前に任せる」
「畏まりました」
負け戦には絶対にさせない。そう心に決めて、敵陣へ向かった。
三好軍の本陣に着いた。二人の男が、既に先に座っていた。
「織田家家臣、前田孫四郎利長と申します。ご要望通り、和議を結ぶために話し合いをしに参りました」
「……織田め、ただの子供を送って来たか」
早速煽ってきたね。さっきまではにこやかに話していたけど、向こうの態度が分かったので少し表情を変える。
「既に元服済みですが。貴方たちの望みで来たのに、そのような態度を取るとは……残念です」
「いや、その……」
「まあ、いいです。それより、貴方のお名前を伺っても?」
「い、岩成友通と申す…」
「大将が、子供に睨まれた程度で動揺するんですね。そちらの方は?」
「三好孫四郎長逸じゃ。其方と同じ通称じゃな」
長逸と呼ばれた男の方が、まだ礼儀が良いと思う。それとも、友通がやらかしたことを察して当初と態度を変えてきたか?
「此度の和睦の条件ですが―」
「無条件で受け入れて欲しいと?冗談ですよね?もしかして、これを受け入れずに引き続き攻撃する織田軍を本願寺と挟撃しようとしていることを我らが知らないとでも?だとしても、受け入れるわけにはいきません」
はっきり言った。友通は、先程よりも動揺していることがわかる。長逸は、まさかそこまで見破られていることには驚きを見せていたが、すぐに表情を戻す。
「なぜ、そこまで分かっていて受け入れないのじゃ?」
「勘違いしないで頂きたい。無条件というのを受け入れないのであって、和睦自体は受け入れようと当家としては思っております。この戦、長引いて一番得をするのは貴方たちでも、私たち織田でもございません。本願寺です」
「どういうことじゃ?」
「仮に、私たちが挟撃されて負けたとします。その後、本願寺は貴方たちの言うことを聞くと思いますか?きっと、独立した動きを見せるでしょう。そうなったら、加賀のようにこの摂津も一向宗が治めることになるでしょう。今の貴方達では、団結した本願寺に勝てるわけないでしょうし」
「ふ、ふざけるな!我らが一向宗如きに負けるなど…!」
「貴方たちのかつての主君、長慶殿の御父君は誰に殺されたのでしたっけ?」
「「……!!」」
あまり、こういう脅しはしたくなかった。だけど、こういう話をしないと、彼らは自分が置かれている立場が分からないと思ったのだ。三好長慶の父は、一向宗に追い詰められて自害したことを、久秀殿が教えてくれた。この話は、最終手段のつもりだったけど、こうなった以上はしょうがない。
「一向宗の恐ろしさを一番知っているのは三好様、貴方ではないですか?なのに、またその過ちを犯そうとしているのですか?織田家は、信長様がいる限り何度でも戦えます。先日の姉川がそうだったように。ですが、三好様がここまで態勢を整えるまでには、去年の本圀寺から、今まで一年ほどかかりましたよね。せっかく整えた体制をこんなところでまた崩すとなっては、それこそ努力が無駄になってしまうと思いますが……敵が心配するのもおかしな話ですが、私はそう思います」
「……わかりました。ある程度は飲みましょう」
岩成友通が、状況を理解してくれたのか、僕と普通に会話してくれた。
「話が分かって助かります。当家が貴方たちに求める条件は二つ。一つは、野田城・福島城両城を速やかに撤去していただくこと。もう一つは、織田家と三好三人衆は今後三年間、停戦する。これで、如何でしょう?」
「一つ目は飲みましょう。二つ目ですが、三年というのは長すぎませんか?」
「そう来ると思いました。では、お尋ねいたします。何故、三好三人衆なのにこの場には二人しかいらっしゃらないのでしょうか?これについて、お答えいただけるのであれば、二つ目の条件を緩和しようと思うのですが」
この流れで、再び取引を持ち掛ける。三好三人衆はいつも一緒にいるという勝手なイメージがあったから、二人しかいないのは不自然だったのだ。
「……宗渭は、昨年阿波で病で亡くなったのじゃ」
宗渭というのは、三好政康のことだろうか。なるほど、そういうこともあって、本願寺に手を借りないと勝てないと判断していたのか。
「正直に答えていただきありがとうございます。では、三ヶ月の停戦という形で如何でしょうか?」
「それならば、お主らに隙を与える心配はないな。良かろう、それで和睦と致そう」
織田家にとっては重要な情報も得られたし、三好側にも都合の良い話にまとめられたと思う。
織田の本陣に戻ってきた頃には既に夜になっていた。
「ただいま戻りました。無事に交渉成立です。三ヶ月は三好勢の動きを気にせずに動くことが出来ます」
「よくやった。流石、半兵衛の一番弟子だな。さて、京に戻るとするか」
「伝令!本願寺が挙兵しました!」
予想通り、本願寺が動き出してきた。信長様は、僕の方を見て、目をぱちくりしている。まさか、本当に動き出すとは思っていなかったのだろう。
「何故、動いたのだ?三好は、もう手を出せないはず」
「三好の陣に近付く怪しい僧がいたので捕らえたらこのような書状が」
その書状には、無理難題を押し付ける仏敵信長を討つために協力してほしいということが書いてあった。
「……なるほど。三好が仮に援軍要請をしなくても、顕如は俺たちを釘付けにするつもりだったのか」
「三好と和議を結んでおいて本当に良かったですね。恐らく、浅井や朝倉にも同じような書状を送っているはず。残された時間があまり無いことに変わりはないですが」
「挙兵したのに籠城……という言い方で合ってますかね?」
「籠寺とはあまり言わないな。続けよ」
「では、籠城で続けさせていただきます。本願寺が挙兵したのに、籠城し続けることはないと思います。恐らく、一度は打って出るかと」
「つまり、そこで今回のように俺たちが有利な状況を作って和睦すると」
「三好の作戦を使うわけではございませんが、無条件で和議を結ぶでよろしいかと。ここで我らが争い続ける利が無いことを向こうも気づいているはず。なので、義昭様の力を借りるのも悪い話ではないかと」
「義昭殿の顔を立てつつ、顕如も義昭殿の命だったら従わざるを得ないと考えているのか?だとしたらそれは無いと思うぞ」
足利義昭は、顕如と仲良いと思っていたけど、この頃はそうでもなかったのかな。当然か。義昭様が信長様の味方だから、敵の味方は全部敵というわけか。
「まずは、戦に勝たないと和睦を結ぶこともできない。その後のことは追々考えよう」
「わかりました」
二日後の九月十四日、僕の予想通り、本願寺軍は一旦淀川堤に打って出てきた。数が少なかったこともあり、織田軍はほぼ無傷で初戦に勝つことが出来た。
「さて、これで和睦に応じてくれるか……」
「もう一度、私に行かせてください。信長様は、その間に退く準備をしてください」
「二度もやらせて悪いな。わかった。お前が帰ってきたらすぐに、京に戻れるようにしよう」
信長様には、僕の意図を理解していただいたみたいだ。仮に交渉に失敗したとしても、三好三人衆と和睦した現状ならば、三好義継殿や久秀殿を本願寺対策に残すことが出来る。とはいえ、和睦を結べた方が、今後の展開が楽になることに変わりないので、任された以上は、いい状況で講和を結べるように尽力するつもりだ。
石山本願寺
最初に応対してくれた人は、どうして勝っているのに和議を申し入れたのかと言っていたが、こちらにも都合があると言ったら渋々通してもらえた。
「こちらです」
この先に、顕如という人がいるのだろう。心して部屋に入る。
「おや、随分若い子が来たようですね」
「織田家家臣、前田孫四郎利長と申します。本日は、お話しする機会を頂けて本当にありがとうございます」
不思議だ。心から、この言葉が今出てきた。目の前の御坊様からはどこか優しい雰囲気を感じる。
「本願寺光佐でございます。皆には、顕如という名で知られていますかね」
「……早速ですが―」
「和睦でしょう?良いでしょう。石山は、織田家と和睦しましょう。勿論、無条件で良いですよ?その代わり、我らは石山だけで動いているわけではないということ。これを常々忘れないことです」
何なんだ、この人は。僕が言おうとしたことを全部見抜いている。もしかして、さっきの戦はわざと負けたのか?だとしたら、顕如という人はとんでもない策士なのかもしれない。だから、ここから十一年も信長様は本願寺に悩まされることになるのか。
その後、信長様と合流し、すぐに大坂の地を離れる。
「浅井・朝倉勢に動きありという知らせが来ましたが……森様、大丈夫ですかね」
「間に合わせるぞ。三左を死なせるわけにはいかない」
三好と本願寺と和睦を結ぶことが出来たから、史実よりもずっと楽な状況になっているはず。次は、浅井と朝倉、そして延暦寺だ。一つ一つ着実に解決していけば、この窮地を立て直すこともできるはず。油断できない状況が続くけど、この調子で頑張ろう。
野田・福島の戦いから淀川堤の戦いまでをまとめました。
顕如の出番ももう少し増やそうと思っています。




